2017年8月アーカイブ

背中を押して新たな世界へ

 MIAの業務とは別に様々なところから通訳者、翻訳者、講演の講師、モニターなどの紹介をお願いされることがあります。先日は、NHK文化センタ〇から講師紹介の依頼がありまして、MIAで知っている方から幾人かをご紹介し、秋からの新たな講座で講師を務めることになったようです。

 定住外国人生活適応支援、字面が仰々しいですが、平たく申し上げると外国人が日本で安全に、安心して楽しく暮らしていくためには、例えば日本語の問題、制度文化理解の問題といったところが最初の壁として立ち現れますので、それに合わせた支援が行われています。MIAでいえば、日本語学習の支援(日本語教室やボランティアの運営、支援)や多言語資料の整備、多言語相談窓口の開設といったあたりです。

 日本語をなんとかクリアして(あっさりこう書いちゃってますけど、ほんとは並々ならぬ汗と涙の結晶があり、またクリアといってもサバイバルレベルから超上級、ネイティブ並み或いはそれ以上といった無限のグラデーションがあるわけですけど)、日本の「お作法」もある程度理解すると、次にはやはり働きたい、何か人の役に立ちたい、社会の中でなにがしかの役割を果たしたいと思われるのは至極自然なことで、ある方はハローワーク(この名称、ほんとなんとかしてほしい)に赴いておしごとを探し、ある方はMIAのようなところでボランティアとして登録されます。

 MIAは半官半民の組織として、特定の民間業者の利益のためになにかをするということは基本的にありませんが、いま申し上げてきたような外国人の社会参画につながるような要素があれば、時と場合によりご協力しています。

 背中を押されて一歩踏み出し、新たな世界でステキな出会いがあってより大きなおしごとへとつながったり、もっと日本語を勉強しようとモチベーションが刺激されたり、とやはり新しい世界は刺激に満ち溢れています。ときどきいいお顔をされながらそのようなお話をされる外国人にお会いすると、こちらも少しうれしくなります。


とーます
※今朝の産経新聞。明日から施行される在留資格「介護」に触れた記事がありました。
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※明日以降、このブログで介護ネタが増えることを予告します。ようやくプロジェクトが動き出しました。

My first step into Tohoku

Hello everyone! My name is Lowell Chiong. I moved from Chicago to Las Vegas at age 10 and I lived there for about 16 years. I previously tutored at a Kumon center, and I just became a Coordinator for International Relations (CIR) here in Miyagi. From here on, I will not just be doing translations, but also providing support for ALTs and advertising the wonders of Miyagi Prefecture!

Reading, playing video games, doing calligraphy, ice skating, and cooking are some of my favorite things to do. I learned a lot of recipes from many bloggers and enjoy making bento boxes from time to time. I also have taken curiosity in newer hobbies such as hiking for a while, and look forward to seizing the opportunity to do so here in Miyagi.

Being my first time in the Tohoku region, I find myself surrounded by beautiful natural scenery and Sendai is a lovely and vibrant city. I plan on discovering more about the local cuisine as well as hotspots for sightseeing throughout Miyagi and telling the world about the excellence and beauty of the prefecture. I hope my experience here will be a major contribution for everyone!

LOL(*My friends back in America often called me this since my name sounds similar to the sound of saying "lol" as it is)

東北での最初の一歩

みなさん、こんにちは。私の名前は、ローウェル・チオンです。10歳の時にシカゴからラスベガスに引っ越し、ラスベガスには16年くらい住んでいました。ちょっと前までラスベガスの公文式の教室で教えていて、宮城県の国際交流員に着任したばかりです。これから、翻訳とかの仕事だけではなく、外国語指導助手(ALT)のサポートをしたり、宮城県のすばらしいところをPRしたりする予定です。

好きなことは、読書、ゲームをすること、書道、アイススケート、料理など。たくさんのブロガーからいろいろなレシピを習いました。時々、お弁当をつくるのも楽しいです。また、ハイキングのような新しい趣味にも好奇心いっぱいで、ここ宮城にいる間にそんな機会を持てるのを楽しみにしています。

東北地方で生活するのは初めてなのですが、きれいな自然の風景の中で生活していて、仙台はすてきで活気にあふれた都市だなと思っています。宮城のホットな観光スポットやご当地グルメをたくさん見つけて、宮城のすばらしさや美しさを世界中の人に知らせたいです。ここで私がする仕事が、たくさんの人にお役にたてたらうれしいです!

LOL(※笑っている状態を表す「laugh out loud」の省略。アメリカでは、私の名前の発音に似ているということで、友達から「LOL」と呼ばれることが多かったんです)

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                 Lunch time at MIA(MIAでの昼食)

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Today's lunch "Curry rice"(本日のお弁当「カレーライス」)




すれちがいざまに

 先日、台湾萬歳というドキュメンタリー映画(仙台では25日が最終日です)を観たあとに仙台駅前をふらふらしていたら、すれちがいざまに声をかけられました。声の方に振り返ると、そこにはKくんがいました。フィリピン出身のKくんは父が日本人、母がフィリピン人で18歳ぐらいまではずっとフィリピンにいました。たしか大学を途中で辞めての来日。夜は焼肉屋さんでアルバイトをしつつMIAで日本語をずっと学んでいましたが、ある日MIAの教室であるチラシを目にしました。K市でALTを募集しているというチラシ。Kくんがあるとき、「このチラシにある申請書はどこにあるのか?」と訊いてきたので、ウェブ上で探してプリントして差し上げました。「難しいかもしれないけど、挑戦してみることはとてもいいことだ」と。それからしばらくして、「ぼく、受かりました。」とKくんからうれしい知らせがありました。そのKくんに約半年ぶりにばったり会ったのでした。乗り物の時間が迫っていたのでろくに話ができませんでしたが、どうやらうまくやっているようです。

 別の先日、子どもを連れてあるイベントに参加する前に腹ごしらえをとあるお店に入ったら、入口付近にいたスタッフのおひとりに軽いでじゃぶー。「いらっしゃいませ」と応じつつ、そのスタッフも頭の中がぐるぐるしている様子がうかがえましたが、数秒後に、「とーますさん・・・ですよね」「はい・・・」と名札を見て思い出しました。やはりMIA日本語講座で勉強していた韓国出身のPさんでした。Pさんは夫(韓国人)の仕事の関係で来日されていますが、こうしてパートに出られているのですねえ。ちょっと韓国訛りの日本語で接客されていましたが、ほかのお客さんもそれについては特に気にされている様子はなく・・・明るく元気なPさんの声が店内に響いておりました。

 日本のフランチャイズチェーンのお店にも働く外国人がふつうにみられるようになりました。日本語学校、専門学校、大学の留学生や技能実習生が年々増加し、報道される機会も増えています。また、上記おふたりのようないわゆる在住外国人も少なくありません。

 ある留学生に聞いた話ですが、日本語があまりできないときは工場、日本語が上達すると牛丼屋さんなどのチェーン店やコンビニエンスストアと「キャリアアップ」していくのだそうです。上記のKくんは、焼肉屋さんでも貴重な戦力として頼りにされていたようなのですが、当の本人は「もっと別の仕事を」との思いが交錯していたときにチラシに出会い、そして別の世界が開けました。

 震災前まで水産加工の工場で働いていたフィリピン女性たちが、震災で働く場所を失ったのを契機に介護の資格を取り、介護職に就いたケースもあります。その職場を訪ねたときにフィリピン出身のCさんが言っていたことを思い出しました。

「水産加工の工場は10年以上働いたけど、時給が10円上がっただけ、あはは。でも、介護の仕事は違います。がんばれば次のステージが見えます。それはとても励みになります。」


とーます
※台湾萬歳は台湾人生、台湾アイデンティティーに続く三部作で、日本が台湾を統治していた時代がいまなお台湾に残っている、当時を生きていた台湾人の思いを知ることができるドキュメンタリーです。台湾は親日なんて簡単な話ではありません。日本人はこのことを知っておくべきだと個人的には思います。
※ですが、戦後70年以上が経ち、生き証人がどんどん減っていることは国内外問わず致し方ないことです。
※旅の思い出をまた少しだけ。美幌の博物館に行ったら、こんなパネルを見ました。当時はブラジルかはたまた北海道かと考えられた方がたくさんいたのでしょうねえ。
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Addicted to Miyagi! 宮城に夢中!

Hello again, Miyagi fans!

I recently finished my two-year term working at MIA, but I love it so much, I had to come back to visit. I have spent the last week touring Miyagi, and on my last day, I dropped by the office to hang out.

I will really miss Miyagi, but I'll be living in nearby Tokyo, so I can come back any time. I hope to see everyone in Miyagi in the near future and to be a part of some fun and productive MIA projects and events!

I want to thank the MIA staff for always giving me a warm reception and being the friendliest people in the world. See you soon!

Steve

宮城のみなさん、こんにちは!

最近まで2年間MIAで仕事をしていたスティーブです。MIAのことが大好きなので、ご挨拶に戻ってきました。今日まで一週間ぐらい県内あちこちを回っていて、最後にMIAの事務所に寄ってみたのです。

東京に行っても宮城のことは本当に懐かしく思い出すことでしょう。でも、東京はそんなに遠くないので、またいつでも戻ってこられます。また近いうちに宮城の皆さんにお会いしたり、MIAの楽しいプログラムに参加したりする機会があるといいな、と思ってます!

いつも僕を温かく迎えてくれ、世界で一番フレンドリーなMIAの皆さんに感謝しています。またお会いしましょう!

スティーブ

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通訳さんいらっしゃい

 そうです、文枝師匠のあの番組タイトルのもじりです。

とーます「では、最初の方どうぞ。」
Aさん「タイ出身のAです、9歳、小学生です。」

と「おお、小学生ですね。どんなとき通訳をしますか?」
A「お母さんがあまり日本語が分からないので、そういうときはぼくが通訳をします。」

と「えらいねえ、親孝行ですねえ。」
A「いえ、お母さんですから、息子であるぼくが助けるのが当然です。」

と「でも、通訳難しくないですか?」
A「はい、日本人のおとなが言っていることが分からないときがあります。」

と「たとえばどんなときですか?」
A「こないだは『ぜーきん』がどうしたこうしたという話でぼくにはよく分かりませんでした。」

と「税金は難しいからねえ。」
A「それから、日本のおじさんの話を聞いているとひとつひとつのことばは分かるんだけど、長くて、長すぎて、結局なにが言いたいのかよく分からなくなって、そのうち聞くのに飽きちゃうことがあります。」

と「他人事とは思えない、ぐさぐさ来る。」
A「とーますさんはまだまし。だいたいなに言っているか分かる。」

と「ごるぁ、まだましとはなんだ。我が家の妻子じゃあるまいし、あんたなに言っているのかよく分からないってよそのひとにまで言われたくないわあ・・・ハイ、ありがとうございました、次の人をーっ!」
A「えーん、おじさんにいじめられた。あとでネットで暴露してやる。」
と「Aくん、そんなこと言っちゃだめだよ、おじさんにだって家族があるんだ、おしごとしなくちゃいけないんだよ、あとでディズニーランドのチケットを送るからね・・・」
A「とーますさんのお話はよく分かるようになりました、チケット待ってます、家族みんなで行きたいので、そこんとこヨロシク。」


と「あー・・・気を取り直して、次の方どうぞ。」
B「S市のBです。」

と「日本人ですよね。何語の通訳をされているのですか。」
B「わたしは通訳はしておりません。看護師で市内のX病院に勤めていますが、ときどき外国人の患者がいらっしゃって、通訳さんを通じてやりとりすることがあります。」

と「そうですか。通訳さんがいるのといないのとではどう違いますか?」
B「それは全然違います。わたしたち、英語はあまりできませんし、患者さまも英語ができるとは限りませんから。」

と「そうですよね、宮城にいる外国人は圧倒的にアジア系ですから、少なくとも英語が母語ではありませんからね。」
B「ご友人を連れてきて、通訳していただくこともありますが・・・」

と「なにか問題がありますか?」
B「中にはとてもてきぱきと通訳をしてくださる方もいらっしゃるのですが、そういう方ばかりではありません。医師が5分ほど説明したものをわずか10秒ぐらいで通訳されてしまうこともあります。逆に、ほんの簡単な質問をしたつもりなのに延々10分ぐらい通訳をしていて、挙句の果てには返ってきた答えが全然こちらの質問と噛み合っていないこともあります。」

と「『今日はいいお天気ですね?』と訊いたのに『はい、お腹が減りました』みたいな。」
B「そうそう、うまいうまい。とーますさんいつもそうなんじゃないですか?」

と「だだだだだれが呆けているだと。ごるぁ。」
B「さっきの人にも吠えてましたよね。とーますさん気が短すぎ。」

と「ちちち違いますよ。通訳を通じてお話をすると、直接話をするより時間がかかるから、そのペースの遅さにイライラする人がいるんですけど、それを真似てみたんですよ。」
B「だっていま通訳さんいないじゃないですか。」

と「うーーーーん・・・また来週!」


この番組、続かないかも。



とーます
※苫小牧⇔八戸のフェリーのロッカー。こういう小ネタがいかにも日本的だと思いました。
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寒サノ夏ハキブツソンカイ

 正解は「寒さの夏はおろおろ歩き」ですからね。

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 寒さの夏も日照りの時もお盆前後はいつもこのおしごとです。10月から始まる「MIA日本語講座」のチラシ印刷、発送の作業です。珍しくも原稿は7月中に整え終わっていたのですが、MIAの印刷機は昭和63年式の軽トラックばりに轟音を発するので日本語講座があるときには稼働することができず、いままで温存してました。

 さあと腕まくりして腕をぶるんぶるんと回して印刷を始めましたが、こちらの空回りが伝染したのか、ほどなく軽トラック、じゃなかったぐらんぱ輪転機が止まりました。紙詰まりのエラーサインが出ていましたので、あちこちを解体して中に詰まっていたガリ版の原板を引っ張り出そうとしたら、ちぎれてしまいました。ちぎれた切れっ端をさらに引っ張り出そうとしたら、中からプチンと音がしました。なんとか原版はすべて回収できましたが、プチンが気になって確認したところ、ローラーを司るゴムベルトがずたずたに引き裂かれていました。犯行の自覚はありませんが、状況的にいって犯人はとーます以外には考えられないと思いました。ああ、また始末書。キブツソンカイ、これで何回目だ、自分。

 というわけで、結局寒さの夏は(賠償額を恐れて)おろおろ歩いています。こんなことより、イモチ病の方が心配です。


とーます

恐怖のアンケート

 日本に長く暮らし、日本語の学習をとてもがんばった外国人だと日常生活においては特に不自由を感じなくなるようです(それはとてもすごいことですよ)が、そんな方々も恐れるのがアンケートです。

 ずいぶん前に山形に長く暮らすインドネシア人女性Eさんが、あるセミナーに参加されていて資料の中にアンケート用紙を見つけて、「うげ!」と反応されていて、こちらも「うは!」と反応してしまいました。

とーます「アンケート用紙ですね」
Eさん「アンケート用紙ですね」

と「なぜ『うげ!』ですか?」
E「なぜ『うは!』ですか?」

E「それはそうと、アンケートってこわいですよ。」
と「こわいですか。まんじゅうですか。」

E「ちょっと何言ってるか分かんない(サンドイッチマン風)。いろんな勉強会に参加しますけど、アンケート用紙を見ると、いつも憂鬱になります。」
と「なぜですか?」

E「日本語を話すのはなんとかなりますけど、書くのはとても難しいです。時間をかけて考えたり、直したりすることもできませんから。その場でささっと書かなくちゃいけないじゃないですか。それがいやで勉強会に参加したがらない方もたくさんいます。」

 「話す日本語」と「書く日本語」は随分と違っているため、「話す」を乗り越えたからといって、「書く」はまた別問題のようです。研究者によれば、「話す」は滞在時間とほぼ比例関係で上達していくそうですが、「書く」は比例せず別に努力をしなければ、何年いても上手くならないのだそうです。

 日常生活において、「書く」ことを求められる場面というのはそれほど多くないので、そこに注力するのはどうしても後回しになりがちで、ところが長年暮らしていると、まして「話す」がかなり達者だったりすると周囲の人々は非常に安易に「話せるんだから書けるでしょ」と信じ込んでしまっており、「書く」ことのハードルが年々上がっていき、そのギャップが年々辛くなっていくようでした。

 滞日歴の長い中国出身者によるグループが日本語作文教室を自分たちで立ち上げ、勉強されています。これもやはり「書く」ことの難しさを物語っているのでしょう。

とーます
※夏休みのおもひで。北海道は興味深い地名がたくさんありますけど、今回いちばん気に入ったのがこれです。留辺蘂。音もすごいし、字面もすごい。
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大崎市での初の開催となった「多文化家族のための 子どもの学校生活について学ぶ会」が無事に終わりました。

事前申込がない方々が次々にいらっしゃるという嬉しい想定外もありましたが、新規オープンしたばかりの図書館で、とても快適且つ和やかな雰囲気で進んだ会だったと思います。

「先輩の体験談」は、地元の高校に通う韓国出身のAさんでした。

驚いたのは、その日本語力。来日してから2年ほどしか経っていないのに、原稿も見ず、ものすごく落ち着いた態度でスラスラスララーと発表してくれたのです。

でも、ここまでになるまでは、やっぱり大変な努力をしてきたようで、
「一番大切なのは、わからないときは周りの人に聞くこと。わからなくてもとにかく日本語で話すようにした。同じ韓国出身の姉とも日本語で話すようにした。」
と、上達の秘訣を紹介してくれました。

ただ、つらい時も多かったようで、
「フィリピンの子と一緒に勉強していたとき、その子が『わからない』といって泣き出して、私も一緒に泣いてしまった」
というエピソードには胸がつまりました。

「親の体験談」は、元MIA日本語講座受講生で、今は「外国籍の子どもサポーター」として活躍している韓国出身のBさんにお願いしました。

Bさんが頑張り屋さんだ、ということは、ある程度わかっていたつもりだったのですが、今回、
・来日直後から日本語を勉強するところを自ら探し求めた
・自宅に遊びに来る子どもの保護者とも交流し、人間関係を広げた
・子ども会、PTAの活動にも積極的に関わり、班長も務めた
・子どもの進学先の高校を選ぶときには、高校生の保護者に話を聞いて情報収集した
・親の頑張る姿を見れば子どもも頑張る
という、数々の「肝っ玉母さん」的なエピソードをお聞きして、改めて、その常に努力を怠らない姿勢に感服しました。

この「学校生活について学ぶ会」は、当事者である外国出身の児童生徒や保護者を主な対象としていますが、AさんやBさんのような体験や想いを、もっと広く地域の人たちに聞いてもらう機会があったらいいのになあ、と思いました。

それこそ、たくさんの人が集まるこの新しい図書館で、そんな会ができたら面白いのでは?

今回ものすごくご協力いただいた、教育委員会のSさんにちょっと提案してみようかなあ・・・。

(OZ)

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こまえんこく

 「こまえんこく」とはなんぞや?

 宮城県や仙台市の保健所とMIAは実は浅からぬご縁がございます。これから書く内容につきましてはくれぐれも誤解の無いようにお願いしたいのですが(というか誤解の無いように書く努力をせいという話ですけど、とほ・・・)、結核という病気は法定伝染病でございまして、ひとたび結核の疑いありと診断がくだされるや、行政が直接管理指導することになります。当然ながらその中には、外国人もいらっしゃいます。外国人ご本人、あるいはご家族が外国人の場合などには保健所や病院の説明をしっかり理解いただくために通訳を必要とすることがありまして、そんなときには当協会に要請がまいる、とまあこのような意味で浅からぬご縁があるわけです。

 さて、つい先日も保健所からお電話がございまして、何の話の流れからか児童生徒における結核という話題になり、MIAの某スタッフ、アイがドットになっておりました。目が点ね、念のため。電話を置くなり、

「こまえんこく」

と呟きました。保健師が何度か言っていた「こまえんこく」ということばが最後まで何のことか分からず、かといって聞き返すのも恥ずかしいし、と申します。

 こういうのが三度の飯ほどではないけれど、仕事より好きな(失敬、言い過ぎ、でも、事実、げほげほ)MIA諸氏による大勘繰りおとぼけ大会が続きました(大会の詳細はなにかに抵触しそうなので割愛・・・)が、紆余曲折千鳥足嬰児二足歩行の末、それが「高蔓延国」だと判明しました。感涙。

 文部科学省HPにその証拠がありました。

 またこうして脳味噌にひとつ皺が増えました。この間、何億何兆の脳細胞が死にました。


とーます
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※先月のはなしですが、栗原市一迫ゆり園に行ってきましたよ。花より大根(安いから)を地で行くワタクシとしましても圧倒的な見ごたえにただただカオナシが如くああ、ああ言うばかりでございました。
※明日、地元開催イベントのアシスタントでくの坊終了後、来週いっぱい不在でございます。 

「みなと荘教室」再訪

石巻の「みなと荘教室」にお邪魔してきました。
こちらは、国際サークル友好21が主催する、主にベトナムの技能実習生を対象とした日本語教室です。

嬉しかったのは、実習生の皆さんが前回訪問したときのことを覚えていてくれたようで、建物の入口付近で
「おはようございます!」
と私が挨拶をすると、
「おはようございます!・・・◎◎◎◎◎◎MIA(ミア)◎◎◎◎」
「◎◎MIA◎◎◎」
「◎◎◎◎◎◎◎MIA◎◎◎◎!」
と、口々にMIAの名前を言い合っていたのです。

「◎◎◎◎」の部分はベトナム語だったので残念ながら聴き取れなかったのですが、おそらく
「この人、MIAの人じゃないの?」
「ほら、前も一回来たじゃん、MIAの人」
「そういえば、何かMIAと一緒にするって言ってたよね。それでまた来たんじゃないの」
などと言っていたのではないかと思われます。

「そうです。MIAのOZです。また会うことができて嬉しいです。今日はよろしく。」
と改めて挨拶をしたら、みんなの笑顔が一回り大きくなりました。

そうです、「何か一緒にMIAとする」ので(この実習生の心の声はあくまでも私の推測ですが)、今回はそのお話に来たのです。

10月に、石巻市と国際サークル友好21さんと一緒に、ベトナムの技能実習生と地域の人たちとの交流会を開催することになっていて、実習生、国際サークル友好21、市の方々とその相談をするためにお邪魔したのです。

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教室は前回と変わらず盛況。どのグループの実習生も本当に真剣に勉強していました。

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後半の時間をもらって、交流会のことについて全員で相談しました。
進行役は国際サークル友好21のSさん。

のんきな私は、今回は、とりあえずどういう交流会にするか、ということがボンヤリ決まればいいかな、と考えていたのですが、
「もう時間があまりないから、役割分担まで決めたほうがいいのでは?」
という、ものすごく真っ当なご意見を友好21のメンバーの方からいただき、ならば、ということで、話を更に進めると、あれよあれよいう間に、どんなプログラムにして、誰が何をするかまで話が決まってしまいました。

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ほら、この通り。
素晴らしいです。

予想外に話が進んで嬉しい限りです。
・・・と言いますか、本当に私がボンヤリしていただけで、実はもう二か月ほどしかないので、今回ここまでまとまらなかったら、後が苦しくなっていたと思われます。

国際サークル友好21の皆さん、実習生の皆さん、石巻市のUさん、ありがとうございました。
これから準備を重ねて、良い交流会にしましょう。

(OZ)


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