2017年5月アーカイブ

毎号、巻頭ページは、宮城県内で活躍中の外国人/日本人のインタビュー記事で、91号は、結婚で日本に移住した外国出身女性のメンタルヘルスをテーマに研究を続けている研究者で、臨床心理士でもある、一條 玲香さん(東北大学大学院教育学研究科特任助教、宮城県七ヶ浜町ご出身)です。

ichijyo1.JPG
                   インタビュー中の一條さん

インタビューで、印象に残ったことがありました。一條さんは、研究を進めていく中で、PTA活動、仕事、趣味の集まりといった「家庭の外の社会とのつながり」が異文化に適応する上で大きな意味があると分かってきたそうですが、そのつながり方に、「昔だったらあり得なかったけれど、効果があるものがある」とおっしゃっていたことです。それは、インターネットを利用した電話やSNSで、近くにいない人と交流すること(例えば、日本で育児中の外国出身女性が、母国の友達や親戚に母語で気軽に相談するなど)です。インターネットを上手に使ったコミュニケーションの例だなと思ったことでした。

もう1つ、印象に残ったこと、それは、外国人を支援する方々の意義を強調されたことです。少し前に、外国出身の子どもさんのために、学校へ行って日本語を教えるボランティア活動をされている方とお話をする機会があったという一條さん。「日本語力の向上だけでなく、自分だけにしっかり向き合ってくれて、話を聞いてくれる人がいることは、日本人、外国人関係なく、心理的な安定という点でとても意味のあることだ」ということでした。

一條さんは、外国人のメンタルヘルスをテーマとする研究者ですが、お話を伺っていると、「考え方や価値観の違う人たちとどう付き合い、暮らしていくか」という誰もが抱える普遍的な悩みとその解消につながるヒントが垣間見えてくるように思いました。

「倶楽部MIA」91号では、一條さんが現在のご研究に取り組むことになったきっかけや研究の内容などを詳しくご紹介しています。パソコンでご覧になる方は、こちらからどうぞ。

M

Mabuhay! (=Viva!)

こんにちは、初めまして。フィリピン、マニラ市から来日いたしましたEmilyと申します。

私は人生の半分以上、長らく日本、仙台市で住んでいます。そのぶん、自然と私の感性や考え方は日本人のカルチャーに近くなり、今では日本の所作をはじめとする美学にとても関心があります。でも、それはフィリピンを忘れるということではありません。フィリピンは私の故郷であり、しんでも私の母国に変わりはありません。私は本日(きょう)までフィリピンを一度たりとも忘れたことがありませんし、常に、どこで誰といても、何していてもフィリピン人としての誇り、フィリピンで暮らしてきた思い出を感じながら日本で暮らしています。

ただ、初めはそんなに簡単ではありませんでしたよ。率直(はっきり)言えば、大変の連続でした。いま振り返れば、日本語を話すことができなかった頃、私は子育てもあったので、いつも孤独で部屋にこもりがちでした。当時、日本人のパートナーとは英和辞典を挟みながら相談する以外、何からはじめればいいか分からなかったので、本当に大変でした。でもこの苦労が日本、日本人に惹かれるきっかけにもなりました。

日本人に話しかけられたらどうしよう...そんな不安の中、ゴミをだしたり、回覧板、子供の幼稚園でご近所さまと親しくなる機会も徐々(じょじょ)に増え、そのお付き合いで私の日本語力も上がり、日本に対する興味もより溢れました。

今あり谷ありのこんな私ではありましたが、現在(いま)では、【みやぎ外国人相談センター】のタガログ語相談員として務めさせて頂いております。またその他、10年以上、仙台市内の幼稚園や学校、民間の英会話スクールで英語の指導もさせていただいております。

e.jpg

私は、知識や知恵を取り入れることが大好きです。歌もダンスも大好きです。ちょっとした思い出話にはなりますが、10年前、定禅寺通りで毎年行われる七夕パレードで、私は母国フィリピン【bamboo dance】をメインキャストで出演させていただきました。最近では、スワロフスキーやパワーストーンを使ったアクセサリー作りも楽しんでいます。

家族や地域の方々含め、人が人をのサポートがあると、人生楽しくなるもの。ささえあい、たすけあい、自分をあきらめない、それはほんとのチャレンジでもあるし、ブレイブ、じぶんの人生のエネルギーになりますね。

Hand in hand、Japanese KIZUNA。私も残りの人生、フィリピン人としての誇りを持って、ここ、大好きな日本で家族と共に暮らしていくつもりです。

ありがとうございました。

Emily

Mabuhay! (=Viva!)

Hello, I'm Emily from Manila, Philippines. I've been living in Japan for more than a decade and almost half of my age now, so I may say that my feelings and my way of thinking are more closer to Japanese people and I consider to myself that Japan is my second home, but it doesn't mean that I forgot my own country, wherever I go I still have the blood of being a Filipino and always be a Filipino.

During those days that I can't speak Japanese at that time, I had so many difficulties of living in my first year here in Japan. But as the years goes by, I had a chance to make friends with my neighborhood and it helps me so much to improve my Japanese (=Nihongo) little by little..

At present, I'm working as a Tagalog Counselor at "Miyagi Support Center for foreign Nationals". And also teaching English at kindergarten, nursery schools and at a private English school in Sendai for more than ten years.

I love challenging things that helps me to gain knowledge. I love singing and dancing. Way back ten years ago, I used to join performing Tanabata Festival Parade at Jozenjidori presenting our own Philippine cultural dance
"Tinikling" (=Bamboo dance).

  Now a days, I have an interest making my own accessories made of power stone with a combinations of Swarovski stones.. 

With the support of my family, life become much more fun. And for sure, I'll spend the rest of my life with my family here in Japan,,

Emily

電話とタブレット

「初級2クラスのAです。今日は具合が悪いのでMIAの日本語のクラスを休みます。」

「初級1クラスのBです。今日は用事があるので学校を休みます。」

 最近こういう電話やメールを受け取ることが多くなりました。MIA日本語講座受講生には「クラスを休むときには連絡してくださいね」とお願いしていることもありますが、授業中に実際に電話を使って練習もしています。こうすることで、お休みの電話連絡の基本形を学べるとともに、自分の電話を使ってやってもらうので、MIAの番号が受講生それぞれの電話にインプットされるというわけで、いい作戦です、やあ自画自賛。

 メールだと漢字を多用されて文章を書いてこられる受講生もいて、ひょっとすると自動翻訳機能を使ってのことかもしれませんが、なかなか達者なメールに舌を巻くこともあります。

 連絡は即ちことばの練習なり。休まないのがいちばんいいですけど、お休みのときはばんばん電話ください。

 閑話休題。

2017051609000000.jpg
 漢字のクラスでは「タブレット」を使っています。ちょっとアナログなタブレットですけど。これにマーカーで漢字を書いて、筆順や形を確認するのですが、これまで使っていた「タブレット」はだいぶ草臥れてしまったので、新しいのを何枚か買いました。A4サイズ大のものが100円(税別)ですからね。ゆくゆくはこれをリアルタブレットにしていきたいところですが、しばらくは20世紀のタブレットで我慢していただこうと思います。

 古いタブレットを直そうとして指先に切り傷を負ったS先生、ほんとうにすみませんでした。そして、お願いですから労働災害で訴えないでください。妻子を養っていかなければならないのです。


とーます

中南米の希望

 先月中旬でしたか、石巻の国際サークル友好21のSさんから電話をいただきました。

「4月初旬にコロンビアで大きな洪水災害があって、その被災者支援のために石巻在住のコロンビア人を中心とした中南米出身者が集まって募金活動をしたいという話があります。」

 恥ずかしながら正直に申し上げると、このニュース、全くの初耳でした。さっそく検索してみました。ロイター発のニュースを見ると、かなりの被害です。いちおう新聞は毎朝目を通しているつもりでしたが、全然見た記憶がありません。

 ともあれ、ご相談は募金で集めたお金をどこにお渡しすれば、被災地、被災者に届くのだろうかという内容でした。

 通常ですと、政府系(大使館、領事館)、赤十字、国際NGOあたりが有力候補になってきます。ネットワークをたどって、在日コロンビア大使館のある方にアクセスすることができ、そこでお世話いただけることになりました。

 コロンビア政府でも義援金を募っているということで、その口座に送金することに最終的には決着したようです。日本の某銀行からアメリカニューヨークの銀行を経由して、コロンビアに送金されるとか。詳しいことはよく分かりませんが、現金が動くわけでもないでしょうに、なかなかに複雑な経路をたどります。でも、その道筋を大使館がお手伝いしてくださったようです。

 そして、コロンビア大使館も石巻のこの申し出にたいへん感激されたようで、募金の際にはどなたかが現地にお見えになるという話もあるのだそうです。

20170512006je.jpg

 本日、石巻地元の新聞、石巻かほくにその記事が掲載されました。大きな広がりが見られることを祈っています。


とーます
※新聞記事中にありますが、この募金活動を契機に「中南米の希望」という団体を立ち上げたのだそうです。

笑ってはいけない

 今日は証明写真の話です。

 外国で取得した運転免許は、日本の運転免許に切り替えることができます。ただし、いろいろ条件が付きます。例えば、その国の運転免許を取得してから3か月以上その国に滞在していることとか。取ってすぐに来ても駄目よということなのでしょうね。それはそうだという気がします。一部の国の免許ですと学科試験と実技試験が免除になるようです。詳細はMIA多言語情報紙かわら版のバックナンバーでご確認くださいませ。

 さて、外国免許の切り替えは宮城県ですと一か所、宮城県運転免許センターで行われています。日本語があまり達者ではない外国人の場合、通訳者を帯同していくこともあるのですが、最近同行したという通訳者から証明写真のことを聞きました。ある外国人が受付で持参してきた証明写真を提出したところ、この写真ではダメだと突き返されたのだそうです。笑顔の写真、正確を期すれば歯が見えている写真はアウトなのでした。

 あたしゃ、写真は撮るのも撮られるのも嫌ですが、運転免許証の自分の顔は無愛想で人相が悪く、ほんとはふくやままさはるとえびすよしかずを足して3で割ったぐらいの顔なのに、残念でなりません。それは置いといて、いまや履歴書に貼る写真は笑顔で!なんていう時代だというのに、運転免許証の写真は仏頂面じゃないといけないなんて、なんだかなでございます。


とーます
※というわけで最新の証明写真。
18301516_1331205350289354_6870240451340866948_n.jpg

東北大学国際祭りですよ

 「さあ次は夏休み」と呪文のように唱えながら出勤した今朝。常に何か待ち遠しいことがあるってステキですね・・・と、このように常に何か勘違いしているっておめでたいことですね。

 さて、さてさて、南京玉簾じゃなくて東北大学国際祭りが今週末14日(日)に迫ってまいりました。東北最大級の国際交流イベントと言っていいでしょうね。これを東北大学の留学生が企画、運営しているというのだから、恐れ入谷の鬼子母神です。

 今年MIAは白石市国際交流協会、美里町国際交流協会と共同でブース出展します。白石市は甲冑姿の武将と記念撮影や書道体験、美里町は浴衣の着付け体験や南京玉簾パフォーマンスといった内容で留学生と交流する予定です。

 そして、ここ2年国際祭りを担当してきたとーますは所用により、本年は参加かないません。当日は盛岡から盛会をお祈りしています。盛岡には何しに?そりゃ、じゃじゃ麺食いに行くのに決まってるべさ・・・んなわけない。食いますけどね。愚息遠征のお伴でございます。世界わんこそばジュニアチャンピオンシップに出場しま・・・せん。


とーます
※黄金週の思ひ出。
これ目的で鍋越峠を越えて行ってきました。山形県河北町。
18221707_1331205466956009_3794002998786798057_n.jpg
注文してから待っている間、備え付けの地元新聞を開いてみたらこんな特集記事が。
18222403_1331205390289350_4783664437933726511_n.jpg
同窓会の写真が新聞に掲載されてるってとっても斬新。秋田のテレビでは修学旅行生が無事宿に到着したと放送されるってのもありましたけど。
紅花の歴史を勉強したり、町役場直営の動物園を見たり。自宅からだと、片道2時間弱。また肉そば食べに行こう。

First of May

 5月1日。MIAは通常営業です。朝からちいとヘビーな相談を受けておりました。連休の前後とか狭間にはわりに重たい相談が来るような印象があります・・・なんて言ってるとそれが呼び水になるからそういうこと言うんじゃないと他のスタッフから叱責を受けております。

 5月1日。中国は五一労働節。日本ではメーデーと言いますけど、今時分、メーデーってなにか端的に説明できる人はどれほどいるものでしょう。ついついウィキペデ●アをのぞいてしまい、ふむふむとその労使交渉の変遷を俄かに勉強しました。中国ではこの日から黄金周が始まります。春節ほどではないですが、旅行に出たり、中国国内が大きく動きます。泰山に登ったのは19年前の黄金周のときだったようななかったような。留学してから20年も経ちました。

 5月1日。First of Mayって曲がありますね。ビージーズのバラード。洋楽には全然明るくない(じゃ、なにに明るいんだ?・・・)のですが、この曲は昨年日本でも公開された台湾映画「若葉のころ」のモチーフとして使われていました。なかなかいい映画でしたので、インターネットであれこれ調べていたら、主人公の友人役の若い女性がこの映画の公開を待たずに亡くなっていたことを知り、ショックを受けました。台湾では有名なモデルさんだったようなのですが、インターネット上で酷い誹謗中傷を受けて・・・ということのようでした。

 5月1日。緑豊かな季節。ビージーズの曲も邦題は「若葉のころ」です。一昨年、庭に試しに植えてみた香菜(パクチー、コリアンダー)、ぼく以外家人はだれも見向きもせず、全く消費できなかったので、わざわざ種を植えることはやめたのですが、一昨年零れ落ちた種子がいまだに発芽してきて、いつの間にかけっこうな大きさに育っておりました。ちょうどタラッポ(タラの芽)があったので、ついでにパクチーも天ぷらにしてみました。春菊と同じようなものじゃないか、と。果たして、ほぼ目論み通り、美味かったですよ、パクチーの強い香りは揚げたことでほとんど飛んでいて、最後にほんのり。

18194132_1325922730817616_3329927153733785382_n.jpg

 5月1日。近所の水路には水が豊かに流れ、田んぼが茶色から水色に変わるころ。夜には蛙の合唱も始まりました。田んぼ民族としてはなにかほっとする頃合いです。あ、あたしゃ見てるだけで、一切なにもしていません。成果を楽しんでいるだけです。米、美味いっす。

 ああ、そしてやはり呼び水。数年前に対応していた比較的大きな相談案件がまだ続いていたらしく、久々に電話がかかってきました。だれだか思い出すまでに随分と時間がかかりました。


とーます

このアーカイブについて

このページには、2017年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2017年4月です。

次のアーカイブは2017年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。