2016年12月アーカイブ

忘年会とMIA食堂

 というわけで公約通り?忘年会を挙行いたしました。「挙行いたしました」なんてふだんは使わない敬語を使っているのは、役得で浅ましくもがっついたばつの悪さでございませうか。

 ふたつのクラスでほぼ同時進行でした。とーますの駄弁に代わって雄弁な写真に交代します。

P1020736.JPG

P1020742.JPG

P1020737.JPG

P1020746.JPG

以下、食べたものです。
・料理名(作った人の出身国)
・シフォンケーキ(パキスタン)
・豚の煮込み(フィリピン)
・焼きそば(ベトナム)
・薬膳炊き込みご飯(韓国)
・チキンカレー(ネパール)
・フルーツサラダ(アメリカ)
・ココナッツサラダ(フィリピン)

 寝坊したフィリピンのFさんはケンタッキーフライドチキ〇を買ってきてましたし、メンバーのお誕生日を祝ってホールケーキまで登場してました。ぼくはいなごは温存してお気に入りの辛口しそ巻きを差し入れしました。

 うまいうまいとさえ音を発さず貪りながら、三度の飯と同じぐらい楽しみな妄想にふけったわけですが・・・

 MIA食堂やったら面白そうだなあ、と。

 とりあえずランチ限定、毎日2、3種類の料理を出す。月曜日はネパール料理とブラジル料理、火曜日はフィリピン料理とエジプト料理みたいに。コンセプトは世界の家庭料理をリーズナブルに。MIAがシェフを募集して、委託。タレントはたくさんいます。通訳サポーター、日本語講座同窓生、留学生などに声をかけたら集まるんじゃないかしら。MIAはコスト管理、仕入れ、施設運営、雑務。「MIA食堂、今日はなにが食えるんだろう」っていう面白さで、集客が見込めやしないか。やっとぼくにもお金が近づいてきた、ぐふふ・・・

 しかし、妄想はいつもいい方向にばかり進んでいくわけではない。こんな妄想バトルが思い浮かんだ。

インドネシア人A「とーますさん、次のインドネシアの日、&%$#+*作りたいんですけど」
とーます「なにそれ?食えんの?」
A「食えんのって食べもののはなししてますけど。」
と「ごめんごめん、で、材料は?」
A「野菜と肉は日本で手に入りますが、調味料と香辛料はインドネシアのじゃないと味が出ません。」
と「ええ、しょっつるとかゆず胡椒じゃ代用できねえの。」
A「なにそれ、しょっつるとかゆずこしょうって、食えんのそれ?」
と「おいおい、ぼくのマネしないでくれよ。食いもののはなししてるん・・・」

イタリア人B「ランチにワイン出したいので仕入れてきました。」
と「わわわわワイン!?昼から飲むわけにいかないだろ。飲みたいけど。」
B「だって、イタリアではワインは水ですよ。」
と「イタリアだろうと日本だろうと水は水、ワインはワイン。じゃぱにーずサラリーマンが昼から飲むわけないじゃん。」
B「お客さんはおっさんたちばかりじゃないですよ。ゆったり食事を楽しみたい人もいますから、営業時間も10時から17時までにしましょう。」
と「そんなどこぞのファミリーレストランじゃあるまいし、一日中ランチ注文できますってか。」
B「日本人は熱いものを早く食べるから癌になるんですよ。」
と「え、そうなの、それまさにぼくのことじゃ・・・」

 日々こんな格闘をしながらMIA食堂を経営するのかと思ったら、これは妄想だけにしといた方がいいのかなとも。怖いもの見たさもちょっとだけありますけどね。


とーます
※しそ巻き辛口、大崎市古川の某店で販売しています。油切れがよくサクサクで青唐辛子がピリリと効いていて美味いです。
※こないだ観た台湾映画、「私の少女時代」とても面白かったです。ヒロインの宋芸樺さん、可愛い。

がんばれ父ちゃん

 MIA日本語講座にはさまざまな国からさまざまな立場の方々が日本語を学びにいらしています。日本人の配偶者、留学生の家族、会社員、ワーキングホリデー、宗教関係者、観光の短期滞在などなど。ですから、日本語を勉強すると言ってもその目標、ニーズもまた多様です。

 アメリカ人のMさんとMIA日本語講座のおつきあいはかれこれ5、6年になります。日本人女性と結婚され、お子さんもいらっしゃるMさん。奥さんは英語が堪能ということで家庭内言語は英語のようです。

 Mさんは震災後、アメリカから来るボランティアに同行して、被災地支援活動に参加、協力していました。そのためもあり、足掛け半年にわたる講座をなかなかまっとうすることができず、虫食い状態となることが多かったので、同じコースを再受講、再々受講されて今期に至っておりました。

 今期のMさんは、これまで以上にたくさんのコースを履修され、出席状況も虫食いはほぼなくなりました。また、話すのが苦手でこれまでほとんど授業中に発話が見られなかったのですが、今期は日本語で積極的に話し、冗談を言ってクラスを和ませることもたびたびあるようです。MIAの講師陣もMさんの変化に驚き、とてもうれしく思われておりましたが、Mさんのやる気の源が昨日分かりました。

 Mさんのミニ作文にこんなことが書かれていたのです。

「わたしは子どもと日本語で話したいので、これまで以上に日本語の勉強をがんばりたい。」

 お子さんは来春から小学生。ここからは推測ですが、いまは幼稚園か保育園に通われていて、ものすごいスピードで日本語を日々吸収してきているのでしょう。これまでお父さんとは英語で話していたのが、段々とそこに日本語が混ざるようになり、成長とともに話す内容が複雑になるにつれ、英語で話すよりも日本語で話すことの方が楽になってきているのかもしれません。この状況はさらに加速度的に進んでいくはず。Mさんはそこに気づき、危機感を覚えたのかもしれません。子どもと話ができなくなる・・・

 がんばれ父ちゃん。今日も元気にMIAに現れたMさん。今日は冬休み前の最終日ということでちっさな忘年会のためにフルーツサラダを携えてきました。


とーます
※ちょっと前の写真。先々月ぐらいかな、サバやイワシがたくさん釣れまして、干物に挑戦してみましたよ。案外簡単、そして美味い。
14657290_1136646233078601_5275774463957785096_n.jpg
※ナメタガレイを釣るべく、今月も釣りに出かけましたが、堤防からの投げ釣りでは手のひらサイズのカレイしか釣れず。ナメタへの道は険し。

HAPPY CHRISTMAS TO EVERYONE!

MIAのタガログ語相談員Dさんが、クリスマスが近いから
ということで、ケーキを買ってMIAに持ってきてくれました。

cake1.JPG

とっても大きいチョコレートケーキでした。
もとが大きいから、切り分けたひとり当たりのピースも大きく、食べごたえ十分。
半分だけ食べて、家族におみやげに持って帰る人もいました。
ちなみに、味はすごく濃厚で、とってもおいしかったです!

それから、フィリピンのクリスマスについて、Dさんに聞いてみました。
クリスマスには家族や親戚が必ず集まって仔豚の丸焼きとか、アメリカ風のすごく大きい
ケーキ(やっぱり大きいんですね)を食べたりするそうです。
教会のミサに参加する人も多いそう。

「暑い国でしょう。サンタさんはどんな格好をしているんですか?」と聞いてみたら、「暑い
ですが、みんなが知っているあの格好でプレゼントを持って来ます」ということでした。

ちなみに、クリスマス前は、どこの会社でもクリスマスパーティーを開くそう。
各自、自宅から料理を持ち寄るそうですが、最近はケータリングも増えているとか。
日本では、ちょっと考えられないけれど、楽しそうだなあと思ったことでした。

最後に、Dさんからブログをお読みの皆様へのメッセージ。

「クリスマスが近いので、MIAにサプライズでクリスマスケーキを持ってきました。
クリスマスは1年に1度にしか祝うことができない大切なイベント。
何もせずに過ごしてしまうのは残念なことです!
皆様も、すばらしいクリスマスをお過ごしください!
HAPPY CHRISTMAS TO EVERYONE!」


M
先日「技能実習生と地域をつなぐプログラム」の最後の「日本語交流教室」がありました。

PC110020.JPG
まずは写真と動画でこれまでの取り組みを振り返りました。
あんなこと、こんなこと、本当にいろんなことをしましたね。

PC110026.JPG
続いて、一人ひとりキーワードを書き出し、それをもとにグループごとに話し合ってこのプログラムについての思いを共有しました。

PC110029.JPG

PC110028.JPG
「楽しかった」「だんご、おいしかった」「ダンス、きんちょうした」「日本人ともっとしゃべりたい」などなど、いろいろな感想が並びました。

IMG_3334.JPG
実習生がインドネシアのお菓子を、日本人の「地域交流サポーター」は日本のお菓子を作ってきてくれました。
地元塩竈の「藻塩」を使ったクッキーも人気でしたよ。

IMG_3341.JPG
「地域交流サポーター」のYさんは、実は尺八の師範代(!)
インドネシアの曲も含めて数曲ご披露いただきました。
素晴らしい音色に全員で静かに耳を傾けました。(そして、スマホで録画する人多数)

IMG_3345.JPG
お返しに実習生からはダンスを披露。(おっと、奥で一緒に踊っているのはコーディネーターのSさん!)

IMG_3347.JPG
アクロバティックなポーズも決まりました!

IMG_3349.JPG
日本の唄を全員で合唱。

PC110041.JPG
最後に、最後の記念撮影を。

6月のサポーター育成講座から取り組んできたこのプログラムも、これにていったん終了となります。

ふだんはあまり接点のない、技能実習生と地域の皆さんとの距離を近づけたい、という思いで始めたこの事業。

サポーターの熱意、実習生の明るさ、企業の方々のご協力に支えられ、このプログラムを通してたくさんの笑顔を見ることができ、ある程度その目的は果たせたのではないかと考えています。

折角のこの繋がりを、ここで途絶えさせるのはあまりに残念。

実習生、サポーター双方から「これからも交流したい」という声もたくさんいただきました。

これからは、「NPOみなとしほがま」の皆さんのイベントなどに参加させてもらうなどして、引き続き交流を続けること、そして、MIAも出来ればまた皆さんと一緒に何かに取り組むことを考えています。

技能実習制度を拡充する法律も成立し、今後、実習生の数が更に増えることは確実です。

「生活者」「地域住民」として実習生をどう受け入れ、どのような地域社会を築いていくか、これから大きな課題となっていくでしょう。

今回の塩竈のプログラムで学んだことや、人とのつながりを活かして、今後、この課題に取り組んでいきたいと考えています。

(・・・と、少し堅苦しいことを言ってますが、それよりなにより、単純に、このプログラムに関われて、みなさんと出会えて、とても楽しかった!それが今の一番の私の感想です。)

(OZ)

P7310142.JPG



クラスメイトは助け合い

寸劇「クラスメイトは助け合い」
作:とーます

登場人物:
日本語教室の受講生
・中国人A
・中国人B
・台湾人X

・中国人Aの母
・とーます

場面:授業開始10分前の教室にて
※原文はすべて中国語。


Aさんはまだ10代の若者。昨日から通い始めた中途受講者である。昨日今日は両親に送られてきている。日本語教室とZ市間の移動は乗り物の乗り継ぎがあり、ひとりで帰れるかどうかAさん本人も母も少し不安である。


とーます「AさんはZ市からでしたよね、Bさんも同じZ市から来ていますので、紹介します。」
母「ありがとうございます」
A「・・・(うなずく)」

と「こちらBさん、こちらAさんのお母さん」

A、B、母があいさつ。

母「(Bさんに向かって)Z市に住んでいるって聞きましたけど・・・」
B「そうです。」
母「Aはまだ電車の乗り方とかが分からないので・・・」
B「そうですか、わたしは車で通っています。」
母「その車に乗せてもらうなんてことは・・・」
B「いいですけど」
と「それじゃBさんがたいへんです。乗り物の乗り方を覚えた方がいいですよ。」
B「それに、今日は午後も勉強があるので一緒に帰ることはできません。」

やりとりを聞いていたXが歩み寄ってきて、
X「仙台駅までだったらぼくが・・・」
母「仙台駅って大きくって、ホームもたくさんあるからどれに乗っていいか難しいですよね。」
X「Z市に行くならF線ですよね。改札のところまで一緒に行きますから、そこで時刻の表示を見て何番線かを確認すればだいじょうぶじゃないでしょうか。」
B「そうですね、きっとだいじょうぶ」
母「(まだちょっと不安そうに)じゃお願いしてもいいですか?」
X「分かりました。」
と「Xさん、でもそのあと別のところに行かなくちゃいけないんですよね。間に合いますか?」
X「だいじょうぶです。」
母「よろしくお願いします。」

Aも一緒に頭を下げる。時間はちょうど講座の開始時刻。

先生「じゃあ、授業を始めましょう。」


とーます
※フィクションですが、一部実話に基づいています。
※フィクションの方がいつものブログより不真面目さが減っている気もします。
※米原万理さんのエッセイに感化されました。すぐに真似っこ。

もうすぐ冬休み

 MIA日本語講座も来週いっぱいで今年の分の授業は終わります。1月10日から再開します。学習者の中にはお子さんを抱えているお父さん、お母さんもいらっしゃることもあり、学校のお休みとほぼ同じ期間は日本語講座も休みにしています。

 冬休みを前にアメリカ人の受講生Mさんから「クリスマス会しませんか?」という提案がY講師にあったようです。その場でY講師は「(イスラムの方もいらっしゃるから、)忘年会ではどうですか?」と軌道修正をしてくださり、みんなそれでよいとなったようです。

 受講料をいただいている日本語講座ですから、授業中に飲めや歌えやは困るんですけど、授業後にささやかなものでしたらけっこうなことです。ときにはクラスメートや先生と打ち解けてお話するのもいいじゃないですか。

 担当特権で、ちょいと参戦してみようかしら。差し入れはやっぱりいなごクッキーかなあ・・・


とーます
※我が地元のお菓子屋さんで売っているいなごクッキー。クッキーの真ん中にいなごの佃煮が一匹どーんと貼りついていてなかなかのインパクトです。大崎市田尻の華月堂いなごクッキー
いなご.jpg
※もっとふつうに地元のローカル食を差し入れようかと思いを巡らせていますが・・・食べる前に加熱ができない、家から持ってくる、牛肉不可(ヒンズーの方がいる)、野菜が高い、といった条件下で何ができるか。今週末にナメタガレイを釣り上げてくるしかないな、こりゃ。
※我が田舎、年越しと言えばナメタガレイ。この齢になればその美味さもちいとは分かりますが、子どものころは全然意味不明でした。この時期、値段もどんどん立派になります。

待てば介護の日和あり

 自治体国際化協会(CLAIR)から助成金を得て2015年に実施した「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」(このブログでも昨年度いくつも書いておりますのでご興味ございましたらバックナンバーをどうぞ、いつもより真面目さ5%増しで書いています)。助成金を受けてやるおしごとは打ち上げ花火みたいにその場限り、その年限りで終わってしまうこともありまして、そこが頭痛の種です。

 あれから約1年を経て、県庁の高齢者福祉を司るセクションから来年度の新規事業について相談がありました。ふたつお話があって、ひとつはEPAで来日している介護士候補生や既に介護の現場で働く定住外国人のスキルアップを目指すこと。もうひとつは技能実習生や在留資格「介護」で現場に外国人が入ってくることについて介護施設側の理解を促すこと。


 実践介護塾の実施において、外国人を巡る3つの視点をもって臨んでいました。

1.介護サービスを受ける外国人
2.介護サービスを受ける日本人の家族(妻・嫁)としての外国人
3.(介護現場の)同僚としての外国人

 来年度はこの「3」について、外国人向けと施設向けとふたつの新事業が動き出しそうです。

 これで打ち上げ花火一発ではなくなりそうで、担当としてはそれがいちばんありがたいです。さっそく、こないだはある大規模施設の施設長の講演会を聞きに行ったり、勉強が始まっています。日本語学校の学生を入れるために幹部クラスのベトナム人を要請されているなどさまざまな動きがぼちぼち始まっているようです。

 また、宮城県に暮らす外国人(外国出身者)のうち、介護施設で働いている人、介護の資格を持っている人を軽く調査したところ、両手両足で足りないくらいの人がカウントされました。我々が存じ上げないだけの方もおそらくは相当数いらっしゃると思うので、実はずいぶんたくさんいるんだなあと改めて思いました。

 来年度、ブログ上では介護ネタが増えると思います。認知症の予防法なども知り得たならばこちらで紹介します、覚えていられるかが問題なのですけれど。


とーます
佐々木先生と集合写真.JPG
※実践介護塾では施設見学も行いました。せんだんの丘にて。

法律相談の敷居を低く

「みやぎ外国人相談センター」の業務に協力していただいている、仙台弁護士会の弁護士の方々との懇親会がありました。

相談業務に関係すること、ないこと、あれやこれや情報交換をして、とても有意義な時間でした。

後半は、いかにして外国人が法律相談しやすい環境を整えるか、ということについて、アツーイ議論に。

同会では、6月20日の世界難民の日に併せて<世界難民の日記念 外国人のための法律相談会>を開催しているのですが、相談件数が伸び悩んでいるとのこと。

その理由について意見を求められたので、チームMIAの面々は
・広報が日本語のみでは伝わらないこと
・早めに相談があったら、MIAももっと協力できたこと
・通訳者を自分で手配するという条件では、特別に実施するメリットがないこと
・「世界難民の日記念」とすると、「自分は難民ではないから無関係」と感じる人もいること
・期間限定ではなく、恒常的に相談しやすい体制を作ることが望まれること
 ・・・等々、勢い込んで極めて率直に考えを述べさせてもらいました。

弁護士の方々は、それらの意見を大変真摯に受けとめてくれ、「今後改善するよう検討したい」とのことでした。

あれこれ要望ばかり言って、その場ではお伝えし損ねたのですが、大前提として、皆さんが「外国人の役に立ちたい」と考えてくださっているのは、本当にありがたいことです。

「弁護士」「法律相談」というと、日本人でも敷居が高く感じられるもので、「いわんや外国人においておや」、なのですが、今回ご一緒した方々は、そこを改善して日本人でも外国人でも法律の専門家として力になりたい、という志を持った方々ばかり。

そうした温かで真摯な気持ちをもった専門家の方々と連携が図れていることは、MIAが他に誇れることの一つと言えます。

外国人のなかの「法的ニーズの掘り起こし」(という言い方があるらしいです)や、法律相談がしやすい環境づくりに、MIAも引き続き協力していきたいと思います。

(OZ)

P1020580.JPG
弁護士会とMIAとの合同で開催している法律勉強会の様子


宮手県

 宮城県はそんなに広くないので、県庁所在地である仙台市からどの町にもほぼ1時間見当で行けるのですが、唯一の例外、それが気仙沼です。震災前までは、JR気仙沼線の1日二往復の快速を使えば、たしか1時間半かそこらで気仙沼に行くことができたのですが、大津波で沿岸のいくつかの駅と線路が根こそぎ奪われ、いっときは復旧に向けた検討もなされていましたが、最終的には断念。いまはBRTというかつて線路が走っていたところを舗装して、バスを走らせています。高速道路もいまようやく南三陸まで延伸しましたが、気仙沼まではもう少しかかります。いちばん速いのはひょっとして仙台から新幹線で一関まで行ってそこからローカル線に乗り換えかなあ。いずれにしても2時間はかかります。

 そんな気仙沼で弁護士相談に通訳が必要となる案件が発生しました。ちょっと内容的にも入り組んでいるので、どなたにお願いするか、ちょいと慎重になります。複雑な案件は地元の方にお願いするとかえって近すぎてやりにくいということがありまして、どうしたものか更に思案に暮れました。

 民事法律扶助制度では通訳者への謝金も対象になり、いったん法テラスが立て替えて通訳者に支払われます。謝礼金額もMIA外国人支援通訳サポーターの基準に比べたら、相当高いです。それだけ難しい通訳だということなのかもしれません。ただ交通費が出ません、謝礼に含まれています。

 例えば、大都市仙台には経験豊かで優秀な通訳者が複数います。ですが、地域のしがらみのない人を望むとはいえ、片道3時間、往復6時間を交通費無しで行ってくださいとはさすがに言えず。

 気仙沼の隣、南三陸町にもおひとり信頼できる通訳者がいたのですが、あいにく日程が合わず。さて、困ってしまってわんわんわわんでございます。

 さてと地図を見やれば、気仙沼のすぐ北隣が岩手県陸前高田市、その更に北隣が大船渡市。この辺りから気仙沼に行っていただく方が、石巻や仙台から行ってもらうよりはるかに近いことに気づきまして、隣組の岩手県国際交流協会にヘルプを求めました。その翌日には、地域の日本語教室の方からのご推薦で大船渡在住のSさんをご紹介いただきました。事情をお伝えするべくお電話したら、とてもいい方。

 はたして、Sさんは任務を立派に遂行され、弁護士事務所からもお墨付きをいただきました。さすがです。

 そして、県境をまたいだ協力も大ありだなあと思った次第です。元々、気仙沼は地理的に言うと岩手県に食い込んだような位置関係にあり、歴史的にも、あるいは言語的(気仙語です)にも三陸沿岸一帯は密接な土地柄です。震災当日、「高台(たかだい)に避難してください」という警報を「タカダ(気仙地域では陸前高田をこう呼ぶ)」と聞き違えて、車を陸前高田に走らせたという非都市伝説さえありました。


とーます
※気仙沼ご当地キャラクター、ホヤぼーや。ホヤ美味いっすよ。
ほやぼーや.jpg
※気仙沼地域を「宮(城)(岩)手県」と言ったりするんですけど、これはご当地の方においてはどうなんでしょうかね。

秋の夜長に照る山もみじ

 もうひとつ「秋の夕日に山村紅葉」ってのも思いついたんですけど、これはだれかのネタだったような気がしたので不採用。

 新幹線通勤でして、乗っているのはわずか十数分。並んで待っているときも移動中も、周りを見渡せば少なく見積もっても3人にふたりは知能手機(スマートフォンを中国語ではこういうのですが、こっちの方がよほど日本人にはやさしいし、第一バカっぽくないと思うんですよねえ・・・)で何やら発信したり興じたりされておりますが、団塊ジュニア世代のおぢさんといたしましては、頑なに紙の本をめくっています。老花眼鏡も買ったので、視界良好。最近読んだ面白い本をいざここに。

1.ルポニッポン絶望工場 出井康弘著 
 技能実習生や留学生という名の外国人労働者の実態を追った取材記。日頃おしごとで相対している世界と面白いようにつながるので、ああそうか、だからか、とふむふむしているうちに読み終わりました。都会では新聞配達までもが外国人無しでは立ちいかなくなっているのだそうで、なんともいやはや。

2.長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う 出井康弘著
 ちょっと古い本ですが、EPAで来日したインドネシア人、フィリピン人介護士候補生を取材した良書。よく分からないながらもEPAの看護師・介護士候補生はうまくいきそうに思えませんでしたが、それがなぜなのかよく分かりました。在住外国人の介護士も追いかけています。MIAでも来年度はこの辺りがおしごとになりそうなので、予習を兼ねて一読しやした。

3.移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 高野秀行著
 船戸与一の早稲田大学探検部の後輩で、だれも行かないところにいって、だれも経験しないことをして、だれも書かないことを書くという信条の著者。ソマリアの本が面白かったので、他の著作を見ていたらこれに当たりました。中になんと南三陸のフィリピン人たちが震災直後に著者と一緒に宴をひらいたことが収録されています。当事者のひとり、Aさんに電話して聞いたら、「ああ、そうだよ、高野さんでしょ!」と、あっさり。震災翌月の宴で、津波で自宅を失ったAさんの放つ渾身のギャグには脱帽しました。脱毛しそうです。あ、もう抜けてるか・・・

4.「昔はよかった」病 パオロ・マッツァリーノ著
 イタリア人を装ったおそらく本当は日本人(社会学者?)による著作。ずいぶん前に「反社会学講座」を読んでとても面白くってそれ以来全部ではないですけど読んでます。元来のひねくれ者ゆえ、この方の著作を読むとそれが更に強化されているような気がします。この本も「昔はよかった」は単なる幻想で、いまの方がずっとまし、あるいはいまもむかしも変わらないことを資料、データを駆使して証明します。

5.蒼茫 石川達三著
 第一回芥川賞受賞作。太宰治を抑えて受賞したというエピソードばかりが有名ですが、この作品はブラジルへの移民が神戸の移民収容所に集まってから出港するまでが描かれていて、とても興味深いです。石川達三自身、取材で移民船に同行したこともあるようなので、実際に見聞きしたことなのでしょう。トラホームなる目の病気も初めて知りました。いま日本に大挙している外国人労働者も乗り物が船から飛行機に代わっただけで、置かれた状況などは近いものがあるのかなあ。

6.不実な美女か貞淑な醜女か 米原万理著
 ロシア語通訳者によるエッセイ。通訳、翻訳に関する考察と豊富なエピソードが硬軟織り交ぜて出し惜しみなく山盛りです。へっぽこ通訳・翻訳には辛くなる部分もありますが、最高峰の方々の人間臭さが感じられて最高です。もっと早く読んどけばよかった。

7.インパラの朝 中村安希著
 26歳の女性が単身ユーラシア、アフリカをバックパックひとつで巡る旅。沢木耕太郎、もっとさかのぼれば小田実など旅行記はいろいろありますけれど、若い女性ひとりの旅行記ってそんなに多くない。この次の作品、「食べる」も面白かったです。

8.アフリカにょろり旅 青山潤著
 ウナギの生態を解明するために世界中のウナギを追い求めて奮闘する旅行記。東大の研究者という字面がもたらす勝手なイメージとのギャップがあるから余計に面白いんだと思うんですが、意図してか無意識か、長嶋茂雄さんみたいな「がっと来たらぐっと引いてガツン」的な表現が多くて、漫画みたいです。映画化しても面白そう。3部作ありまして、最後のおっさんの悲哀を語るくだりなど、哀しくて笑えます。


とーます
P1020696.JPG 
※12月1日、MIA日本語講座受講生対象の「病院のかかり方」「感染症予防のための手洗い講座」、ネパール語の通訳としてYさんに初陣を飾っていただきました。ついこないだまでMIA日本語講座で勉強されていた方です。こうしてまたひとり、支援される側から支援する側へと転身されました。日本語教室はインキュベーターなり。

手洗ったか?

 歯みがいたか、また来週!と史上最速のブログ終了・・・んなわけない。若い人は知らないですね、ドリフターズの8時だよ全員集合のエンディング、こんなんだったんです。30年以上経っているというのに、おっさんはいまでもこれを聞くと反応してしまうという習性を利用したというわけなのです、シュン。


 12月に入りました。巷ではノロウイルスだとかインフルエンザだとか鳥インフルエンザがどうしたとか、クリスマスはお寿司がいいとか、年末年始はハワイで日の出が観たいだとか、なまはげが家に来るのは怖いからやめてほしいとか途中からだいぶおかしなことになりましたが、感染症が流行する季節です。

 それから、MIAのおとなりさんの事務所の方からあるときぼそりと、
「おたくの日本語教室の外国人、トイレを出るときに手も洗わなくってよ、おほほほ」
などと言われたものですから、
「日本人のおっさんだって洗わない人は洗わないじゃないですか、ぼくだって洗ったことないですよ、ぷんぷん」
と言い返したいだけで言えない東北人の性。いえ、安心してください、洗ってます、ぼくは・・・んなことはどうでもよくって、こんなご指摘を受けたのもひとつのきっかけになりまして、今年は日本語講座で手の洗い方を勉強しようと準備を進めてきたわけです。

 ちょっと調べてみたら、保健所には手洗いチェッカーなる機械があるという情報を得ました。きっと悪の手下を従えているに違いません。それはショッカー。手を洗った後に手のひらにばいきんが残っているかどうかが目で見えるらしい・・・ひょええ。洗剤のCMでばいきんがヤリ持ってエイエイって悪そうな顔してるやつ、あんなのが自分の手のひらに現れるのかとわくわくしてしまいました。

てあらい.jpg

 写真はイメージです。箱がありまして、中に青い光を放つ蛍光灯みたいなのがあって、はこの原の穴から手をさしれるとこのように見えます。白い部分が洗い残している部分。実は、手を洗う前に蛍光剤みたいなのを手にすり込んだうえで、手洗いをするのだそうでして、ばいきんエイエイは全くの妄想の産物でございました、例の如く。

 これが受講生みなさんに受けに受けまして、青葉区役所保健所のOさんのご指導に従い、30秒間指一本ずつはずしては洗い、こわいコワイ、丹念に指一本ずつ、指先、爪の間、手の甲、手首までしっかり洗い、目安は30秒間、ハッピバースデーを2回歌うと30秒ということで、今後トイレの洗面台でハッピバースデーが聞こえたら、そういうことなんでそこんとこヨロシク!

P1020685.jpg

 この日の日本語講座は、初級1と初級2クラスの合同で特別クラス。前半はフランス出身でいまは東北医科薬科大学病院の医師として勤務されているMさんによる「日本の病院のかかり方」、後半が「手の洗い方」という2本立て。しっかりご理解いただきたいので、通訳者を準備しています。今回は英語、中国語、スペイン語、ネパール語、ベトナム語、ウルドゥ語、インドネシア語の通訳者が一斉に逐次通訳をしていきましたが、いつ見ても壮観です。

 ひととおりの勉強が終わったあと、ある中国人受講生からこんな質問が出ました。

「中国語には『多少きたないものでも食べたからとて体を壊さない』という言い方があります。あまり清潔にし過ぎるとかえって抵抗力がなくなるとも言われますが、その辺りはどうなんでしょう。」

 保健師のOさんもこれにはううむと窮してしまいました。それも一理あるんです、たしかに。


とーます
※初稿はドリフターズの全員「終了」となってました。なんて悪辣なタイトルとあとで気づいてぞっとしました。 

山脈を越えて

 はい、先月の積み残し案件です。あれほど「今月のことは今月のうちに」とはっきりとあろうことか替え歌まで歌っておいて、翌日には前言、否、前歌撤回。いやはや、前世はきっと政治家ですな・・・げほげほ。

 11月26日(土)、奥羽山脈を越えて一路山形へ。国際理解実践フォーラムに3年ぶりに参加しました。

 多文化共生に関する分科会の今年のテーマは外国人の就労。MIAでも最近、技能実習生、日本語学校の学生、定住外国人の介護分野への就職など、外国人と仕事にまつわる問い合わせ、相談が明らかに増えています。とても関心がありました。

 3年前にお世話になった方々にもお会いできました。ちいとだけ古巣に戻った気でおりましたが、おそらく気のせいです。お世話になってばかりでしたから。

 午前、午後通しのプログラムでした。午前は山形で外国人を雇用する企業側、あるいは山形で働いている外国人によるパネルディスカッション。午後はグループで話し合い。個人的にヒットしたことをばつらつらと。

い.外国人を雇用する老健施設長のお話から。資格さえ取れば日本人も外国人もないというのはそうでしょうけれど、その資格を取るのが難しいという問題。外国人が資格を取れないから、ハードルを下げるという安易な発想もいかがなものかと思いつつ、背に腹は代えられない、これはお国の問題。EPAインドネシア介護士候補生を複数抱え、今後技能実習生などの雇用にも前向きのようですけど、施設の規模が大きいので、こういう方々をサポートする人的、資金的体力に恵まれているということなのかなあ、と。ただの想像ですが、将来技能実習生が人手不足の介護現場に入ってきますが、比較的規模が小さい施設に入った場合、人手を借りるつもりが思わぬ余計な手がかかってプラスマイナスゼロどころか・・・とならなければいいんですけどね。仕事に慣れるまでの間にかかる周囲の手間は多めに見積もっておいた方が肝要かと。それから、人手不足解消のために入った技能実習生に思わぬ手間がかかった結果、スタッフのストレスがさらに高まって変なアウトプットが生じなけりゃいいんですが。杞憂に終わることを祈念申し上げます。

ろ.ベンチャー企業。鶴岡市に蜘蛛の糸を強力な繊維にするというベンチャー企業があって、そこに外国人スタッフが15人いるそうです。ここは、人事採用はインターネット上のみで、面接もスカイプを通じて行うため、来日経験がない外国人が就職のために日本に来るというようなことがあるのだとか。世界を股にかけた企業は、日本とか外国とかいう線引き自体がナンセンスなのでしょう。日立だったと思いますが、世界規模で採用していて、世界中に配属されるのだとか。やりたい仕事、チャレンジャブルな仕事がたまたまそこにあったというだけのこと。

は.山形で働く外国出身者の声。ひととのつながりと言いますか、ご縁と言ってもいいかもしれませんが、たったひとりとのつながりがそこに暮らす契機になったり、そこに働くきっかけになったり。当たり前のことですが、日本人は日本に家族がいたり、自分がそこに生まれ育ったりして、その土地やひととさまざまな接点があるわけですが、外国人はそうではない。例えば、日本に留学したとしても必ずしもその後日本で働いたり、定住したりする接点が生じるとは限らない。本人がそれを求めるかどうかもあるでしょうけれど、日本のどこか、だれかが接点を提供できるかどうかということも大きな要素。近くにいる外国人を避けないでおつきあいしてますか?こういうメッセージが聞こえたような気がしました。

に.郷に入っては郷に従え、このことばは外から来た人が言うことに意味があるのであって、内にいる人が外から来た人に浴びせるのは違うなあ、と。「年長者を敬え」といっしょです、お年寄りが若者に向かって言うと、それは単に「お前もっとおれの言うことを聞け」という意味にしかならない。同じく、外国人に対して日本人が「郷に入っては」を言うと、「あなた日本人の言うことを聞きなさい」ひいては「あなたの言うことは聞きません」となってしまいやしないかと。日本人が考えるべきは、その郷とやらがいったい何なのか、もう少し掘り下げてみること。外国人を受け入れようとしているときに(その賛否は置いといて)このことばを発すると、ぼくには「おまえが変われ、おれは変わらない」と聞こえてしまうんだなあ。

ほ.日本に適応する外国人。午後のグループで面白い話があった。日本にうまく適応している外国人は、ひとつに周囲にそのひとを受け留めてくれる寛容な理解者がいること、ふたつに本人が「郷」の中で自分をある程度柔軟に曲げられること。地域コミュニティにおいても職場においても周囲への影響力の大きい人がその外国人を受け入れようと動くか、拒絶しようとするかである程度決まってしまうところがあるという指摘がぼくにはとても得心できた。日本人はけっこう付和雷同組が多いですからね、波風立てたくないとか言ってね。ちょっと声の大きい人が決めた方向性にわりと従順ですから、その影響力はなにげに大きい。他方、外国人ご当人が「ぼくはかわりましぇん」で梃子でも曲がらない人だとそれはそれで苦しい。お互いの歩み寄り以外に溝の埋め様はないわけです、きっと。

 仕事柄、いろいろな人にお会いしていろいろなおはなしを聞く機会には恵まれていますけれど、あくまで仕事上のお話であって、このように自由なご意見を聞いたり、話したりということはなかなかないものです。個人的には脳内洗浄が随分とできました。もっとこまめに洗浄しないと老廃物が溜まる一方ですけど・・・

 帰りの山脈越えは、ただ話を聞いて、ただ話をしてきたに過ぎないのに気持ちよく疲れて寝てしまいました。


とーます
2016112312460000.jpg
※顔ハメ看板が好物です、あると顔をつっこまずにはいられません・・・

このアーカイブについて

このページには、2016年12月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2016年11月です。

次のアーカイブは2017年1月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。