2016年11月アーカイブ

 今月のことは今月のうちにブログにすることをあっさり諦めたとーますです。あ、別にオリンピックの会場変更騒ぎを揶揄しているわけではありません、ってだれもそんなこと思わないか。それはそうと、昨日「つづく」にしたのはちゃんと続きます。

 テレビの次に、子どもの学校のことについて聞きました。

 インドネシア、スマトラ出身のAさんは小学校3年生と保育園児の2児の父です。

「日本の学校はとても集団行動を重んじていると感じます。運動会も基本団体戦で、赤勝て、白勝てですよね。インドネシアはもっと個人にスポットが当たります。」

 以前どなただったかが、日本の幼稚園は「Aさん」「Bさん」とひとりひとりに呼びかけず、「ウサギ組さん」「ポケモングループさん」とグループ全体に呼び掛けると指摘されていたことを思い出しました。

 ネパール、チトワン出身のAさんは、お子さんの高校受験を一昨年経験しました。

「娘が中学3年生になった途端、会うひと、会うひとから『今年受験だね、たいへんだね』『今年受験だね、たいへんだね』と言われ、どんなにたいへんなことなのか怖くなりました。でも、わたしは高校受験って中学校を卒業してから受けるものだと思っていたぐらい、何も知らなかったのです。ネパールでは高校卒業まで、受験みたいなことはありませんから。」

 学校の仕組み、教育制度ってのは国によって相当違いがありそうです。

 そんなインドネシア父さん、ネパール父さんが異口同音に言ったのは、

「日本の学校はやさしい、あまい」

ということ。

 インドネシアもネパールも小学校1年生から期末試験があってそれに合格しなければ進級できないのだとか。スマトラAさんは、小学校3年生の息子と宿題のことで毎日「ケンカ」になると言います。「漢字の書き取り1ページ、プリント1枚、たったあれだけの宿題を終わらせられないなんて、インドネシアに帰ったらついていけなくなる」と心配してのことですが、日本に長く暮らした息子さんはすっかり日本人化していて、インドネシア父さんのことばがピンとこないみたいです。


 当初の淡い構想では、ここまでが軽いジャブでここから震災当時の話や最近激増するネパール人、インドネシア人をどんな形でサポートしているかといったおふたりの活躍を紹介する予定だったのですが、時間がだいぶ無くなってしまって竜頭蛇尾な終わり方。時間配分をもう少しまともに考えておけばよかったです。

 ここからは幻の座談会ですが、同胞が異国で警察のお世話になっているのを通訳する苦しい気持ち、あるいは、異国で結核を発症し隔離治療されている同胞のところに通訳として向かう思いなど、語っていただきたかったことはたくさんありました・・・

 せんだい豊齢学園さんのこのコマでお伝えしたいいちばんの主旨は、「外国人だっていろいろ」ということ。その認識、固定観念じゃないですか?というのを生の声でひとつでもふたつでも中和できたらなあと思っておりましたが、どれほどそれができたかどうか。

 来年はもっとガンバリマス。せんだい豊齢学園のみなさん、そして、スマトラAさん、チトワンAさん、お世話になりました、ぺこり。


とーます

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※明日のおしごとの準備。「病院のかかり方」「感染症予防のための手の洗い方」をMIA日本語講座受講生と勉強します。

「倶楽部MIA88号」発行しました

機関紙「倶楽部MIA88号」(2016年12月号)を発行しました。
パソコンでご覧になる方は、こちらから。

巻頭インタビューは、プロバスケットボールチーム「仙台89ERS」の坂本ジェイ選手です。

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坂本選手は、アフリカのセネガル共和国のご出身。17歳の時に来日し、高校バスケットボールの強豪・宮崎県の延岡学園高校、浜松大学(現常葉大学)、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ(現・名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)を経て、今シーズンから仙台89ERSでプレーされています。その間、2013年には日本国籍を取得し、翌年には1度、日本代表にも選ばれています。

インタビューした中で、いくつか印象に残っていることがいくつかあります。

例えば、国籍取得時に名字を「坂本」に変えるほど、尊敬しているという「坂本龍馬」のお話。尊敬する理由を、「視野が広く、日本がオープンな国になることに貢献したから」のほか、「周囲の人を上手に巻き込み、何かを成し遂げるのがすごいから」ともおっしゃっていました。特に後者は、バスケットボールにも通じるところがあるということで、深いものを感じました。

「寮から1番近いコンビニまで自転車で15分もかかった」という宮崎での生活や、浜松に住んでいた時に通った大好きなハンバーガー屋さんなど、これまでに住んだ地域での思い出を楽しそうに話してくれる様子も心に残りました。宮城の食べ物では、牛タンがお好きという坂本選手でしたが、お気に入りの場所やお店をたくさん見つけて、宮城での生活も楽しんでほしいなと思ったことでした。

「日本に来てからたくさんの人にお世話になったので、また日本代表になって活躍する姿を見せたい」ともおっしゃっていました。そんな熱い気持ちを持っていらっしゃる坂本選手の今後の大活躍をお祈りしたいと思います。

M
 今月のことは今月のうちに!(CM「今年の汚れ今年のうちに」のメロディでご唱和ください)
 
 今月はあと残り2日というのに往生際が極めて悪いあてくし。書きたいことが少なく見積もってもふたつ、書いても書かなくてもいいことが23個(先日鰯がたくさん釣れたとか家に山羊が帰ってきたとかそういうの)、もうお前くだらんこと書くのやめろという意見が心の声を含むと3ケタの大台という?師走イブイブですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか、玉置宏で・・・はありません。

 先週金曜日、せんだい豊齢学園にお邪魔してきました。3年連続3回目の出場です(初出場のとき2回目のとき)。こちら、阪神甲子園球場からはかなり遠い仙台市のシルバーセンターを会場に市内のシニアが集う学びの場でございまして、今回は二つのコースで学ぶ50代から80代、平均年齢67才強の130名ほどのご来臨がございました。

 今回のゲストはインドネシアはスマトラ出身のAさんとネパールはチトワン出身のAさん、そしてコーディネーターという名のかばん持ちとーますの3人でお送りしました。それぞれの自己紹介を兼ねたお国の紹介のあと、おふたりとも家族を抱えるお父さんということでその辺りを切り口にお話を伺っていきました。

 しょっぱなはやや軽めのテーマということで日本での生活で感じること、「テレビ見ますか?」からスタート。

 スマトラAさん(ふたりともAさんなので、以後スマトラA、チトワンAと書きます)は、日本のバラエティが大好きでよく見るそうなのですが、子ども(小学校3年生)とは一緒に見ることができないと言います。理由は、ツッコミが頭を叩くからということで、インドネシアであれは絶対に許されない、真似させたくないから見せたくないとのこと。なるほど。

 一方、チトワンAさんは、歌丸さんのころの笑点が好きだったとシニア世代の心をがっちりつかんだあとで、

「新婚さんいらっしゃい、あれはネパールではあり得ない。」

と。「あれをネパールで放送したら、即座にテレビ局の周囲でデモが始まる」とも仰り、あれは破廉恥以外のなにものでもないのだそうです。日本でもあれは破廉恥には違いないと思いますが、おおらかなんすかね。

 会場の反応もよくて、どっと受けました。いい感じでしたが、いかんせん残り時間わずか。お国自慢が押して、座談の時間が当初予定より短くなってしまったのでした。


つづく


とーます
※今月のうちに終わる気がしません。
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11月26日撮影、写真二葉。我が家の庭。無花果の木、来春にはどうなっているでしょうか。「害獣」に丸裸にされるのが例年の風物詩です。

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先日11月24日、アルゼンチン宮城県人会の佐藤充賢会長さんがMIAを訪問してくださいました。

2012年に会長に就任してから、メールでのやり取りを通して、佐藤会長さんの温かいお人柄が伝わってきていたので、お会いできるのを心から楽しみにしていました。

 

会長さんは、1971年、21歳で渡航し、4年間アルゼンチンに住み、日本へ帰って6年過ごした後、再びアルゼンチンへ渡航。現在も「園芸農園」を経営しているそうです。

「どうしてアルゼンチンを選んだんですか?」と質問されると、「一番行きやすかったから」という明快(?)な答えが返ってきました。宮城県を離れたことのない私からすれば、かなりの一大決心と思うのですが、会長さんの意志はアルゼンチンにまっしぐらだったようです。

 

16年前にJICAの農業研修で来て以来の宮城県。「仙台の街並みも驚くほど変わっていて、自分のイメージで街を歩いたら、迷ってしまい、東京から仙台は1時間30分程度だったのに、仙台駅から留学中の息子が住んでいる北目町まで45時間ぐらい(通常10分程度)かかったよ。」と笑いながら語ってくれました。

 

担当として、移住された海外県人会の方は、自分の故郷の県のことを、「母県」と言い、いつも想ってくださっていることをとても感じています。移住者の方にとっては、時に「祖国」以上の意味を持つ「母県」なんだと強く感じています。

会長さんは、「東日本大震災後、ふるさとの悲惨な現状に、辛すぎて目を背けていた。5年経ってやっと自分の目で見ることができた。」と正直な気持ちを話してくださいました。

 この滞在中に、電車とバスで被災地を一人で乗り継ぎ、八戸まで行かれたそうです。「昔の面影がなく、復興はまだまだですね。街の特色が無くなってしまい、非常に残念です。」とおっしゃってました。

 

また、会長さんの

「日本は 天災があるけれども、人災はない。アルゼンチンは 人災はあるけれども、天災はない。」という言葉がとても印象に残ってます。

日本も近年では、残虐な事件や事故も多いので、会長さんの発言に心から自信を持てないのが悲しくもありました。

人災のない国、そして、天災もない国が理想です。

 


 

当協会訪問後、宮城県庁を訪問し、村井知事を表敬訪問しました。

佐藤会長さんから村井知事へアルゼンチンワインや写真集が、村井知事から佐藤会長さんにこけしが贈られました。お二人とも終始和やかな懇談でしたが、終了後、会長さんは「スペイン語と日本語を混ぜて話をしてしまうので、そうならないようにするのに必死でした。緊張しました?。」と大変緊張されたご様子でした。

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佐藤会長さんとお会いして、メールで受ける印象以上にとても実直で、異国で生活する大変さをはねのけた強さがあると感じました。本当にお会いできで良かったです。

遠いことは重々承知しておりますが、また是非、母県にいらしてくださいね。


Sugar☆

二往復

 いつも以上に慌ただしかったですね、この2週間。ちっさな出張がぽこぽこあって、合間合間にぼんやりしていたらおっきな地震が来て、あわあわしたり。先週末には山形にも行ってきましたけど、それはまた後日書くことにして、まずはブログの時計が止まっていた先々週のこと。

 18日(金)、出張で地元に行きました。
7:30自宅@大崎市、出発
8:20MIA到着
8:45MIA出発
8:55県庁到着
9:00県庁出発
10:00大崎市役所到着、ウォーミングアップというゼロ次会
10:30多文化共生推進に関する意見交換会@大崎市開始
12:00終了、昼食@ヒマラヤ古川店
13:00大崎市出発
14:00MIA到着

 7時半に家を出て、10時には家のすぐ近くに帰ってくるという出張。MIAでは日課の全国紙チェックとメールチェックぐらいしかできませんでした。自宅から大崎市役所は自転車で3分ほどです。

 さてと、気を取り直して本題の意見交換会というか情報交換会。

 大崎市は在住外国人数が県内第3位(749名、2016年6月末現在、法務省調べ)。人口も県内3位ですから、ほぼ比例関係にありますね。最近の状況としては、

1.日本人の配偶者は頭打ち。震災後、新たな国際結婚による移住はほとんどなし。
2.ベトナム人、インドネシア人等の技能実習生が増加傾向。
3.パキスタン人が比較的多い。

 「1」は、というわけでひところ勃発していたさまざまな問題、トラブル、クレーム、不幸、咆哮は鳴りを潜め、落ち着いています。最近は、むしろ人生の階段を何段も上ったあとに起こる問題へと徐々にシフトしていて、年金、介護、死別、相続・・・このような相談がぽつりぽつりと現れ始めています。ひとはいつか必ず死ぬという逃れられない現実。

 「2」は、宮城県内はおろか、日本全国に起こっている新潮流です。大崎市もご多分に漏れずベトナム人、インドネシア人の技能実習生が増えています。住宅系メーカーの下請け、孫請けといった建築関係、自動車整備、大崎市だとむかしから繊維衣服関係にもたくさん技能実習生がいました。夕方、地域でいちばん安いスーパーマーケットでお買い物ルンルンしていると、東南アジアの人々とすれ違うことがよくあります、みんな買い物大好き!という話ではなくて、ああここにも働いているのだねえと職業的な好奇心から声をかけたくなることがありますが、きゃあ不審者と言われそうで我慢しています。おじさんが若い人に声をかけるのは難しいのです・・・?

 「3」のパキスタン人ですが、宮城県内に統計上では200人ほどおりまして、その大半が中古車解体販売業に従事している方とその家族です。おそらく流通の関係でしょうけれど、国道4号線、東北自動車道が通る市町村に住んでいます。聞いたところでは、村田町の中古車オークション会場の食堂ではハラルカレーを販売しているそうですから、それだけパキスタンバイヤーがいらっしゃるということでしょう。比較的お若い方々なので、出産、育児、教育といった場面で通訳などのサポートを要する場合があり、日本社会とイスラム文化、習慣との齟齬で調整に難航することがあります。以前聞いた話ですが、パキスタンの女子中学生が制服をめぐって保護者と教育委員会とで話し合いを持ったケースがあります。保護者曰く、制服のような肌の露出がご法度だ、と。協議の結果、くるぶしまですっぽり隠れるくらい長いスカートならよいとなり、スカートをふたつつなげてロングスカートを仕立てたとかなんとか。まあそういうことがいろいろとあります。

 たった1時間半の意見交換はいつも光陰矢のごとしです。最初こそ遠慮がちだったご参加諸氏がみるみる熱を帯びていきます。もう10日も経っているのに、珍しくこんなにクリアに思い出せるのはひとえにその熱の所以かと思われまする。


とーます
※昼食は倶楽部MIA巻頭インタビューでもお世話になったブシャンアケボノさんご一家が経営されるヒマラヤ古川店で。インドカレーのお店、地方にも増えてきましたよ。先日は涌谷町にもカレー屋さんができていて、田舎にも国際化の波が来ているなあと。
※最後に全然関係ない写真。MIAお茶っこ置場にて。「えぶ茶」ってなんだ?と2分ほど悩みました。疲れていることが判明しました。
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日本語おしゃべりの時間初参戦!!

急きょ、お休みになられたボランティアさんの代わりに「おしゃべりの時間」に参加しました。
日本語を教えたこともなく、大緊張です。

相手にいっぱいしゃべらせるようにしたらいいんですか??
自分もしゃべっていいんですか?
いやいや、普通のおしゃべりでいいです。

おしゃべりって、本当におしゃべりしていいんですか?
少しゆったり、わかりやすい日本語で。

【実践】

2人の外国の方とお話しします。

私:は。はじめまして、名前は○○といいます。よろしくお願いします。
Aさん:はじめまして、私の名前は○○○○○○○○○○です。よろしくお願いします。
私:(長い!覚えられない・・・)何さんと呼べばいいですか?
Aさん:○○です。
私:(ほっ。)○○さんですね。出身はどちらの国ですか?
Aさん:○○から来ました。
(Bさんがほったらかしになっている!!Bさんの方を向いて)
私:お名前はなんですか?
Bさん:○○です。○○から来ました。
私:今日は寒いですね。

教科書に出てくるような会話が続く・・・。見かねて先生が介入。一対一に切り替わる。

順調に会話が進む。
私:○○に感動したということで、
Bさん:??かんどう
私:えっーっと感動ってどう説明したらいいんだ・・・。先生ー、助けてください。

【無事終了】

後から知ったことですが
1.単文で話す。
2.一つだけの述語を
3.漢語より和語を 朝食⇒あさごはん
4.単語を複合させない 一人暮らし⇒一人で暮らす
5.擬音語・擬態語・敬語は避ける

などなどのルールがあるようです。擬音語・擬態語を多用していました・・・。反省。
今度、日本語学習者と話すときはもっとスムーズに会話できるよう頑張ります!
とても楽しい体験でした。

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Q太郎ママ

「外国籍の子どもサポーター」としてA国人児童をサポート中のSさんから電話がありました。

こちらからの送付物の到着のご連絡だったのですが、「児童の様子はどうですか?」とサポート活動について話を向けると、「ちょっと聞いてもらってもいいですか?」と、遠慮がちに次のようなことを話してくれました。

・サポートをしている子どもが、「周りの子どもからイタズラされる」と悩んでいること。

・でも、そのことは先生には言わないでほしい、と頼まれていること。

・朝食抜きで登校することがあって、そのせいで体調が悪くて保健室に行くことがあること。

・朝食抜きになるのは、お母さんが仕事で疲れていて朝起きられないから、ということ。

・ホームシック気味で、「国に帰りたい」と言っていること。

・・・聞いているこちらも心が痛む内容で、Sさんも悩みながらサポートしている様子が伝わってきました。

こちらからは、児童のことや家庭のことを理解してもらうのは大切なことなので、気になったことは担任の先生や教頭先生にお知らせして、学校と情報を共有してほしい、とお願いしました。

それから、今は1対1で日本指導をしているとのことだったので、そうしたときに母語で心置きなく話をしてもらう時間を持つこともサポートの一つなのだ、ということも改めてお伝えしました。

それにしても、Sさんが傍にいてくれて良かった。

他の仕事も抱えてお忙しいのに、「困っている子がいるのなら」と、Sさんはサポート活動を今回初めて引き受けてくれたのでした。

Sさんがいなかったら、児童の状況がきちんと学校側に伝わらないかもしれないし、何より、気持ちをそのまま受け止めてもらえる存在は、その子の大きな支えとなっているはずです。

児童は来日してからまだ3か月ほどで、日本語力も限られています。
家庭環境にも少し問題がありそう。

毎日健やかに過ごして、自分の持てる力が十分に発揮できるようになるには、もう少し時間がかかるでしょうし、周囲の関与も必要そうです。

Sさんのサポートが、しばらくは大きな意味を持ちそうです。

(OZ)
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「外国人の子ども・サポートの会」の研修会が12月に開催されます。
(クリックするとPDFファイルが開きます)



となりはなにをするひとぞ

秋深き 隣はなにを する人ぞ

 こんにちは、芭蕉です。ウソです、おたんことーますです。

 お出かけ話ばかりですみません。昨日は登米市役所に行ってきました。一昨年より宮城県庁の国際経済・交流課とともに県内の市役所、町村役場を訪問しています。一昨年は全市町村(仙台市を除く)、昨年と今年は外国人が急増しているところや大きな課題を抱えているところを中心にお邪魔しています。国際交流の担当部署だけではなく、在住外国人に関連する部署、住民登録窓口、母子支援、教育委員会などの部署からもお集まりいただき、場合によっては外部の民間団体(国際交流協会や日本語教室)も参集して、情報の共有を図ることを目指しています。

 登米市の現状をかいつまんで申し上げると、永住者と日本人の配偶者が全体の約3分の2を占め、元々外国人花嫁(中国、韓国、フィリピン)が多かった地域なのですが、震災後は新たに来られるお嫁さんはほとんどいらっしゃらず、変わって建設、縫製などの現場に中国人やベトナム人の技能実習生がちらほらと来られていて、ここ数年は人数的には大きな変動がありません。かつては子育て中の外国人お母さんの関係で役所から通訳の依頼が来たり、連れ子が突如転校してきた学校現場からヘルプ要請があったりしましたが、最近そういうケースはかなり減りました。子育てがひと段落され、日本語も上達されたということなのかもしれませんし、新たなお嫁さんが来ていないのだからまあ当然の帰結と言えばそうですかね。

 登米市は独自の外国人相談窓口を設けていらっしゃり、英語、中国語、韓国語の相談員を委嘱し、在住外国人の相談にあたっています。ときに当協会とも連携し、難しい相談にあたることもあります。ですので、今回もいくつかの過去の相談について、詳細を確認したり、今後の対応を具体的に検討したりすることができ、やっぱり会って話を聞かないとなあと再認識しました。

 登米市は10の町が合併した大きな自治体で市役所も大きな組織です。ですので、なかなか個別のケースを横断的に複数の部署で情報共有し、共通認識を持つということが難しくなっています。さらに、3年程度で担当者が変わります。市役所が予算を付けている外国人相談員の存在やその利用について必ずしも情報共有されていないということが今回の訪問で明らかになりました。このことだけでも所期の目標は達成されたと言えるのかもしれません。


 最後に、「長沼」のことを訊いてみました。東京オリンピックのボート、カヌー競技の代替候補地として急浮上し、新都知事も来たご当地がここ登米市です。

「資料の翻訳対応やらアテンドやら、てんてこダンスだったのではないですか?」

「あそこは県の所有なので、我々のところにはそういった業務は一切降りてきませんでした。すべて県で対応されていたかと思います。ただ、ホントに決まれば、市内各所の多言語の表示、駅の改修、インフラ整備、ボランティアスタッフの確保などなど、おそらくは専門の対策チームができて、市役所を挙げた動きとならざるを得ないでしょう・・・」

 あれれ、市を挙げて盛り上がっていると思ったら意外な反応。でも、たしかにとてつもなくたいへんなおしごとではありましょう。

「ではいまはさながら嵐の前のなんとやらといったところでしょうか?」

と冗談を吐いたつもりが、微妙な空気を醸し出してお開きになりました。

 どうなるんでしょうね?


とーます
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今朝の河北新報に先日松島で行われた研修会の記事が載りました。

?(゜ロ?)ココハドコ? (/ロ゜)/



お久しぶりです。34です。

先週の8-11日(4日間)、中学生4人が

職場体験でMIAに来てくれました。


なぜか先週は予定以外のお客さんの訪問が多く、

様々な国の人たちと話す機会がたくさんあって良かったと思います。

(協力してくれたみなさんありがとうございました)


最終日の午後は、

4人にブログの作成をお願いしました。


1. MIAで何をしたか、何を感じたか

2. MIAをあまり知らない人のために分かりやすく、読みやすく

3. ニックネームを決めること


これ以外は、基本自由です。



ちなみに、

タイトルの「?(゜ロ?)ココハドコ? (/ロ゜)/」は、

「かおもじ」を入力して、「変換」キーを押したら、

ちょうどいいものが出てきたので、

4人で話し合い、これにしました。



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11月8日から11日まで、
職場体験で宮城県国際化協会に行きました。

1日目は、
ベトナムとルーマニアについての話を聞きました。

「こんにちは」は、

ベトナム語で『チャオ』、
ルーマニア語で『ブナジワ』。

2日目は、フィリピン。
ハグをすれば、病気が治るらしいです。
『こんにちは』は、マガンダンハーリ。

3日目は、アメリカと韓国。
アメリカは、選挙の話を聞きました。
「こんにちは」は、ハロー。

韓国は、国旗の意味が難しかったです。
『こんにちは』は、アンニョン。

4日目は、ブラジル。
面積は、日本の22.5倍。
大きいなあと思いました。

4日間、毎日楽しかったです。


SG




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ここ宮城国際化協会で
職場体験をさせていただきました24です。

1日目はベトナム、ルーマニア理解講座がありました。
ベトナムの貧しいところでは、
半日ガムや宝くじを売ってお金を集めているそうです。
ルーマニアの国旗の黄色いところの意味は、小麦だそうです。

2日目は、フィリピン理解講座がありました。
なんと、日本で売られているバナナやマンゴーは、
フィリピンで取れる中で、一番おいしくないそうです。

3日目は、アメリカと韓国理解講座がありました。
アメリカ理解講座では、選挙の話で盛り上がりました。
韓国理解講座では、距離によってバスの色が違うということがわかりました。
最後には、ラオスの人が来て挨拶の仕方を教えてもらいました。

4日目は、ブラジル理解講座がありました。
ブラジルのあいさつの仕方、
国旗の意味など教えてもらいました。

4日間とても勉強になりました。


24




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4日間お世話になりました!
サターンです!!(*・ω・)

一番残った思い出は、CIRのSさんとの面談で
ポケモンの名前を英語で書いてもらったことです。

そして日本で呼ばれているアニメの
ポケモンの主人公の名前が日本で呼ばれている名前と
アメリカで呼ばれている名前が全然違うことに驚きました!?(◎o◎)/!

得意な絵をSさんと楽しみながら描けたことは
一生の思い出です!!

たくさんの国々の人と交流することができて
とても楽しかったです!(^。^)y-.。o○

ラオス語と韓国語で私の名前を
書いてくださってとても嬉しかったです。


日本語講座では、
さまざまな外国人の方々に本語を教えるのは
とても大変ということが分かりました。

ゆっくり、優しい日本語を意識して教えるのは難しいです。
そして私は、こう思いました・・・。
差別のない国を創り、地球人は皆平等ということを
理解できる世界になってほしい!! 

ずっとずっと、そう願っています・・・(^u^)


サターン >゜))))彡 




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宮城県国際化協会で四日間
職場体験をさせていただきました,霊華です。

今回の職場体験では,
たくさんの国の方々と話しすることができ,
とても貴重な体験だったと感じています( . .)φメモメモ

MIAにはアポ無しのお客様が多くいらっしゃるので,
次の予定を後回しにしたり,作業やお話を中断したり......
なんてことも体験しました(・_・;)

ですが,そういったことも含めて,
貴重な経験が出来たと思います。

何度か通訳のようなことを
やらせていただいたことが印象に残りました。

お役に立てたようで良かったですヽ(^_^)ノ
 
それと印象に残ったことがもう一つ,
三日目の朝に十五分で自動消滅する指示書をいただいたことです(@_@;)

今まで体験したことのない,
新鮮なことだらけの四日間でした。

学んだことはこれからにどんどん
活かしていきたいと思っています!

四日間,本当にありがとうございました!!


霊華(*・ω・)ノシ





去る10月10日。

富谷町は、富谷市として生まれ変わりました。



市制移行を祝して、

今週末、富谷市成田公民館で開催される

『とみや国際スイーツ博覧会』の企画のひとつが


《世界のおやつコーナー》



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MIAでは、ふだんから

MIAのプログラムに協力してくださる

13か国14名の外国人のみなさんから

16種類のおやつをご紹介いただき、

パネル作成に協力しました。




イベント前日の今日、

16種類のおやつの中から

8種類のおやつの再現に挑戦するという

宮城大学の学生さんたちを激励するため、


アメリカ人のスティーブさんと

ブラジル人のヴァレリアさんに

現地入りしてもらいました。


ツアコンは、

異文化ストレス臨床心理士の一條玲香さんです。



会場入りしたスティーブさんとヴァレリアさんは、

さっそくそれぞれ自分が推薦した

おやつの出来栄えをチェック。



ブラジルのブリガデーロを口にした途端、


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「ん・・・? なんじゃこれは???」 




スティーブさんもブラウニーを口にした途端、

161111_03さて、ブラウニーは.JPG

「これでは・・・×」




ということで、

2種類とも作り直すことと相成りました。


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なんとかそれぞれうまく出来上がり。

こうなると、ほかの14種類の出来栄えも心配ですが、

みなさん、とにかく足を運んで楽しんでみてくださいませ。


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ひぐま

ええ、そんなにいるの?

 昨日もお出かけ。宮城県災害ボランティアセンター支援連絡会議に出席してきました。大災害が発生したときにボランティアを受け付け、がれき撤去、泥かきなどなど被災者の個別ニーズにボランティアをマッチングするのが災害ボランティアセンターですが、その側面支援、後方支援をする団体が集まって情報交換をする会議が年に1,2回あります。MIAも「災害時通訳ボランティア」を含む在住外国人支援の各種おしごとを周知すべく、参画しています。

 今回の主な議題は、熊本地震や台風10号豪雨被害に対する各団体の支援実績や平時取り組んでいる防災に関する活動といったところ。MIAからは「余談」として昨今の在住外国人の状況をかいつまんでお話ししたところ、他団体のみなさまから予想外に食いつかれました。

 きっとこんな「アジテーション」をしたからですかね。

「急増している日本語学校の留学生にしても技能実習生にしても、家と学校または職場を行ったり来たりの日々で、地域社会とのつながりも希薄で、日本語もそれほど達者でない人が多い。県の防災計画においては外国人も要支援者と位置付けられていながら、防災訓練など実際の取り組みにおいてあまり意識されているとは言い難い。先の震災では幸いにも大きな混乱とはならなかったが、あれは平日の日中だったから、学校なり職場なりがうまく避難誘導できたためであり、もしこれが夜中であったり、休日だったりした場合には大きな混乱をきたすことも考えられる。うんぬんかんぬんかくかくしかじか・・・」

 仙台市社会福祉協議会の担当者は会議後につつっと寄ってきて、

「仰る通りです。外国人は全然意識していませんでした。」

と、急に反省されてしまったので、

「いえいえ、増えていると言っても宮城県全体でいえば人口の1%未満ですから、なかなか。仙台市の場合、仙台観光国際協会さんが熱心に取り組まれていますから、ときどき情報交換されるといいかもしれません。もちろん、うちもその輪に入れてください。社協さんとの連携はうちにとっても大きな課題です。」

 業界ではごくごく常識的なトピックが、よそでは全く知られていないということはよくあります。今回、改めてそれを強く感じました。


とーます

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※一昨年の宮城県総合防災訓練。ボランティアセンター設置運営訓練に地元の国際交流協会の方々とともに災害時通訳ボランティアが参加しました。

血液検査はグローバルか?

 技能実習生の受入機関で通訳をしているKさんに聞いた話。

Kさん「ベトナム人の技能実習生がけっこう血液検査でひっかかるんですよ。」

とーます「え、どして?」

K「中性脂肪の数値とかがすごく高いんです。要注意どころじゃないレベルで、再検査確定です。」

と「だって、みんな若いですよね?」

K「そうです。みんな20代。」

と「体がひどく大きい?」

K「いえいえ、みんな細いですよ。」

と「ええ、じゃあなぜに?中性脂肪って・・・(と、インターネットで調べてみると)ほう、糖質、脂質の過剰摂取がよくないとあります。」

K「ラードを大量に使って野菜炒め使ったりするから。」

と「それだ。でも、その程度では・・・」

K「あと、お米をすごく食べるの。会社から一ヶ月に15kgお米を支給されるんですけど、ひと月もたないみたいです。」

と「え、え、ということは単純計算で一日500gの米を食べるということですか。一合って何グラムだっけ?(パタパタとまた検索)一合は150gだから、一日に三合以上食べるんだ、ほええ。」

K「そんなこともあって薬飲みながら仕事している人も多いんです。」

と「宮沢賢治は一日に玄米四合食べたようだけど・・・あの当時は米以外のおかずはほとんどなかったでしょうからねえ。」

 こんなやりとりがあったんですが、そもそも血液検査の基準値ってあれは世界一律なのか、国ごとに独自なのか?平熱だって世界みんな同じではないと知って、以前大いに驚いたことがあります。気候などの地域性からそれに対応した食文化、生活習慣もあるでしょうから、それを基準が包括しているものかどうか。だれかご存知の方いらしたら、ご教示くださいませ。

 結論。とにもかくにも食べ過ぎ注意。ハイ、ワカリマシタ。


とーます
※最近ちょっと過食傾向でして、んもう・・・それなのに写真は月餅。先日中国人から頂きました。まだ食べてませんが、月餅ってとてつもなく高カロリーなイメージです。
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松島や

 学生のころ毎日のように素通りしていた松島。とても見慣れた風景ですが、昨日久しぶりにおしごとで降り立ってみたら、やはり松島は日本三景でございました。仙石線から降りる人、松島海岸駅の前、観光客でいっぱい。

 さて、昨日は仙台地方町村社協連絡会職員研修会にお邪魔してきました。元々は、災害時の外国人支援をテーマに研修会を実施するので、ひいては英語話者をご紹介いただきたいというご依頼があって、それに対応したのがきっかけです。社会福祉協議会は地域住民に向き合って福祉の仕事をされている組織で、もちろんその中には在住外国人も含まれているわけですから、かねてからさまざまな形で連携したい、お話を伺う機会を作りたいと思っておりました。ですので、ぜひとも最近の在住外国人の状況も報告させてくださいと図々しくお願いしまして、紹介した外国人講師2名とともに出かけてまいりました。図々しさには定評があります。

 ベトナム人、ネパール人が激増していること、技能実習生、日本語学校の留学生が増えていること、いずれにせよ労働力不足の担い手となっていること、などを努めて温厚に口角泡を飛ばしてまいりました・・・?

 外国人観光客誘致が盛んな昨今、数年後のオリンピックを見据え、災害時に英語で観光客に対応する研修というのがメディアには受けたようで、地元テレビ局2社が取材に来ていました。

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 研修本編では簡単な英語で外国人とコミュニケーションをする練習をされていましたが、ポイントは英語ではないなあと思っておりました。外国人を相手に英語なりやさしい日本語なり身振り手振りなり持てる手段をフル稼働して意思疎通をする意思があるかどうか。

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 仙台の街中で地図を広げて半ば呆然と立ち尽くしていた外国人をかつて見たことがあります。そこを通りかかった日本人は一定距離を置いてみな素通りしていきました。ことは外国人に限らず、おせっかいとなることを厭い、お世話焼きにひどく慎重なあまり最終的に見て見ぬふりを選ぶ現代日本人の特徴でもありましょうが、相手が外国人ということでその傾向がさらに強まっているように思います。

 こうした垣根を意識することができたとすれば、昨日の英語を使った模擬訓練も意義のあることだったかもしれません。はたして、ご参加のみなさんはどう感じられたことでしょうか。


とーます
追記)東北放送のニュースがウェブ上にアップされてました。
10月29日(土)に、仙台市内で開催しました『平成28年度国際協力セミナー 多様化する留学生と日本の国際貢献?東北大学とJICA東北の取組?」』のご報告をします。

国際協力セミナーは、独立行政法人国際協力機構東北支部(JICA東北)と当協会が毎年共催で実施していて、本年度は、下の写真のように、24名の留学生を含め、宮城県内の学校の先生や国際交流団体で活動していらっしゃる市民の方、高校生など約60名もの皆様にご参加いただきました。

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第一部では、東北大学グローバルラーニングセンター副センター長の末松和子先生が、同大留学生に関する現状と課題についてご説明して下さいました。JICA東北の畠山敬専任参事からは、途上国の発展に貢献する人材育成などJICAによる留学生受け入れの目的や留学生から見た日本の印象などについてお話がありました。

第二部は、パネルデパィスカッション。第一部のご登壇者2名に、ガーナ共和国出身のアイザック ヤウ アスィードウさんが加わって下さいました。アイザックさんは国費留学生として東北大学に留学し、修士号と博士号を取得した後、日本で就職し、アフリカ出身の留学生の互助団体などもつくって留学生支援に携わってこられた方です。アイザックさんは、ご自身の経験も踏まえ、言葉の問題、経済的な困難、帰国後の進路に関する不安といった留学生が抱える問題やその支援のあり方について熱く語って下さいました。

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留学生が地域社会の中で市民と共生する意義についても、ご登壇者それぞれの立場からご発言がありました。末松先生は、東日本大震災が発生した後、アルバイト先の新聞社の社員の厚意でたくさんの食べ物をもらって帰国の途に就いたものの、結局、帰国せず、人手が少ない中でアルバイトを続ける選択をした中国人留学生のエピソードを、留学生が地域の人々に支えられ、また貢献した例として紹介して下さいました。JICA東北の畠山敬専任参事は、留学生受け入れに関する地域のサポートの重要性を説くとともに、留学生が持つ多様な力を地域社会活性化という形で日本に還元することが大事だと強調しました。

パネルディスカッションの後の質疑応答では、会場から「留学を終えた後、帰国後や就職などのサポートはどうなっているか」というご質問があったり、また最近、東北大学ではインドネシア人留学生が急増していることもあり、参加していたインドネシア人留学生から学内でのムスリム文化への配慮をより求める意見が出されたりしました。

最後に、参加者と県内在住の留学生が交流する時間があり、参加者は、留学生の母国の様子を聞いたり、お気に入りの宮城の観光地を聞いたり、連絡先を交換したりと、大変盛り上がっていました。

私もそうですが、留学生を街中で見かけることはあっても、日本での生活の様子について聞いたり、直接話したりする機会はなかなかない方が多いのではないでしょうか。私自身、今回のセミナーで留学生の現状に触れ、「そうなんだ」と思うことや気付きがたくさんありました。参加の皆様にも、このセミナーを通じて、地域の留学生へのご理解を深めていただき、身近に感じていただけていたら嬉しいと思ったことでした。


M

教室で

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 MIA事務所が入っている宮城県仙台合同庁舎でちょうど日本語講座の時間中に緊急地震速報訓練をするというお達しがあったので、教室で少しだけ避難訓練しましたよ。事前にしっかり多言語でお伝えしていたのでみなさん上手に机の下にもぐりました。ぐっどもぐりすと。



 教室と言えば、英語指導助手(ALT)の方々から教室でのカルチャーショックをときどきお聞きしますが、その中でも群を抜くのが・・・お食事中の方は、スルーくださいませ!?


「かんちょー」です。

 子どもにかんちょーされて困惑した、頭きた、あんびりばぼーだ、と反応はさまざまですが、いずれにせよあれは日本固有の「現象」のようです。いまを遡ること30有余年、我が幼少の砌にもその「お作法」は存在しておりました。ぼくはほぼ被害者の側に属しておりましたが、あれはいったいなんの「儀式」だったのでしょうか。脈々とその「伝統」は受け継がれ、21世紀を迎えているようです。

 とにもかくにも、この「グローバル」な世の中においてかんちょーは思わぬ「国際紛争」を巻き起こしかねないので、止めた方がいいと思いますねえ。って、それ以前にあれは事故になりかねないですから危険がアブナイのです。


とーます
 おとなりの山形県国際交流協会AIRYなどが中心となって毎年開催している「国際理解実践フォーラム」、今年はその分科会で外国人の就労をテーマにするということで、ぼくものこのこと出かけることにしました。技能実習生のこと、日本語学校の留学生のこと、日本人の配偶者のこと、現状、今後にとても興味があります。

 思えば、震災後にAIRYからMIAと各方面での連携をという提案があり、そのひとつとしてこのフォーラムに多文化共生に関する分科会を設けるということがありました。2012年2013年と2度にわたって不肖とーますがその分科会を担当しましたが、とてもいい勉強になりました。参加者がとても多くて、活気ある分科会でした。この2年間は事前準備や事後のまとめも含め、ずいぶんと山形に通いました。仙台からバスで1時間かそこらですから、ぼくの通勤と大差ありません。でも、山形は宮城とはずいぶんといろいろな違いがあるということもまた面白い気付きでした。2014年以降は山形県が誇る多文化共生のスペシャリストたちにこの分科会を引き継いでいただきました。

 3年ぶりに伺いますが、楽しみです。まだ受け付けていると思いますので、ご一緒しませんか?


とーます
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※数日前に石巻に行ってきたので。本文とは全然関係ありません。

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