2016年9月アーカイブ

吹いたかな?インドネシアの風

「塩竈に吹くインドネシアの風 ーインドネシア人技能実習生との交流会ー」が無事に終わりました。

町内会役員、実習先の企業、監理団体、隣町の国際交流協会、地元公民館の方々など80名以上が参加してくださり、
・技能実習生の発表を聞いてもらったり
・ダンスや手品を見てもらったり、
・手作りの料理を味わってもらったり、
・民族衣装を試着してもらったり、
そして、もちろん直接お話ししてもらったり、
という様々な形で、技能実習生や母国インドネシアのことについて、理解を深めていただきました。

私はステージ横で見守っていたのですが、実習生たちが実に生き生きと自分たちのことを伝え、それを時に温かく、時にとても興味深そうな表情で受け止めている参加者の様子を見て、本当に嬉しかったです。

準備や練習をする時間は限られていたはずなのに、実習生のどの発表も堂々としていて、とても立派でした。
女優やタレントばりのアドリブもポンポン飛び出して、その素晴らしい度胸と隠れた才能に目を見張りました。

それから、辛抱強く実習生をサポートしてくれた「地域交流サポーター」の皆さんにも心から感謝です。
通訳として協力してくれた留学生Aさんの
「この会を通して実習生とサポーターとの絆が深まったような気がする」
という感想をとても嬉しく聞きました。

宮城県内には2,000人以上もの実習生が働いていて、さまざまな形で私たちの暮らしを支えているのに、そのことを知らない人は多いですし、実習生が地域の人たちとつながりを得る機会もなかなか多くはありません。

今回の交流会が、そうした現状を変えるほどのことには勿論なりませんが、ささやかな試みとして、少しは塩竈に「風」を吹かせることができたかな、と考えています。

そして、技能実習生と地域とのつながりが更に深まるよう、この交流会で吹いた風をどう生かしていくか、交流会の実施そのものよりも大きな課題について、思いを巡らせているところです。

(OZ)

以下当日の準備・リハーサルの写真です ※本番の写真はMIAのfacebookページをご覧ください。

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「サテ」の調理中

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レシピ通りに進んでる?

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直前に原稿の修正があったためか、真剣な表情で練習中の「クイズ」担当チーム

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「技能実習の紹介」チームは、余裕たっぷり

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司会の三人です。声が大きくてよく聞こえました。

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マジック披露チームの最終調整。

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「音が聞こえにくい!」という声もあがりましたが、しっかり最後まで振付を確認。

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踊りのリハーサルを見ながら思わず体が動いてしまうサポーターのSさん。


在留外国人が増えています

 一昨日の新聞。

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※クリックすると大きくなります。

 この報道は法務省のプレスリリースに拠っています。日本全国も過去最多、宮城県も初の1万8千人越えです。リーマンショックで日系ブラジル人の多くが職を失って帰国したり、東日本大震災の影響で技能実習生や日本語学校の学生などが一時的に激減したりしましたが、その後、復興需要、オリンピック特需、慢性的な労働者不足などを背景に外国人が増加傾向です。国籍別でいうと、ベトナム人、ネパール人が急増しています。宮城県内を見回しても、日本語学校はベトナム人とネパール人が大半を占めているようですし、ベトナム人の技能実習生は県内の多くの市町村で働いています。みやぎ外国人相談センターで受ける相談もベトナム語の相談、あるいはベトナム人に関する相談が確実に増えています。

 現政権は更にたくさんの外国人労働者を導き入れようとしていますから、この傾向はもう少し続きそうです。ということは我々の業務もそちらにシフトしていかざるを得ないようです。外国人労働者を地域社会でどう受け留めていくのか。日本社会全体で考えるべき問題だと思います。ことは単なることば、コミュニケーションの問題だけではありません。


とーます

「倶楽部MIA87号」発行しました

機関紙「倶楽部MIA87号」(2016年10月号)を発行しました。
パソコンでご覧になる方は、こちらから。

巻頭インタビューは、小松リリアナさんです。

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   笑顔がすてきなリリアナさん

中南米ニカラグア共和国ご出身で、現在は仙台市内にあるNPO法人「あいの実」の訪問介護員として、重い障害や病気の方々の生活を支えていらっしゃいます。詳細は、インタビューをお読みいただければと思いますが、リリアナさんが介護という仕事についておっしゃっていたことが印象に残っています。「言葉も大事だけれど、その方自身を理解しようとすることがもっと大事。喜んで介護するという気持ちも大事」。お話を伺いながら、リリアナさんは利用者の方ととても良い関係を築いていらっしゃるのだろうと思ったことでした。

日本語が堪能で、介護のお仕事でも活躍中のリリアナさんですが、来日当初は日本語での生活に慣れるのが難しかったり、また後には同居するご家族の介護をされたりと、いろいろご苦労されたようです。ただ、ご家族にも「また?」と言われるほどの「駄洒落好き」で、とっても明るいリリアナさんだからこそ、その大らかさと明るさで、いろいろなことを乗り越えてこられたのだと思います。

リリアナさんが、これからも、介護のお仕事、またその他の様々な場面でご活躍されますことをご期待申し上げております!


M

マイナス1年問題

 外国籍の子どもが両親の仕事や都合で来日し、日本の公立学校に転入します。「ことばはどうするの?」当事者である子ども、保護者、学校、教育委員会、それぞれがまず心配するのがことば。日本語が全くできない子どもであれば容易に想像がつくと思いますが、仮に日常会話程度のことばができたとしても学習言語は日常会話とは別物ですからやはり相応のケアが必要となります。

 宮城県内においては当協会が外国籍の子どもサポーターを派遣して、母語支援(教室内での通訳)や日本語指導といったお手伝いをしていますが、仙台市や石巻市などは市の教育委員会が独自のサポーター派遣を行っています。

 それとは別に、宮城県教育委員会による加配教員の配置が行われることもあります。臨時の教員免許を付与して、例えば週12時間の非常勤の教員として対象児童生徒のサポートをするのですが、この臨時教員免許にひとつ障壁があります。

 臨時教員免許の条件には、日本人であれば大学卒業以上、外国人の場合は高校卒業以上という学歴条件があります。ここでいう高校卒業以上というのは日本の学校制度、6334が念頭にありまして、高校卒業以上というのは即ち12年間の学業を修了していることを意味します。ところが、例えばフィリピン、ペルーといった国では小学校から高校までの就学期間が11年と日本より1年短かったりします。教育委員会では、12年勉強していないから条件を満たしておらず臨時教員免許交付は不可、となります。

 グローバルということばを聞かない日がないほどグローバル化が盛んに謳われていながら、こんなところがグローバル化されてないんじゃないの?あくまでぼく個人の素朴な感想です。


とーます

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※学校の中のサポートだけでは限界がありますので、課外のサポートも重要です。外国人の子ども・サポートの会と連携してひとりひとりの子どもをサポートしています。
※昨年来、本国の中学を卒業した子どもが来日して日本の高校を目指すというケースが増えています。この場合、日本の中学校に入り直すということができないため、受験までの日本語学習と受験指導を当協会や外国人の子ども・サポートの会が分担しながらあたっています。

おしゃべりの見習い

 MIA日本語講座では、MIA日本語サポーターを教室にお招きして、受講生と日本語で会話する「おしゃべりの時間」という活動を取り入れています。生きた日本語の習得、会話力の向上といったものを目指しつつ、この活動は日本語サポーターにとっても「やさしい日本語」の練習となっており、双方にとって意義のある活動です。

 先日、いらっしゃるはずだった日本語サポーターさん数名が急用のため欠席となり、「代打」としてとーますが指名を受けました、否ので、のこのこと出かけていきました。

 ぼくは日本語講座の担当として受講生のいちばん最初から関わっているので、ひとことも日本語を話さなかったAさんがいまではこんなに日本語で話をしている!ということだけで、ときの経過とその間になされたことにある種の感慨を覚えます。

 今回は代打で2打席回ってきまして、ネパール出身のUさん、ベトナム出身のDさんの話をたっぷり聞きました。エベレストのふもとの村から来たUさんは、ルーツはチベットにあってチベット語が分かるのだそうです。Dさんはコンビニエンスストアでアルバイトをしていて、おしごとの面白さ、難しさ、失敗談などをたくさん聞きました。

 日常的によく会うひとでも、そのひとの経験、思い、考えに触れることはごくまれです。え、ぼくだけ?日本人同士でこういう会話をほとんどしないと感じるぼくは、ただ単にともだちがいないというだけのことでしょうか。

 いささか雲行きの悪いことになってきましたが、たまのおしゃべりはとても楽しかったです。この「おしゃべりの時間」に興味を持たれた方、まずはMIA日本語サポーターにご登録くださいませ。毎年、年度末に次年度の協力者を募集しています。

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※初級1クラスのみなさん。相変わらず写真は撮るのも写るのも苦手で、ぶれぶれです。


とーます


高校生

 ふなきかずお・・・なんて言ってるからおっさんと言われるだよ、ぼくの父母世代のアイドルですけどね。ぼくの記憶はピンクレディから始まっています。


 高校生と接点があるおしごとが続きます。珍しいことです。先週、高校生の国際理解に関する弁論大会があって、伺ってまいりました。

 今年は参加者が12名で例年より少ないということでしたが、国連のことや持続可能な開発のための2030アジェンダのことについて発表されてたみなさんに改めて敬意を表したいと思います。スバラシ。会場が某女子高だったのですが、入口がよく分からず生徒用玄関でうろうろしていて、我ながら相当不審だったと思います。「怪しいものではありません」ステッカーを背中に貼っておけばよかったと反省しました。

 今月末と来月初頭には県立のS高校とF高校の生徒さんが、「震災と外国人」についておはなしを聞きに来るということになり、その準備もぼちぼち始めました。震災の話になると、いつもきまって途中からトサカに血が上って熱暴走しだすので、あらかじめ話す方向性を決めて臨みたいと思います。キープマイレイセイ・・・外国人ゲストスピーカーも複数名お招きし、生徒さんたちと直接お話してもらう予定です。それぞれの被災体験、要支援/支援者としての外国人、家族と離れて暮らしているということ、被災地への思い、こんなことを語ってもらおうと思います。

 本日、日本語講座初級クラスの閉講式でした。来春、高校受験を目指すフィリピン出身のMさんが60回の講座を一日も休まず受講されましたので、少しばかりお祝いいたしました。

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 日本語講座の締めくくりには「安来節」。昨年は台風で流れてしまいましたが、今年も安来節のKさん、Nさんに獅子舞、安来節、銭太鼓を披露していただきました。途中に安来節の体験もありまして、皆勤賞のMさん、イギリスのEさん、セネガルのEさん、女性3人のドジョウすくいで会場は盛り上がりました。

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 茶話会の締めがなぜかぼくにその鉢が回ってきましたので、ジャパニーズおっさんスタイルの手締めをみんなでやりました。不思議な顔をしている人も中にはいましたが、きれいにそろいました。パチン。また、来月の新学期に会いましょう。あでぃおす。


とーます
※弁論大会のときに参加者みなさんのまえで少しお話をする時間をいただきました。ちょうど読みかけていた中村安希さんのエッセイのことを語ろうかとも思いましたが、やはり自分の経験じゃないとなと思い直して、「赤とredは同じではない」という経験談を話しました。よく考えられ、よく練習された弁論のあとで話をするのはとてもつらいことでした。精進します。
※弁論大会のあと、参加者研修会というのがあるようなのですが、どちらかというとその時間をいただいて、宮城県の足元の国際化のことなどを紹介できたらいいなと思っています。いつかやらせてください。


交流四半世紀

 1989年に東北大学に留学していた台湾人Cさんは、留学中に仙台市内のAさん宅にホームステイしました。Cさんは帰国後もAさん一家と連絡を取り合い、Aさん一家も台湾のCさん宅を訪問したり、交流が続いていました。月日が流れ、Cさんは結婚して子どもが生まれ、その子どもふたりもそれぞれ大学生になりました。その子どもふたりが夏休みを利用して、Aさん宅にホームステイしていました。今秋から大学に進学する弟のHくんは、6月に来日し、MIA日本語講座にも通っていました。自分よりあとから入ってきたクラスメートのお世話をする心優しいHくんでしたから、クラスメートのロシア人Dさんからは会話練習の相手にいつも「指名」されていました。お姉さんYさんも8月下旬に来日、さっそく日本語サポーターのIさんと日本語の勉強を始めました。

 そして、先日ご一家でMIAにお見えになりました。Cさん、Yさん、Hくん(おかあさんはひとり東京に行っていたそうな)。日本語サポーターIさんと勉強するYさんにほかのふたりがついてきたようです。おとうさんはいまもおしごとで日本語を使われる機会があるのかどうか分かりませんが、ブランクを感じさせない日本語でした。

「おかげさまで息子の日本語もだいぶ上達しました。」

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 四半世紀を越え、子どもの代まで続いている交流に、ぼくはただただ恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の豪徳寺でございました。


とーます

塩竈に吹くインドネシアの風

「技能実習生と地域をつなぐプログラム」の一環として、9月25日(日)に「塩竈に吹くインドネシアの風?インドネシア人技能実習生との交流会?」を開催します。

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(クリックするとPDFファイルが開きます)

ということで、「日本語交流教室」では、実習生と地域交流サポーターの皆さんがこの交流会の準備に励んでいます。

交流会のコンテンツごとにグループに分かれて話し合いをしていまして・・・

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こちらインドネシア文化紹介のグループ。
やはりスマホは情報源として欠かせない様子です。

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こちらのグループには実習の様子を紹介してもらいます。
作業の様子を収めた写真を見ながら、日本語でどんな説明をしたらいいか思案中。

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おそらく一番大変そうな料理グループ。
サテ、ナシクニン(ターメリックとココナッツミルクで炊いたご飯)、デザートを作ってくれるそうです。楽しみ楽しみ。

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インドネシアについてのクイズも出します。
難しすぎない問題をお願いしますね。

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そして、なんとマジックの披露も!
趣味でマジックをしているサポーターから手ほどきを受けている実習生。
覚えが速くて、かなり優秀な「お弟子さん」みたいです。

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交流会の最後には地元の踊り「よしこの塩竈」を参加者全員で踊るので、その練習もしました。

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「アイラブ塩竈!アイラブ塩竈!」という即興の(?)掛け声も入って、実習生も楽しそうに体を動かしていました。

こうして皆でワイワイ集ってアレコレ意見を出し合い、準備を重ねています。(まだまだ終わっていないので、急遽、もう一回集まることにしました。)

こんなふうに技能実習生と地域の人たちが一緒に作り上げるイベントというのは、なかなかに珍しいのではないでしょうか。

きっと楽しい会になると思うので、みなさんのご来場、お待ちしてまーす!
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(OZ)



石巻で防災研修

 窓外には黄色い田んぼが広がっています。あぜ道にはサギがちらほらと見えます。子どものころに比べたら、サギが格段に増えました。あるあぜ道には5,6羽が列をなすように佇んでいました。農薬を使わなくなったからでしょうか。サギは素っ頓狂な表情で(といっても鳥だからそう見えるだけですが)、いつものんびりしています。とてもしあわせな農村風景です。が、増えすぎるとまたこれはこれで問題が起こるものでしょうか。

 石巻で外国人向けの防災研修を行いました。行き帰りの電車でそんな光景を目にしました。

 さて、その肝心の防災研修。石巻での開催は3年ぶりです。技能実習生が増えてきています(これについては以前の告知ブログ参照)。それはつまり震災を知らない在住外国人が増えていることを意味します。

 今回の研修には12か国36名の外国出身者にご参加いただきました。仙台市内でもこれだけの外国出身者を集めるのはなかなか難しいことです。これができてしまうのは、ひとえに石巻の多文化のドン(略してイシドン・・・というのを聞いたことはありません)国際サークル友好21アドバイザーSさんの功績です。主催している日本語教室の受講生、OB、技能実習生の管理組合などに足しげく通われ、丹念にお声掛けいただいた賜物です。

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※石巻市役所からお湯を入れるだけで食べられるアルファ米を参加者全員にプレゼントしていただきました。

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※石巻消防本部さんには非常持ち出し品の展示をしていただきました。

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※119番通報訓練。外国人も緊張していましたが、消防のMさんもつられて緊張していました。

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※消火訓練、そとは残暑でした。

 震災経験者おふたりにちょっとマイクをお渡ししました。半身不随の義父と被災したフィリピンのLさん、雄勝で自宅が津波に流された台湾出身のSさん、それぞれの経験を少し話してもらいました。会場のみなさんがうんうんと頷きながら、聞いていました。

 うちのまちでもやりたいと手が挙がれば、宮城県内どこにでも行きますよ。


とーます

遠い国からのお客様

Hello again! 
Steveです。
ブログを書いたので、読んで下さい。

昨日、ロンドン大学の大学院生が、わざわざ私と話をするためにMIAに来てくれた。彼は地震など災害が与える社会的な影響を研究しているので、私の東日本大震災の被災経験に興味があるということだった。彼は今回、6週間日本全国を回って、熊本県から宮城県まで様々な方々に語ってもらっているそうだ。

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    インタビューの様子(左がSteve)

1時間程度、話し合った。私が幼なじみの日本人の友達(アメリカ国籍を取得して、今はアメリカ人)の「命令」に従って日本語を勉強し始めた時から、これまでの人生のストーリーを話した。もちろん震災と復興の話を中心に、詳しく説明した。

日本人(特に東北の人)の震災に関しての一般的な反応についても説明した。彼はいい質問をたくさん聞いてきたから、私は今まで自分でも気づいていなかったことを言えた。彼は仏教とか「侘び・寂び」に関心を持っているので、日本の復興事業や震災後の生活の中に「無常」という世界観の痕跡があったかどうか知りたかった。素敵な例えをいくつか教えた。1つは、2014年に旅行で日本に来た時のこと。石巻市の雄勝町で空を見つめていると、あるお兄さんに話しかけられた。「前にここに住んでいた」と言ったら、お兄さんは私にプレゼントをくれた。そのお兄さんはお坊さんで、プレゼントはその人が津波の瓦礫の木材を使って作った小さい置物だった。ロンドン大学の大学院生は、その話をとてもいいと思ったようだ。

その他、私の視点から見た日本人の協力精神とお互いに助け合う習慣について具体的に話した。ロンドン大学の大学院生は「震災が起きて、外国人と日本人の関係はどうなった?」と聞いた。私が感じたのは、震災直後に石巻にいた外国人はみんな誰かを助けたり、影響を与えたりしたいと思っていたということだ。ボランティア団体や米軍も来ていて、世界中の人に助けられている感じがあったのも関係があるかもしれない。勤め先や地域の人たちからは何度も、「石巻に残ってくれてありがとうございます」と言われたのを覚えている。


以上です。
1時間だけだったけど、有意義な会話になりました。
彼が論文を完成させたら、読みたいと思っています。

Steve

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