2016年4月アーカイブ

チーム防災士に学ぶ

 MIA日本語講座では、日本語の習得は言うに及びませんが、日本語がまだあまり分からなくても日本で生活するうえで欠かすことができないいくつかのテーマについて特別なプログラムを行っています。本日は、今年度その第1弾、中級クラスの受講生を対象とした「防災について学ぶ会」を実施しました。今回は、スペシャルゲストとして東北福祉大学防災士協議会チーム防災士のみなさんにお越しいただきました。

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※東北福祉大学チーム防災士のみなさん、おそろいのユニフォームでお越しいただきました。

 ターゲットは中級でしたので、防災についての基本は一度は勉強しているという前提に立ち、まずその復習から始めました。MIAオリジナルの「防災チェックシート」を使いました。中身はこんな感じ。

1.家の家具を固定している
2.非常持ち出し品を準備している
3.非常備蓄品(家に置いておく食べ物や水)を準備している
4.家の近くの避難所の場所を知っている
5.家族や友達の連絡先をメモしている
6.パスポート、在留カードをコピーしている
7.大使館、領事館の連絡先を知っている(メモしている)
8.困ったときに相談できる人(日本人、外国人)がいる
9.「高台」「警報」「避難所」・・・防災用語が分かる
10.その他、地震、津波に備えて何かしている(した)

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 実際のチェックシートにはルビが付いています。中級ということであえて日本語版を配りましたが、初級学習者向けに英語・中国語・韓国語・タガログ語・ベトナム語などの翻訳版も用意しています。ときおり学生さんに意味を説明してもらいながら、ひとつひとつ自分や自分の家での備えを確認してもらいました。おおざっぱに言うと、1から5までは日本人外国人問わず必要な備え、6から9は外国人特有の備えとなるかと思います。最後に「答え合わせ」をしました。それぞれの問いの「なぜ」が重要ですので、なぜ連絡先のメモがあるといいのか、なぜパスポートのコピーがあるといいのか、ひとつずつ説明しました。

 参加者の中にふたりムスリムがいました。ひとりエジプト人のMさんは1か月分ぐらいの備蓄食料が常時あるそうです。ハラルフードはもちろんですが、日本のスーパーマーケットで売られているものでも問題なく食べられるものを安いときに大量に買いだめているのだそうです。

 もうひとり、リビアのSさんは3.11経験者です。避難所生活のときにはおにぎりやパンをもらって食べたと言います。イスラムの戒律には、非常時には命を守るためにやむを得ず非ハラルフードを食べてもよいというものがあるそうで、知人の中には避難所でカップラーメンをもらって食べたという人もいたそうです。

 さて、今回は非常持ち出し品や備蓄品の現物を見せ、手に取ってもらうために日本赤十字社宮城県支部に協力をお願いして(なんとMIAのすぐ上の階にいらっしゃる)、グッズのあれこれを貸していただきました。元々は、当日スタッフにお越しいただいて説明をお願いしておりましたが、今般の熊本地震の対応優先ということで、説明は代わって不肖とーますが行いました。
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※しっかしこのおぢさん、いっつも口がとがってる。このタコ助。

 中級クラスのU先生は家で実際に使用している家具転倒防止のつっかえ棒をわざわざお持ちになり、I先生は自宅の非常持ち出し袋をお持ちいただきました。
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 続いて、食べもの。MIAで備蓄している(そして、消費期限が近付いている)アルファ米と缶入りパンを提供しました。ああ、アルファ米、震災のときに食べた食べた、あれ不味かった、とは某学習者のささやき。今回のはどうかしら、お湯を入れて20分待ちましょう。缶入りのパン、開缶するときにシャンパンみたいに「ばふっ」という大きな音が出ました。すごい圧力がかかっているんでしょうか、取り出したパンはみるみる膨らんでカップケーキ大のパンが2つになりました。概ね好評でした。ムスリムふたりも食べてました。
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 アルファ米ができるまでの時間を利用して、新聞紙で食器作り。チーム防災士に教えてもらってみんなで一緒に作りました。折り紙のことばはけっこうハードルが高いです。「ひっくり返してさっきと同じように折れ線に沿って内側に折ります」なんて。新聞紙なのでいささか大きなジョッキみたいなコップと落花生を食べるときに殻入れにするみたいな大きなお皿がともあれできました。
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 さっそくアルファ米をお皿に盛りつけて(ラップを敷いていますよ)、いざ試食。意外にも美味しかったみたいです。お昼抜きで来られた学生さんもいたみたいで、残ったものをおにぎりにしてお持ち帰りいただきました。

 非常持ち出し品について、リビアのSさんからはリアルなお話がありました。「留学生やその家族は数年で国に帰ってしまうので、それが重要なことはよく分かるのだけれど、お金もけっこうかかるし、帰国のときに持って帰るわけにもいかないし、ということで結局買わないという人がけっこういます」リスクをとるか、備えをとるか。富山の置き薬みたいにコアなグッズに限定したレンタル非常持ち出し袋でもあると、いいんですかねえ。

 学生にも感想を聞きました。「教える立場のつもりで来たけれど、外国人に教わることも多かったです」ネパール出身のUさんに昨年4月に起きたネパール地震のことをあれこれ聞いたようでした。「歩いていた道がみるみるうちに1mも浮き上がって・・・」ぼくも初めて聞く話でした。

 終了後も受講生と学生さんとの立ち話があちこちで続いていました。いやあ、学生さんのコミュニケーション能力の高さに、おぢさん感服しました。構えることなくすうっと外国人に接し、聞き役に回り、自分の話が通じているかどうかを相手の表情からさっと読み取り・・・ひとを相手にする福祉を学んでいらっしゃる学生さんだからでしょうか?空気を読むことに長けた世代なのでしょうか?MIAがずうっと取り組んできた日本語講座の「おしゃべりの時間」にレギュラー出場してほしいと講師陣からリクエストがあったほどです。ほんとうにありがとうございました。

 仙台防災未来フォーラム2016の会場でお声掛けして以来、連絡調整にご尽力いただいたT先生にも改めて感謝。

 熊本のこともあったからでしょうか、受講生の関心度も高く、よい学びになりました。


とーます

ここは駐輪場ではありません

 コミュニティ自転車というのでしょうか。仙台市中心部を30分100円で利用できるダテバイクというものがあります。安くて手軽なので最近では朝晩の通勤に利用しているサラリーマンもちらほら見かけます。仙台駅を起点にあちこちにダテバイクの貸し出し兼返却場所がありまして、我が宮城県仙台合同庁舎はその北限の地でございます。

 さて、その庁舎の管理者からある依頼が届きました。ダテバイクの駐輪場に一般の自転車を停める人がいるので注意をしたい。ひいては、その旨を翻訳サイトを使って多言語にしてみたので中身を確認してほしい、そんなご依頼。

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 届いたのがこれ。まだまだ機械に取って代わられるのは先の話だなと少しだけ安心しましたが、そもそもこの日本語では伝わらないのではないかという話になりました。

「ここは駐輪場ではありません、って自転車停まってるじゃん?と思う人がいるよね。」
「だから、ここはダテバイクの駐輪場ですとかなんとか言った方がいいのでは」
「速やかに移動せよより指定の駐輪場に停めてくださいとか、そういう方が具体的でいい」
「その駐輪場が地図で示されていると良いよね」

 こんな会話が飛び交い、それを反映した英語、中国語、韓国語は、もう一度日本語に訳しなおすと「ここはダテバイク専用駐輪場です、みなさんの自転車は指定の駐輪場に停めてください」となってしまい、はてさてその原文にもメスを入れるべきや否やとしばし迷った次第。

 我々、おしごとがら「より伝わる」ということには少しばかり敏感なのかもしれません。


とーます

日本語講座が始まった

 桜がいつもより早く咲いたと思ったら吹雪いたりなんかして、絶賛三寒四温の宮城県でございます。個人的には、スギ花粉の飛散が収束しつつあるということは、カモガヤ花粉登場ってことでごぜえまして、へくしょんちきしょーが乱発される季節でございます。梅雨よ来い。入梅とともにくしゃみはぴたりと治まります。

 そんなおびょーき自慢はさておき、MIA日本語講座が昨日から開講しました。若干少なめの人数ですが、今回もユニークな方々がお集まりになりました。中国出身のMさんは、アルバイト先でMIA日本語講座のことを知ったとのこと。

「バイト先にベトナム人が数人いて、かれらに勧められました。半年かそこらでそのベトナム人は日本人とたくさん話をするようになっていたので、これはすごいと思いました。」

 日本人と結婚された方、配偶者の留学や仕事に伴って来日された方、宣教師さん・・・中国語、韓国語、英語、スペイン語、ベトナム語、タガログ語、そしてもちろん日本語が教室内でクロスオーバーしています。

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初級1・2クラスの開講式。講師陣の紹介。手を差し出して講師を紹介しているのはMIAの代表取締役平社員、とーます。

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S先生のあいさつでは「友」という漢字を紹介して、受講生と握手します。握手とともに受講生の緊張が少しほぐれ、笑顔が浮かびます。 

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初日、「〇〇ともうします、どうぞよろしくおねがいします」さっそく覚えたあいさつを役員室に行って役員にも披露していただきました。

 漢字のクラスも本日これからスタートです。この風で桜はみんな散っちゃうのかな。


とーます

準備8割の8割

 毎度ばかばかしい愚ログ?不ログ?にしばしお付き合いのほどを。

「おい、はっつぁん、もうすぐ始まるよ!」

「ご隠居さん、ちょいとお待ちを。準備の最中でございます。」

「なんだい、5分前だというのにまだ準備しているのかい。むかしっからねえ、いや、むかしっからかどうかは知らないけども、準備8割本番2割と言ってね・・・」

「2割じゃバッター失格2軍降格でさあ、ご隠居。」

「バカだねえ、野球のはなしじゃないよ。仕事というものは、そのときになっていくらしゃかりきになったって手遅れだ、と。あらかじめしっかり準備をしとかないと、うまくいくものもうまくいかないって、まあこう、むかしのえらい人が言ったかどうかは知らないけれど・・・」

「なるほど。むかしの人はいいこと言いますね。」

「だから、むかしかどうかは分からないんだけどね。」

「ですがね、ご隠居、準備と言っても、何をどう準備していいか、むつかしいもんですよ。30分前になって、くまさんが、あれは準備したか?これはどうだ?と言うんで、ああそうだ、と慌てて準備してるんですよ。」

「だからね、準備8割のうち、8割は本番を想像することじゃないかとわたしは思っているんだよ。本番を頭から尻まで想像してみると、この場面ではこれが必要だとかああなったときのためにあれが必要だとかいろいろ考え付くじゃないか。」

「なるほど、さすが、ご隠居、むかしの人はいいことを言う。」

「だれがむかしの人だい。わたしは生きてるんだよ。」

「まあまあ、そんなに怒んないでくださいよ、ご隠居はまだ生きていますよ、たしかに。でも、そうですね。さっきくまさんに言われるまでこれっぽっちも考えなかったもの。もう少し想像しておけばよかったんですね、64%ぐらい。」

「なんだい、その64%ってのは?」

「準備8割の8割と言いましたよね、ご隠居。80%×80%ですから・・・」

「おまえさんにしては気の利いたことを言うねえ。ところで、くまには何を言われたんだい?」

「碁盤は用意したのか?碁石はって?矢継ぎ早に訊きやがる、あんちきしょう。」

「おいおい、しっかりしてくれよ、長屋の囲碁大会だよ。碁盤と碁石がなくてどうやってやるんだよ。」

「64%が大切でさあね、合点ガッテン」

「とほほ。」

 というわけで?来週から始まるMIA日本語講座の準備、受講生を対象とした「防災について学ぶ会」の準備、次号のかわら版原稿の準備に追われています。64%がどれほどうまくいっているかどうかは本番をご覧くださいませ。ぼくの場合、創造力もあまり鋭くありませんが、本番の2割でもポカミス、度忘れ、失言癖と爆弾だらけでして、なんともはや・・・


とーます
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※先月、事務所共用トイレの洗面台下に設置されていました。なにかを駆除するための準備でしょうか?いまはもうありません。結果や如何に?

風が吹けば

 今朝、MIA事務所が入っている宮城県仙台合同庁舎で放送がありました。

「売店閉鎖に伴いまして、地下1階にカップ麺、パン、菓子などの自動販売機を設置いたしました。」

 売店閉鎖の報は1か月ほど前に既に聞いてはおりました。最寄りのコンビニエンスストアまで徒歩5分弱、ちょいと不便になりますが、仕方ないでしょう。地下には元理髪店だった部屋も空っぽな状態で残っています。むかしは就業時間中に髪を切っていてもよかったのかしら?

 売店閉鎖がどこの桶屋に飛び火するかと言うとMIA日本語講座の受講生に配る資料です。「地下一階に売店、食堂があります」の文言から「売店」を削除し、中国語、英語、韓国語、タガログ語、ベトナム語、ロシア語、ゆでたまご(・・・すみません、自制できませんでした)の各翻訳も該当部分を変えなくちゃいけません。英語や中国語はなんとかなりますけど、その他の言語はその道の方じゃないというわけで各方面にお願い中。あ、昨日タガログ語の修正、お願いするの忘れた!

 閑話休題。

 3.11はとんでもない「大風」でしたので、宮城県内はどこもかしこも桶屋だらけ。MIAの業務だって大幅に影響を受けました。最近の新聞の切り抜きを2点ほど。

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4月2日(土)、河北新報朝刊。気仙沼にお住まいの風間ご夫妻の記事。中国出身の風間芳さんには、以前当協会の「外国人のためのストレスケア教室」で通訳をしていただきました。昨日、この記事のことで気仙沼市小さな国際大使館のMさんとお話していたら、風間夫妻が切り盛りしている気仙沼ホープセンターは地域の新しいコミュニティと化しており、子連れのお母さんたちが多数利用されているということでした。仙台市のように大きな街はいざ知らず、地方都市や過疎傾向の田舎町においてはこうした受け入れ先はとても貴重です。風間夫妻は、たしか震災前は関東にお住まいだったはずです。

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4月7日(木)河北新報広域交流版、宮城沿岸・県北、岩手県南で配布されているローカル紙のローカル版です。佐藤金枝さんは当協会の通訳サポーター、子どもサポーターとしてもご活躍いただいておりますし、記事でも触れられている南三陸の日本語教室もMIAが少しばかり立ち上げのお手伝いをしており、たいへん縁の深い方です。金枝さんはあの日、MIAで子どもサポーターの研修に参加されていました。「わたし、あの日MIAに行っていなかったらもういなかったかもしれない・・・」と数年後に仰っておりましたが、ご自宅はすべて津波に流されていたのでした。

 南三陸町は町立病院の再建において台湾から22億円(建築全体の約4割)が拠出されたこともあり、台湾との交流が盛んとなり、教育旅行で台湾の高校生が来訪するなどしています。金枝さんはそのつなぎ役として忙しくされています。


とーます
※にしても、新聞はなぜそんなに年齢に拘泥されるのでしょう。特になくてもよい情報だと思うのですが・・・震災後、メディアの取材をよく受けていたAさんは、ニュースになるたびに「若返って」いました。ぼくも取材を受けるチャンスがあったら、真顔で少しだけサバを読んで「28歳です」と言おうと目論んでいます。ほんとうは27・・・もういいですか、ハイ。

お金の話は下品ですか?

 外国語の翻訳、通訳を頼まれることがあります。MIAは、原則として個人、民間の会社からの依頼については民間の翻訳会社を紹介しております。恋文の翻訳、MIAではお受けできません、あしからず。

 行政機関からの依頼については簡便なものであれば当協会の職員が行うこともありますが、通訳サポーターさんに翻訳をお願いすることもあります。このとき仲介するMIAとして重要なのは納期、待遇等の確認。依頼してきた行政機関が謝礼金額を明示していないことが少なくありません。

 ひとつには翻訳謝礼の相場が分からない、謝礼に規程のどれをどうあてはめていいのか分からない、といったことがあるみたいです。裏を返せば、それだけ翻訳を外部にお願いするのはまれなことだということでしょう。県の規程をお伝えするなどして、参考にしていただいています。

 ほかに、お金のことをはっきり言うのは憚られるという風潮もあるような気がしています。別に値切ろうといった商魂があるわけでなく、ただ単に明言を避けている、そんなふうな気がします。

 ふたを開けて見たら、「ボランティア」翻訳だったりということもあるので、必ず謝礼金額は確認しています。じゃないと、通訳サポーターさんがあとになって自分で謝礼の「交渉」をせにゃならんことになりかねませんからね。それこそ憚られてみんな困っちゃいます。

 日本はお金のことを語りたがらないというのはよく言われることです。給料いくら?なんて絶対訊けませんからね。ぼくは2億ですけど、なにか?

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とーます
※子ども連れていわき市のアンモナイトセンターに行ってきました。化石の発掘体験なんてのもあって楽しめました。本文とは無関係です。

※翻訳は技術だと思います。理髪店がただでカットしてくれないように翻訳もただというのは考えられないと思っています。ただ、理髪店と違って技術の差が目に見えにくいというのが翻訳かもしれません。

技能実習生の交流会

宮城県内に暮らす外国人の数が17,000を超えましたが、これは過去最高の数となっています。

なかでも、技能実習生の数が大幅に増えていて、MIAにも実習生を対象とした日本語指導者や通訳者を紹介してほしい、という依頼が寄せられることが増えています。

「MIA日本語サポーター」のYさんも、インドネシア人実習生に日本語を教えているのですが、そのYさんのご案内で、実習生の皆さんの交流会に参加してきました。

会場は町の小さな集会所で、100人以上の実習生たちが集まっていました。

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壁には風船で「SAYONARA」のデコレーション。
どうやら、まもなく帰国予定の方々のお別れ会のようです。

帰国予定の実習生たちは、そのスピーチの中で口々にYさんに対する感謝の声を述べていて、Yさんが大変慕われていることが窺えました。
私はYさんのことを勝手に「実習生のお父さん」と呼んでいます(笑)。

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インドネシア料理のお弁当&その他の料理も振る舞われました。
睡眠時間を削って準備していたのだとか。
ほど良くスパイシーで、大変美味しかったです。

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最初の一口を、感謝の気持ちを込めて実習生からYさんに。

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Yさんご夫妻、実習生たちと。

とても賑やかな交流会だったのですが、これって、宮城の「多文化共生の最前線」の現場と言えるのではないでしょうか。

最初に述べたように、県内では技能実習生の数が急激に増えていて、水産加工業を初めとした地域の産業の貴重な担い手となっています。

でも、そのことをどれほどの人が知っているのでしょうか。

Yさんの教える実習生たちは、皆、仕事熱心なだけでなく、日本語や日本文化にもとても興味を持っています。

そうした実習生の皆さんと、地域の人たちがもっと交流を深めることが出来たらいいんじゃないないかな。

それができたら、宮城の「多文化共生」も更に進むんじゃないかな。

そんなことを考えて、MIAでは、今年度、実習生と地域をつなぐ新たなプログラムを手掛ける予定です。

まだ詳細は決まっていないのですが、今回の交流会でYさんご夫妻と実習生の間に感じられたような、温かなつながりが生まれるものにできたら、と考えています。

(OZ)


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 MIAでおしごとをするようになって、少なからぬ日本人がかつて外国に移住していった史実を恥ずかしながら初めて知りました。明治以降、ブラジル、ペルー、ボリビア、ドミニカといった中南米諸国に多くの日本人が渡っていきましたが、その走りはハワイでした。第1回ハワイ移民船出航が明治元年の1968年。当時、ハワイはカメハメハ大王の時代です。「南の島の大王はその名も偉大なカメハメハ」、って歌を思い出しますな。それはともかく、ハワイでは当時サトウキビ畑や製糖工場で働く労働者が不足していたという背景があったようです。ハワイ移民は1924年の排日移民法が成立までに約22万人に達したというから膨大な人数です。

 上記排日移民法で示す通り、この辺りから世界情勢が不安定となり、太平洋戦争へとつながっていきます。真珠湾攻撃は日系移民から見れば祖国が攻めてきたことを意味します。米国内では日系人に対する激しい排斥、日系人の収容所への強制収容があり、日系人社会は日本とアメリカという二つの「母国」の間で揺れ動きます。こうした中、日系二世の若者がアメリカへの忠誠を示すために米軍に参加します。激戦地に次々と送り込まれ多くの日系人が亡くなりましたが、勇猛果敢に戦った功績が認められ、米国社会での日系人の地位が向上しました。

 『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』、この映画はハワイ在住の日系退役軍人34名のインタビューが中心となっています。かれらは何を見て、何を考え、どう動いたのか。

 また、上映会終了後には松元裕之監督のトークセッションもあるそうです。

映画『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』仙台上映会
■日時 : 2016年4月30日(土) 11:00開始 / 14:30開始 (各回30分前から開場)
■会場 : せんだいメディアテーク スタジオシアター
■料金 : 大人1,800円、学生1,000円(中学・高校生)、親子2,500円、小学生以下無料
■予約・問合せ : NPO法人NAC-J 090‐3501‐1249

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とーます


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