2016年3月アーカイブ

倶楽部MIA84号発行しました

「倶楽部MIA84号(2016年4月号)」を発行しました。
パソコンでご覧になる方は、こちらから。

巻頭インタビューは、松島町の国際交流員ロジャー スミスさん(アメリカ出身)です。
観光分野で大活躍中のロジャーさんが、日本に興味を持たれたきっかけや
現在、どのようなお仕事をされているかなどをご紹介しています。

また、「イベントダイアリー」では、4-5月に宮城県内で開かれる国際的なイベントを
お知らせしています。楽しそうな行事も、たくさん載っています。

ぜひご一読下さい。

M

ぼくもうすぐ4才

 宮城県国際化協会と改称してから明日で4年です。20数年名乗ってきた「宮城県国際交流協会」を変えることには逡巡があり、決断を要しましたが、おしごとの実態から言えば創立当初から大幅に様変わりしておりましたので「名は体を表す」ようになってよかったと個人的には思っています。

 4年前のブログで言い間違いを書きました。「こくさいきょうりゅうきょうかい」と言ってしまったり・・・では、「こくさいかきょうかい」となり、その手の間違いはなくなったのでしょうか?

 「みやぎけんこくさいかきょうかい」とPCでローマ字入力をして変換すると、稀に「宮城県国際華僑会」となることがあります。こういう組織もありそうですが、聞いたことはありません。「宮城華僑華人連合会」という組織はあります。

 昨年でしたか、外国人の医療通訳派遣のことでとある病院に電話をかけました。

「もしもし、こちら宮城県国際化協会と申しますが、そちらで治療されている中国出身のXさんからご相談があり、次回の診療のときに通訳をうんぬんかんぬんなんだりかんだりぺらぺらへらへらかくかくしかじかうまうまうしうし・・・」

「それでは、担当に代わります。そちらさまは・・・」

「宮城県国際化協会と申します。」

「宮城県国際医科協会さまですね?」

「宮城県こ・く・さ・い・か・協会です。」

「はい、宮城県国際癌協会ですね。」

 わお、ざっつ空耳アワー。畑が違うと、自分の畑にひきつけられるモノナノネ。

 ちゅーわけで、明日で4才になる宮城県国際化協会をこれからもヨロシク!ぼくは「癌」にならないようにガンバリマス。あでゅー。

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とーます
※写真は全然関係ありません。「エコバックを『お持ち』ですか?」と問われたときに「はい、『お餅』です」と答えたかったとかなんとか。どこかで売っているらしいです。

にほんごをべんきょうしよう!


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 MIAでにほんごをべんきょうしましょう。


とーます






気仙沼通信

 MIA外国人支援通訳サポーター、外国籍の子どもサポーター、災害時通訳ボランティアといった通訳系サポーターの登録更新確認をしております。昨年から文書を簡素化しており、今年も回収率7割を超えています。めでたしめでたし。

 まだ終わりませんよ。宮城県内一円にお住まいの方々から陸続と「登録します」「住所変わりました」などとご連絡があり、ぼくにとってはさながら年賀状のような風情です。個人的な年賀状は廃して既に25年ほどになりますけど。

 その中に、今年もまた気仙沼のTさんからのFAX。「登録継続します。どうぞよろしく。なお、4月〇日から下記の住所になります、某某市営住宅〇〇号室」いよいよ災害公営住宅が完成されたようです。

 3.11で自宅が津波で全壊、長い避難所暮らし、仮設住宅に入居、その折々に登録内容の変更という事務的な連絡をいただいてきました。震災の翌年だったと思いますが、「やっぱり災害時通訳ボランティアに登録しますよ、この経験を活かさないとね」なんて連絡をいただいたことも珍しいことに鮮明な記憶として残っています。

 日々の仕事や生活で震災が占める比重は徐々に薄れてきています。それは風化とも言えるのかもしれませんが、単に時の経過ということなのかなと思います。家を建てる場所さえなかったところに市営住宅が建って被災された方が住むようになった、それぐらいの時間が経ちました。

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※気仙沼市立小泉小学校の駐車場から。2012年12月撮影。


とーます

同窓会の報告

 先週22日、MIA日本語講座同窓会を開催しました。前の週に会場の準備は粗方整えてはおりましたが、遺漏が多いので会場と事務所を意味もなく何度も行ったり来たりの担当者。毎度おなじみのどたばたものがたり、スタート。

「子どもがインフルエンザになってしまい・・・」
「今日おなかが痛いので・・・」

 開始前にいくつかの欠席電話、メールを受けました。数のうちですから、そういうこともあるさあね・・・

「申し込んでなかったけど、今日やっぱり行きます。クラスメートのKさんも行きます。」

 飛び込みの連絡も入りました。全くの飛び込みも想定はしておりました。ふたを開けて見ないとこればかりは分かりません。

 さて、開始30分前。日本語講座の講師諸氏が揃いました。名前シールとお料理の表示をお手伝いいただきました。

 開始10分前になっても事前申込みの半分も集まらず、不安がちらり。「ほんとに来るのかしら?」

 出足はいまひとつでしたが、久しぶりの再会にあちこちで花が咲いています。

「えー、Fさんなの。オトナになったねえ・・・」
親戚のおっさんみたいですみませんねえと思いつつ、数年前10代後半で来日された中国出身のFさんはすっかりオトナになられ、一瞬どなたか分かりませんでした。

 5分押しで開会。

 まずはみんなで自己紹介。
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 久々の再会ですからゆっくり近況を話していただきたかったのはマウンテンマウンテン、もとい山々でしたが、目の前にはお料理が並んでおり長きのお預けはいかがなものかということで、「30秒」に区切ってぱっぱぱっぱと語っていただきました。

 受講生のみなさんからの近況報告は興味深いものがありました。

「いまは有料老人ホームの給食サービス部門で働いています」
「自分のお店を持ちました」
「日本語をもっと勉強したくなって日本語学校に通っています」
「専門学校で資格を取るために勉強しています」
「なにか自分でもできるボランティアがしたいです」

 そして、異口同音に「MIAの日本語講座で学べてよかった、MIAの日本語の先生たちはすばらしい」

 仕込んでません、言わせてません、やらせではありません。まるで「MIA日本語講座講師をほめる会」の様でありました。そうです、MIA日本語講座の先生たちはスバラシイのです。

 続いて、MIAからのお知らせということで、外国人の学校派遣プログラム、外国籍の子どもサポーター、外国人支援通訳サポーターなどMIAのプログラムをいくつか紹介しました。今回の同窓会、味噌はこれでした。単なる親睦交流ではなく、MIA日本語講座で実力を蓄えられたみなさんの協力を取り付けること。「支援される」から「支援する」への橋渡し。当協会の活動に既に協力してくださっている元受講生の体験談を交えつつ、日本語のスキルアップにもつながり、交友関係も広がり、更なるチャンスも広がります、と説明しました。これがちょっとした反響を生み、「学校派遣プログラム、わたしもやりたい」「保健医療通訳サポーターの勉強会にも出たい」との申し出が複数ありました。おぢさん、うれぴー。

 ここまで50分ほど。乾杯前にある参加者から耳打ちされました。
「フィリピンのMさん、勘違いしていて今日じゃないと思っていたみたいです。いま向かっています、いまから来ます。」

 カレンダーに縛られない生き方、憧れます。でも、今日だけは覚えていてほしかったな・・・もう少しまめに連絡入れておけばよかったと反省です。

 ここからは画像のみでお送りします。

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 初めての同窓会、「小」成功ってところでしょうか。補足ながら安来節の写真ですが、以前のブログで紹介した韓国出身のKさんです。MIAの日本語講座で安来節を見たのがご縁で、習いに行くようになりすでに3年とか。かわいい安来節、盛り上がりました。

 いつになるかは分かりませんが、またやります。今度はもっとたくさんの方々が集まるといいな、そしてもっとたくさんのお話が聞けるといいな。


とーます
※ぼくは我が地元の珍味を使った「いなごクッキー」を差し入れました。ささやかに受けてました。
先週末開催された「外国人の子ども・サポートの会」の交流会に参加してきました。

同会は、外国につながる子どもたちの日本語学習・教科学習の支援、交流の場の設定、支援者の研修など、さまざまな活動を行っています。
MIAでも進路ガイダンスや研修会の共催団体としてお世話になっています。

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前半はペルーのHさん手作りの料理をいただきながら懇談。

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このHさん、日本語があまり上手ではなかった頃、それを理由に心無い言葉をぶつけられたこともあり、職場で最初に覚えた言葉は
「あんぽんたん!」
だったとか。

「・・・それでも」
と話は続き、
「もちろん日本人は嫌な人ばかりじゃない。天使みたいな人もいる。今日ここにいる日本人はみんな天使のよう。そういう人たちに支えられていることをありがたく思う」
という言葉に、とても心を打たれました。


MIA日本語講座の元受講生たちも来ていました。
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O君は4月から大学2年生。
キャンパスで新入生のサポーター役を務めることになっているそうです。

M君は相変わらずの剽軽さで、
皆に「お初にお目にかかります」
と挨拶して笑いを誘っていましたが、実はしっかり者のマジメ君なので、後輩たちに
「目標は高く、努力は着実に!」
という、こちらの背筋もピっと伸びそうなアドバイスをしてくれました。

久しぶりに会った二人ですが、少し背が伸び、顔つきも精悍になっていて、すっかり「頼もしい青年」になっていました。

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子どもたちからサポーターの皆さんに「感謝状」が手渡されました。
渡す側も、もらう側も笑顔です。

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最後に、一人ひとりの将来の目標を書いて「希望のボード」を作りました。


「外国人の子ども・サポートの会」は発足してから11年になります。
これまで100人近くの子どもたちをサポートしてきたそうです。

本当に、大袈裟ではなく、この会の活動がなかったら今とは違う道を歩んでいた子たちが大勢いると思います。

保護者も含めてしっかり面談をし、
その子の置かれた状況を確認してから個別の支援メニューを組み立て、
学校、教育委員会、支援団体との連携を図りながら根気強くサポートをし、
進学希望の高校にも付き添って受験の体制を整え・・・

といった多面的な支援を続けてきました。

この会のサポートのお蔭で、MIA日本語講座でも勉強していた子どもたちも、見事、この春全員高校に合格することが出来たのです。(おめでとう!!)

そうした、外国につながる子どもたちの大きな支えとなってきた功績が認められて、内閣府の「子どもと家族・若者応援団表彰」の表彰を受けることが決まりました。(こちらもおめでとうございます!!)

代表のTさんは、これまでも各地の研修会で講師を務めてきたので、その分野では全国的に知られている会ではありますが、いわば「公的に」その活動が認められたということは、とても喜ばしいことです。

今回の交流会は、
「これからも会がさらに元気になるように」
という思いを込めて開催されたものです。

さらに元気にパワーアップして、これからもたくさんの子どもたちの力になってくれることを期待しています。

(OZ)


 昨日、MIA日本語講座同窓会が無事終了しました。少し間をおいて脳内の夾雑物があらかた吹き飛んだあたりで報告いたします。夾雑物以外になにかあるのかという問いは受け付けません。

 多言語情報かわら版の翻訳が佳境に入っています。次号4月号では宮城県内の日本語教室一覧の最新情報をアップする予定です。過去にも何度か取り扱ったテーマなので翻訳はそれほど困難でもないのかと思いきや、やはり悩ましいのが翻訳の面白いところ。

「楽しい日本語教室(講座)」

 この中国語訳で止まってしまいました。

5年前:愉快日語講座
今回案:快楽日語講座
※簡体字を使わず、便宜上日本の漢字を用いています。

「愉快」も「快楽」も「楽しい」の訳語ではあります。しかし、しかし、「快楽日語講座」を見た中国人がどう受け留めるのか?そのニュアンスはぼくには全然思いが及びません。

 こないだの「まちかど年金事務所」の「まちかど」といっしょで、実質的な意味というより雰囲気を添えている、刺身のツマみたいな?餃子のひだのような?天津飯のグリンピースのような?パフェのサクランボのような?用語です。

 Happy Japanese CourseやFun Japanese Classも英米の人々が見たらどう思われるのでしょう。Hello Workと同様の噴飯ものかもしれません。ネイティブ感覚をお持ちの方、感想をお寄せください。

 実を伝えることを最優先とし、中国語の翻訳では「愉快」「快楽」を割愛し、「我こそは日本語教室なり」とシンプルに表現することを翻訳者Kさんに提案してみようと思います。というわけで明日はネイティブKさんの「愉快」「快楽」講座をひとりで受講する予定です。楽しみです。


とーます

どうそうかいのれんらく

 らいしゅう、3がつ22にち、かようび、11じからMIAにほんごこうざどうそうかいがあります。みなさんにあえることをたのしみにしています。きをつけてきてください。

 じゅんびもだいたいおわりました。こんなかんじです。

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 MIAのちゅうしゃじょうはつかえません。くるまでくるひとはちかくのちゅうしゃじょうをつかってください。

 ホットプレートやカセットコンロはつかえません。

 どうそうかいではおさけはのめません。おさけははたちから・・・そういうもんだいではありません。のみたくてもがまんです。ぼくもがまんします。
 

とーます
※MIA日本語講座で勉強しながら高校進学を目指していた方から続々と合格の知らせが届いています。惜しくも合格できなかった方も次の目標に向かって動いています。そんな彼ら、彼女たちとも来週お会いできたらうれしいです。

新しすぎる桃太郎

中国帰国者支援・交流センターの日本語学習発表会にお邪魔してきました。

ロールプレイ、合唱、太極拳の演武など、いろいろなステージ発表が行われましたが、ここでは創作劇「桃太郎」の様子をご紹介します。

この「創作」劇、日本人なら誰でも知っている桃太郎のストーリーとはちょっと異なっていて、
ジェンダーフリーで、
郷土色たっぷりで、
桃太郎は草食系で、
という新しい要素満載のユニークな脚本でした。

柴刈りに行ったのはおばあさん、洗濯に行ったのはおじいさんで、
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斧を振り下ろして桃太郎をパッカーンと誕生させたのは、おばあさんでした。

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この桃太郎、好き嫌いが激しくて身体も弱く、鬼退治を言いつけられても甚だ後ろ向き(笑)。

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牛タン、ささかま、萩の月、を犬、猿、雉から「もらって」、ようやく鬼と立ち向かう気分に。

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乱暴狼藉三昧のオソロシイ鬼たち。

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桃太郎たちがいいようにやられていると・・・

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そこに現れたのは、なんと、我らがお殿様の伊達政宗(!)

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政宗公が見事鬼たちをやっつけてくれたのでした。
メデタシ、メデタシ・・・って言っていいのかな??

桃太郎、全く活躍してないです。

・・・新しい。
新しい桃太郎像だ(笑)。

「脚本」兼「演出」兼「監督」兼「小道具係」兼「音楽係」のSさんの手腕、そして会場を沸かせた帰国者とスタッフの皆さんの演技、お見事でした。

とてもいいものを見せていただきました。 

(OZ)



当事者は如何に声を上げるべきか

 昨日のブログで自分の不出来を棚に上げて不完全燃焼だったなどと書き散らかしました。昨晩あのブログを書いてから、不完全燃焼の燃料のことについてさらに下手な考えを巡らしておりました。

 障害者支援活動をされ、ご本人も難病を患っていらっしゃる方が シンポジウムの下打ち合わせのときもシンポジウム本番でも「当事者の声の上げ方が足りないから世の中が変わっていかないのか」といった趣旨のことを話されていました。

 日本の世間様は話の中身より話し方に重みを置くというのはよく言われることです。「口のきき方がなっていない」「言い方ってものがあるでしょうが」「他人様に物を頼むなら頼み方を考えなさい」などなど。内容の良し悪しよりも相手の気分を害さないようにしっかり配慮したことば遣い、話し方が求められる傾向が強いです。

 思い返せば、こういう風潮を昔から居心地悪く思っていたような気がします。「口のきき方は悪かったかもしれない。認めます。ごめんなさい。でも、内容自体はどうですか?」こちらからのメッセージを受け留めて是でも非でも何かしら投げ返ってくるものを期待しているのですが、こういうキャッチボールが成立することは日本では案外希少なことのように感じます。心証を悪くして相手との意見交換を拒絶してしまったり、「言っていることは正しいかもしれないけれど、正しいばかりが世の中じゃない」と煙に巻かれたり。世の中がどうとか世間がどうとかは置いといて、自分はこう思う、自分はYES/NO、と態度を表明することが日本では思いの外むつかしいことなのかもしれません。

 矢面に立つことを避ける風潮も状況を悪くします。「自分はこう思う」より「周りがどう思う」のか、「自分はこう思う」と表明することで周りにどんな波風が立つのか、そればかりが思考の中心にあって、良し悪しよりも「協調」が大切、ときには悪いことさえも協調の波の中に納まるように思います。

 結果として、自分で考える必要性がなくなります。空気読み偏重はけっして理由がないことではないでしょう。

 長くなりました。話を戻します。当事者の声の上げ方が足りていないのか否か。この点では外国人、あるいは外国人支援者にも通じるところがあります。

 多文化共生の理念でもある民族、言語、文化の違いを認め合い、ともに尊重云々ということに拠って立ち、「外国人はこうである、日本人とはこれこれこういう違いがある」ともっと声を上げるべきなのでしょうか。

 震災後、外国人支援団体の中には沿岸部の外国人コミュニティに入っていき、あるいはそこに暮らす外国人に向かってアイデンティティの保持や日本社会への主張を促す活動をしていました。一長一短だったように思います。たしかに、自分が何者なのか、長い日本暮らしで曖昧になりつつあった自分と向き合うことは大きな意味があったように思います。その一方で、日本の、特に田舎で暮らす外国人が「我こそは外国人なり」と声高に主張することにいったいどんな意味、反応を引き起こすのかについてどれほど考えて促していたのか、いささか疑問です。

 異文化は摩擦があって然るべきとはいえ、日本社会でよりよく暮らすためのいい塩梅の摩擦というのが果たしてあるものでしょうか。そして、日本社会を動かす「言い方」というものは果たしてあるものでしょうか?

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とーます

不完全燃焼の代償

 先週末、12日は仙台国際センターで一日おしごとしてました。「仙台防災未来フォーラム2016」というイベント。昨年、国連防災世界会議が仙台市で開催されましたが、その会議で採択された仙台防災枠組を基に展開されている地域の取り組みや課題などについて広く発信することが狙いとぼくは理解しておりました。MIAは仙台観光国際協会SenTIAと共同でブース出展、それからせんだい・みやぎNPOセンター主催のシンポジウムに登壇。MIAはといっても実態はとーますワンマンショーでして、我ながら先行きが思いやられっぱなしでございました。

 昨年の国連防災世界会議もそうでしたが、来場者数がどれほどになるのかまるで読めない中、配布物をどれだけ用意したものか、アンチエージング、じゃなくて、暗中模索状態で準備を進めておりました。分からないことは考えてもしかたない、下手な考え休むに似たりということでたくさん考えて休んでいたところ、いつの間にか当日を迎えていました。

 当日、朝起きだけは得意なものでとにかく早く会場入りしました。ですが、小さなブースでしたので、準備はあっという間に済んでしまいました。そうすると一気に手持無沙汰で、共同ブースのSenTIAスタッフに「すっかけ(=ちょっかいをだす)」たり、シンポジウムの会場に行ってスタッフにすっかけたり。じっとしていることができない回遊魚体質で朝からご迷惑全開でした。

 シンポジウムは準備していたトピックには一通り触れましたが、なんだかいまひとつうまく話せませんでした。実力相応のでき、そういってしまってはおしめーよ。予定の2時間はさらりと過ぎ去りましたが、ちょっと不完全燃焼でした。無駄に話過ぎなかったと前向きにとらえることもできなくはないですが、もっと準備をして、他の方のことばに耳を傾けないといけませんね。

 ほとんど手を付けていなかったソフトクリームをべちゃりと落としたような心持ちでブースにすごすごと帰りましたが、持ち前の健忘を発揮してSenTIAのスタッフと少し話し始めたらたちまちアンニュイは回復しました。嗚呼、元気に駄弁る阿呆かな。

 シンポジウムの間、ブースにいてくださったSenTIAのスタッフによると、11時から13時まではけっこうな人の波があったのだそうです。その頃がピークでぼくがブースに戻った頃にはまばらな人影。

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 仙台市の国際交流員でSenTIAスタッフでもあるアメリカ出身のMさんとたくさんお話しました。「アメリカの入国管理局のスタッフは日本よりずっとこわもてで感じが悪い」だそうです。テロなどのリスクがあるからという側面も大いにあるのでしょう。これまで日本人に「納豆が食えるか?」と2万回ぐらい聞かれたというのもああやっぱりな感じです。悪気はないんです、でもそういう切り口しか思いつかないんです。せめて「ずんだは好きか?」ぐらいの変化球が求められているのでしょうか・・・激しく違う気がします。

 大して何もしていないのにとても疲れ、そして妙に脳だけゆだっている状態で、帰り際には国際センターの交流コーナーに伺い、中国語の相談対応をされている若くてフレッシュなスタッフを捉まえて、よせばいいのにああでもないこうでもないと喋ってしまって痛く反省したのですが、その反省も地下鉄の駅構内に入るや否やあっという間に過去のものとなり、またやってしまうな、このおぢさん。歴史は繰り返され、おばかは治癒されないのでした。

 関係各位に厚い御礼並びに平身低頭お詫び申し上げる次第。


とーます

漢字を教える楽しさ

先月末、県内の日本語教室の連携促進を目的とした「市町村日本語教室連絡会議」が開催され、10教室26名の方々にご参加いただきました。

前半は「使ってますか?『使って覚える楽しい漢字』」というテーマでの情報交換の時間。

一昨年発行した漢字テキストを各教室でどのように活用しているのかを報告してもらい、それを受けて、著者のお一人のSさんに、改めてその効果的な使い方についてアドバイスをいただきました。

各教室の方からは、

「なかなか漢字までは手が回らない」
「いちど教えたものも定着しない」

という、漢字指導の難しさを訴える声が上がり、Sさんからは、

「漢字語彙がある文を『話して』覚えると良い」
「つながりのある漢字を『仲間』として整理して示すと覚えやすい」

といった具体的なアドバイスがありました。

Sさんからのお話のなかで、
「ああ、そうなんだ!」と、
ハタと膝を打ちたくなったことが一つ。(実際には私の膝は加齢で軋み気味なので叩きたくないですが(笑))

「漢字は他の項目と違って、学習者の「わかった!」という反応がすぐに伝わるので、教え甲斐がある」
のだそうです。

「漢字の意味が伝わった瞬間、学習者の表情がパッと明るくなって、『へー』『面白い!』という反応がすぐに帰ってくるので、そこに喜びを感じる。これは会話を教えているときはあまりないこと」
なのだとか。

教える側も、ともすれば敬遠しがちな漢字ですが、実はそんな魅力、楽しさがあるのですね。

私も含めて、参加者の皆さんにも、とても新鮮に聞こえたのではないでしょうか。

Sさんの話をきっかけにして、少しずつ漢字指導の醍醐味に気付いて、できれば『使って覚える楽しい漢字』を活用して、これから積極的に漢字指導を取り入れる教室が増えればといいな、と思いました。

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(OZ)

同窓会幹事業務

 3月22日のMIA日本語講座同窓会の開催に向け、「幹事」業務に邁進しています。相変わらず用語が大袈裟なとーますです。

 メールとハガキを2月初頭に送り、3月になってもういちどメールを送り、更にメールが届いていなそうな人に電話をかけています。

「去年の12月に子どもが生まれて、まだ子どもが小っちゃいから・・・」

「実は、妊娠4ヶ月でひとがたくさん集まるところはどうかなと思ってて・・・」

 存外、同窓会の案内はみなさんに届いていたみたいです。毎年やる予定なので、子どもがもう少し大きくなったらいっしょにきてくださいね。

「はがきは見ていないけれど、ラオスのCさんから聞いていました」(タイのRさん)

へえ、そことそこがつながっているんだ!とこちらが知らないネットワークも知ることができました。

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 こんな写真の貼付とともにメールが一通届きました。メキシコからです。「同窓会には(チケットを買うお金がないから)行けないけれど、みんなに会いたいです。先生によろしく伝えてください」といったメッセージが散りばめられたパワーポイントまで付いてました。当日、ぜひご披露いたします。3年後に日本に来る予定とありましたので、お待ちしています、Sさん。

 さきほどはイランのAさんが近くに来たからと言って奥さんと一緒にMIA事務所に立ち寄ってくれました。同窓会にもできたら参加したいけど、おしごとがねえ・・・宮城県内で小学生やもっと小さい子にサッカーを教える仕事をしているとのことでした。聞けば、若いときにはイランのクラブチームで活躍していたとか。MIAで日本語を勉強しているころはそんなこと全然知りませんでした。見違えるように日本語が達者となっていました。今後、指導者のライセンスや国籍取得のために漢字を勉強しなくちゃ、とAさん。日本語講座でちょっと勉強して基礎を作ったのちにおしごとを始め、そこで更なる日本語学習の必要性を感じるということもよく聞く話です。漢字は殊の外そういう側面が強いです。ある種、日本に腰を据えて生活する覚悟と漢字学習へ向かう気持ちは比例関係にあるように思います。

 同窓会まであと2週間。当日の準備も少しずつ進めなくては。できることなら、豚の丸焼きを用意したいけど、資金がない、火気厳禁、取り扱いが分からないと来ちゃねえ・・・


とーます

既視感ならぬ既聴感

 3月12日(土)開催の「仙台防災未来フォーラム2016」にブース出展をしますと以前のブログで書きましたが、ブース守(またはブース居候)のほかにもうひとつミッションをいただきました。せんだい・みやぎNPOセンター主催のテーマセッション「市民の防災枠組 マチノワを創るために」で「震災と外国人」についてお話をします。時間は11:00?13:00、場所は国際センター会議棟小会議室2です。

 昨日、その打合せがありました。午前のセッションには全部で5人が登壇します。こども支援、コミュニティ支援、障害者支援、そして外国人支援というそれぞれの切り口から震災後の活動事例を報告し、今後を語ります。顔合わせを兼ねた打合せでは、それぞれの団体の震災後の活動やそれを通じて感じたことなどをお聞きしました。

 とてつもない「既聴感」でした。例えば、障害者支援をされてきた方が「これまで障害者支援の世界でよく語られてきた『個別理解』や『差別理解』といったことも相変わらずだ」とおっしゃいました。あくまでぼくの理解ですが、「個別理解」とは、「障害者」とひとくくりにして十把一からげにしがちだけれど、ちょっと目を凝らせば障害者といったっていろいろな種類、重度、考え方、状況があり、その個別のニーズにもっと配慮するのがあるべき姿ではないか、ということだったように思います。「差別理解」というのは要するに「障害者」とレッテルを貼って思考停止し、深い考えなく別もの扱いしてしまう、かぎかっこ付けしてしまうということとぼくは受け留めました。

 これってまるで在住外国人をとりまく状況と変わらないではないかと思い、「我がギョーカイには『多文化共生』ということばがありまして・・・」とお話したら、その用語は知らなくても、それが意味するところ、その理念と現実の溝についてはみなさんすぐに自分にひきつけてお分かりいただいたようでした。「ことばや民族、文化の違いを乗り越えて」「違いを違いのままに受け入れ」「お互いが尊重し合い」「地域社会の構成員としてともに生きる」、これは別に外国人だけの問題ではなく、日本人の中にもさまざまな形で存在し、その溝に苦しんでいる方がいるということを改めてよくよく認識しました。

 個人的には、最近いちばん興味があるのはこのような溝を作る根っこにあるであろうマジョリティの鈍感、他人事感、共感の薄さといったあたりで、今回のミッションは図らずもぼくにとって非常に大きな勉強の場になりそうです。

 かくも興奮しておりますので、当日は通常の5割増しで冗長冗漫饒舌が危惧されます。予めご了承くださいませ。


とーます
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※こんな時は全然関係ない写真を!ということで、昨年の東北大学国際祭りのスナップ。白石から片倉小十郎さんにおいでいただきました。今年は、5月22日(日)東北大学萩ホール前です。

「倶楽部MIA」のインタビューで

いつの間にか、先月の話になってしまいましたが...
当協会の機関紙「倶楽部MIA」次号(2016年3月末発行予定)の
巻頭インタビューのため、松島町に行ってきました。

インタビューしたのは、同町の産業観光課観光班に勤務されている
国際交流員のロジャー スミスさん(アメリカ出身)。
松島町への外国人観光客誘致のため、英語での観光情報の発信や
イベント企画などで、ご活躍中です。
ご経歴や、今どんなお仕事をされているかなど、詳細は次号を
ご覧いただければと思いますが、少しだけ印象に残ったお話をご紹介します。

1つ目は、『「おもてなし」には、トレーニングが必要』というお話。
ロジャーさんのお仕事の1つに、町内の企業などを対象とした、
英語に関するコンサルティングがあるそうです。
例えば、「チェックイン」など、ホテルのフロントでの英語の接客の指導。
「日本人は英語となると緊張するけれど、言うことはだいたい決まっているし、
そんなに難しくはないから、練習すれば大丈夫」というロジャーさん。

2つ目は、「おもてなし」の気持ちを外国人に届けるためには、
外国人に分かる、見える形にしないといけないとのこと。
例えば、漢字が読めない、日本文化にそれほどなじみがない外国人の旅行者に
日本旅行を楽しんでもらうためには、外国語などによる案内のほか、
習慣など、日本の文化的な背景を紹介することも大事だということでした。

近年、いろんなところで見かける「おもてなし」という言葉ですが、
ロジャーさんのお話を聞いて、「おもてなし」の心の通訳というか、
文化と文化の橋渡し的な仕事をする人も必要なのだと感じました。

東日本大震災後、復興支援で東北に来られた経験があり、
被災地への熱い思いもお持ちのロジャーさん。
いろんなアイデアを出していただき、これからも東北の地で
活躍してほしいなと思ったことでした。

M


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