はじめての春節・・・同舟会のおねえさんたちといっしょ

 「恐縮です」という文章はたいして恐縮していないから書けるのだと思いますが、と前置きしておいて・・・

 私事で恐縮ですが、1997年に中国に留学して以来、中国で春節を祝うチャンスが10うん回あったはずなのに、まだ一度も中国で春節を迎えたことがありません。以前貿易のおしごとをしていたころ、春節直前の中国(広東省)は異様な雰囲気でした。帰省で航空券や列車のチケットが高騰し、なおかつ買えない、「餅代稼ぎ」のために強盗が出る、危ないから流しのタクシーに乗るなよ、身ぐるみ剥がれたって噂があるぞ、とかなんとか、ひょえーとしか言えないびびりのわたくし。帰国してニュースを見ていると、春節当日あまりに激しい爆竹で人が亡くなったり、煙で視界不良、健康被害が出るほどだとかなんとかで再びひょえー。暮れどき、中国である工場の全従業員を招いた宴席に同席したことがありましたが、レストラン貸切で行われた大宴会は予想通り途中からは食え飲め騒げのアンコントロールうたげでただただひょえー。中国の宴会はまんじゅうより怖いです。

 ときは巡り、また冬が来て・・・春節。今年は2月8日が春節わっしょい当日です。それに先んじて、昨日1月31日(日)、宮城華人華僑同舟会主催の2016年春節大パーティ(聯歓会)が富谷町成田公民館で開催されました。ぼくにとっては初めての春節・・・ちょっと怖い。

2016013110570000.jpg
※司会7氏。左から2番目がKくん。

 会場に着くと、知った顔、顔、顔。MIAの通訳サポーターとして協力いただいている方、MIA日本語講座で勉強していた方、日中友好協会の方、やあやあやあ、にーはおにーはおにーはお。ときどきどなたか思い出せない方から親しげに声をかけられて、当然覚えていますよ的引きつり30%笑顔を振りまく健忘おぢさん。ごめんよ、悪気はないんだ、ただ脳の引き出しに穴が開いててさ・・・

 Kくんとも久々の再会。Kくんは中学2年生のときに中国から宮城に来て、MIA日本語講座で日本語を一から学び、日本語サポーターも紹介しました。外国人の子ども・サポートの会からの支援も受け、わずか1年あまりの勉強で私立高校に合格し、高校に通いながらもMIAの夜間クラスで日本語を勉強し続けていました。その3年後には東北薬科大学入試に見事合格。いまは大学生となり、自分と同じような境遇にある「後輩」の支援にも当たっています。そんなKくん、春節パーティでは司会に抜擢されたそうで、本人曰く「とっても緊張しています」と。立派な司会振りでした。

 知らない方も多数お見えでした。180名ぐらい集まったそうですが、年々新メンバーが増え、裾野が広がっています。大世帯ゆえの難しさもあることでしょうが、年一度のこのイベントではみなさんのいい笑顔がたくさん見られます。メンバーにとっても準備の苦労を凌ぐ喜びがあろうかと思いました。

 第一部のステージ発表の後、第二部のランチ・茶話会で何人かの同舟会メンバーと少しお話をしました。阿鼻叫喚の根源であるお酒も爆竹もなく、とても和やかに過ごすことができました。

 同舟会諸氏にいまいちど感謝感謝。また来年。


とーます
※蛇足ながら、この同舟会の成立にMIAは大きく関係しています。話すと長くなりますが、手短に。震災前の平成22年度に行った「みやぎ外国籍県民大学」に参加されていた中国出身者が中心となり、震災後に中国人のネットワークがなかったことを省み、ネットワーク組織として立ち上がったのが同舟会です。ですので、春節のようなイベントを契機として新規メンバーを取り込み、さらに大きなネットワークとなっていくことは、同舟会の目的にも合致することかと思います。

このブログ記事について

このページは、MIAが2016年2月 1日 09:54に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「倶楽部MIA83号、発行しました」です。

次のブログ記事は「しゃちょうにしつもん」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。