2016年2月アーカイブ

国際婚姻譚

自宅の縁側で庭を眺めながら茶をすするご隠居。そこに八つぁんが息せき切って登場。


八「ご隠居、ご隠居。てえへんだてえへんだ。」

ご「なんだいなんだい、こんな春の穏やかな朝に。てえへんだの高さだの割る2だのって」

八「なんだい、その割る2ってのは。」

ご「冗談だよ、面積の公式・・・」

八「ご隠居、からかっちゃいけねえ、いくらあっしに学がねえったって、面積ぐらいは学校で勉強したよ。オトナになってすっかり忘れていたけれど、せがれの宿題の面倒を見るときに・・・」

ご「えらいねえ、ちゃんと子どもの勉強を見てやっていたのかい?」

八「最初はそのつもりだったんだけど、最近の学校はあっしが勉強したときとは教え方がどうも違うみてーで、じょーてーだのかてーだのって四の五のぬかすから、面積にかてーもやわらけーもあるかってんだ、てやんでい、と・・・」

ご「なんだい、おまえさんも分からなかったのかい。」

八「あっしは算術は得意だったんだけど、洋風の算術はどうも苦手で。女房にせがれと一緒に教えてもらったのよ。」

ご「ははは。おたくの奥さんは良妻賢母だね。」

八「あー、うっ!」

ご「そりゃマンボだよ。」

八「でへでへ」

ご「ところで、今日は朝っぱらからなんの用だい。かてーだのやわらけーだのの話をしに来たわけじゃあるまい。」

八「ご明察。あぶねえあぶねえ、いつものように何の話をしにきたか分からなくなって帰るところでしたよ。なにね、今日はせがれの結婚のことでね・・・」

ご「おたくのご子息がご結婚とな。こりゃめでたい。何か問題でもあるのかい?」

八「せがれが留学先で知り合った人と結婚するというんでね。」

ご「国際結婚かい、世の中だねえ。お相手はどこの国の人だい?」

八「あっし詳しいことはよく分からねえんだけれど、フィリピンの人って言ってたかな。」

ご「フィリピンって詳しいも何もフィリピンでしょうが。それで、何が問題なんだい?」

八「こないだね、せがれと一緒に役所に行ってみたんですよ。フィリピンの人と結婚するにはどうすればいいかって、いや、あっしじゃなくて、息子ですよ、いやあ恥ずかしい。」

ご「バカだね、おまえさんが恥ずかしがってどうするんだい。で、なんと言われた?」

八「この説明が分かるの分からねえのって、まるで外国語聞いているみてえでさ。それでも、何度か聞き返してだいたいは分かったんだけど、ひとつだけどうしても分からねえのがあってね。」

ご「なんだい?」

八「グビ、グビって。あっし正直に聞いたよ、『そのなんとかグビというのは何ですか?ビールと関係ありますか?果汁グビ?ガンダムの新しいキャラクターですか?』って。そしたらしまいにゃ役所の人も怒っちゃってさ。『だから何度も申し上げているようにコンインヨーケングビショーメーショです。それを大使館からもらってください』って。」

ご「ああ、何のことか分かったよ。」

八「さすがご隠居。やっぱりビールですか、グビっと生みたいな。」

ご「おまえさんね、結婚にビールがどうして関係するんだい。字に書いてやろう。『婚姻用件具備証明書』こう書くんだ。平ったくいうと、『わたしは独身で、本国の法律で結婚できる条件を満たしています』という証明だ。『独身証明書』と言ってもいいかもしらん。重婚を防ぐということもあるかもしらないね。」

八「なるほど。ある日突然、お国から『オレの妻を』なんて来られちゃかなわんからね。役所の人もご隠居みたいにやさしく教えてくれたらねえ。あっしだってあんなにグビグビ言わなくても済んだのにさ。」

ご「で、帰ってきて、腹立ち交じりにグビグビとやったんだろ?」

八「さすがご隠居、ご明察。」

おあとがよろしいようで。


とーます
※ちなみに、そのグビ証明書、こんな書類のようです。
uscons_doc.jpg

※ちょっと古い本ですが、この本に国際結婚の悲喜交々が記されていて、興味深いです。バイリンガル・ファミリー???国際結婚の妻たち(大沢周子)

多言語資料の原稿をいじると

 2日ほど病に伏しておりました。流行に疎いもので、流行性感冒とかインフルなんとかではなく、伝統的な風邪でした。まだ完治していませんので、お見舞いは引き続き受け付けております、奮ってどうぞ・・・笑点みたいですみません。

 さて、ぼちぼち見えてきた来年度の準備にあれこれ取り掛かっております。MIA日本語講座で配る説明資料の点検をしていたところ、いくつか修正が必要となり、原稿をいじりました。日本語の原稿を多言語に翻訳しているので、原稿をいじるとすべての言語に「飛び火」します。それがどんなに軽微なものであっても多言語ということはたいへんなことです。

 中国語は軽微な修正であればだいじょうぶ。中学、高校を卒業できたというレベルにおいて英語はなんとかセーフ。韓国語は数字の入れ替えぐらいが限界。今回、新登場のベトナム語には手も足も出ませんでした、シンチャオ!と言ってごまかしてみる。

P1020158.jpg

 KAWARABANとMIAぐらいしか読めるのがない、ってそれベトナム語じゃないから。よって、原稿をいじるとすべからく翻訳者に修正依頼をかけなければいけないのでした。


とーます

捨て身のジェスチャー

日本語を教える際には、時には体を張ることが求めらます。

今年度最後の「おしゃべりの時間」では、休憩時にジェスチャーゲームをしました。

日本人側が、ある「職業」をジェスチャーで示して、学習者が日本語で言い当てる、というものです。

演じる側の気合いが求められる、なかなか厳しいお題もありまして、例えば・・・

P2090007.JPG
「モデル」
(おお、目をウットリ閉じて恍惚の表情になっているのがいいですね、Sさん。)

P2090014.JPG
「相撲とり」
(I さんのこの見事な「しこ踏み」は、日ごろのエクササイズの成果だそう。)

皆さんの捨て身のジェスチャーに学習者も大盛り上がりでした。
P2090011.JPG

プライドの高い人には日本語を教えるのは向かないかも、と再確認させられた次第です(笑)。


P2090003.JPG


(OZ)


 MIA日本語講座、お昼のクラスがすべて修了しました。いちばん最後の漢字クラスも先週金曜日でおしまい。受講生の学習意欲が講師をさらに燃焼せしめ、例年以上に授業に熱が入ったようです。来期もまたいいクラスになりますように・・・やるきみなぎる受講生、募集中です。

DSCN1086.JPG
※漢字1クラスのみなさん。


 全然別のお話ですが、大学生からときどき「MIAの事業について卒論で取り上げたいので話を聞かせてください」とお申し出をいただくことがあります。わたしたちのおしごとを広く知っていただくのはありがたいので、できる限りご対応申し上げています。そんなやりとりの中で、やめればいいのに社会人の先輩風を吹かせて「指導」してしまったりして、我ながら「小姑」みたいだなと閉口します。

 しかし、年齢を考えれば「小姑」どころかもう「舅」のお年頃ですよ。嗚呼。


とーます
※先日東北大学で開催された映画「台湾アイデンティティー」の上映会に行ってきました。前からとても観たかったドキュメンタリーでしたが、とてもよかったです。
※そいで、遅ればせながら仙台市地下鉄東西線に初めて乗りました。車内の表示は、日本語、英語、ひらがな、中国語、韓国語がくるくると入れ替わる方式でした。バス同様、「ひらがな」が入っていて、とてもいいですね。これはどうした潮流なのでしょうか?最近はよその地域でもこうなのかな?以前、東京で地下鉄に乗った曖昧な記憶ですが、日本語と英語ぐらいしかなかったような・・・
 昨日は仙台観光国際協会SenTIAの事務所におでかけしました。仙台防災未来フォーラム2016の取材で地元新聞の取材がございまして。掲載はその新聞系列の河北ウィークリ〇3月3日号だそうです。

 あまたあるブースの中から我々MIA&SenTIAのブースを仙台市の事務局から推薦いただいたそうです。申込時に担当者の写真として福山雅〇のブロマイドを使ったのが功を奏したのでせうか。ブロマイド・・・って死語ですな。

 SenTIAの担当KさんとIさんとともに、ほぼフリースタイルで1時間しゃべり散らかしました。ライターさんがきれいにお掃除してくださることを衷心よりお祈りしています。ここだけのはなし、ブースで何をやるかいまひとつぼんやりしていたのですが、あれこれとっ散らかったこの1時間のしゃべくりで朧気ながら見えてきました。おかげさまで脳内のお掃除もしていただきました。

 我々のブースの鍵は「在住外国人と災害」です。日本語、防災知識、地域コミュニティにおける外国人住民の在り方、外国人のネットワーク、外国人支援組織のネットワーク、外国人の自助と共助・・・

 宮城県にはいま、1万7千を超える外国人が暮らしています。隣近所で外国人を見かけることも稀ではなくなりました。防災を切り口に外国人とともに暮らすための諸々を一緒に考える場になればいいなあと思います。地域のみなさまに逆にたくさんのことを教えていただきたく思います。

 気軽にお立ち寄りくださいませ。

P3280670.JPG
※2011年3月28日。石巻にて。被災した中華料理店の中国人従業員家族の相談対応。石巻の日本語教室の世話人(左の濃緑色のジャンパーの方)にご案内いただいた。

とーます

強力チームの結成!

来週から、新たに3人の「外国籍の子どもサポーター」を小学校・中学校に派遣することとなりました。

サポート対象は、南アジアのA国から来日したばかりの3兄弟です。

児童生徒本人も保護者も日本語は殆ど話せず、学校とやり取りをする際に英語などの媒介語もないという、なかなかに難しいケースです。

最初に教育委員会から相談が寄せられた時も
「・・・ムムム、これはうまくサポート体制が整えられるかな」
と冷や汗がタラリ。

まずは通訳サポーターを同行して、教育委員会・学校と保護者による面談の場を設け、A国の生活習慣等を確認しつつ、入学の手続きを進めました。

そして、学校で日本語指導を行う「外国籍の子どもサポーター」を派遣することとなったのですが、今回は地元に暮らす日本人3名でチームを組んでサポートすることとなりました。

初の試みです。

最初に、以前からお付き合いのあるSさんに協力を打診したところ、
「自分一人では心細いけど、3人で協力しながらだったら大丈夫!」
と即断即決、パパッとお知り合い2人に声を掛けてくれ、チーム結成と相成ったのです。

それぞれ、地元の国際交流協会の役員、語学講師、元教員という「腕に覚えあり」の頼もしい方々で、これ以上は望めない強力なチームとなりました。

Sさんに声を掛けてから数日の間に話はまとまり、学校との打ち合わせ、サポートのスケジュール作成もササっと済んでしまいました。

昨日の打ち合わせで、
「ご縁があってこの町に来たのだから、地域に馴染んで楽しく過ごしてもらえるよう、お手伝いしていきたい」
とおっしゃっていたSさん。

その決断力、ネットワーク力、行動力、そして温かなお気持ちに助けられました。

h27kodomo.jpg

(OZ)

木葉?

案内はがき.jpg

 MIA日本語講座同窓会に向けて案内を送ったところなのですが、一部の受講生の連絡先が不明だったり変わっていたりして、まだ作業が続いています。そんなさなか、これまで住所が不明だった受講生の連絡先を「発見」しました。喜んだのも不束者、じゃなくて束の間、一転頭痛が痛い。そこには見慣れぬ漢字がありました。

仙台市青葉区〇〇字木葉〇〇5963番地

 あたしゃ小一時間考え込んだよ。「木葉」という地名はない。では、「大葉」か?そんなおおばかな・・・失敬。じゃあ、木へんの漢字か、「樫」だの「楓」だのいろいろあるから、ぼくが知らない「木葉」という漢字があっても不思議ではない、木に葉はつきものだから。「楪」なんて漢字、こんなことでもなきゃ知らないで一生を終えるところだったよ「ゆずりは」ですって、「ゆずりは」って何・・・植物はさっぱり分からん、否、植物もさっぱり分からん。

 で、そんなこんなの末、これはどうやら「横」に違いないと犯人はほぼ特定されました。そういう住所がたしかに存在します。横のよこっちょの「黄」は「葉」に似ていないこともあるようなないような。

 というわけで、「横」の住所にまた案内はがきを一通送ります。届くといいんですが。


とーます
※生まれてこの方ずっと宮城県民ですけど、住所はいまでもほえー、ふえーと思うものが多いですね。地名はさっぱり分からん、否、地名もさっぱり分からん。
 昨年3月は仙台で国連防災世界会議があり、当協会もパネルディスカッションをお送りしました。あれからまた1年が経ち、震災から5年を迎える今年3月12日に仙台市で「仙台防災未来フォーラム2016」が開催されます。

 このフォーラムにわたしたちMIAは仙台観光国際協会SenTIA(旧仙台国際交流協会SIRA)さんと共同でブース出展をします。東日本大震災後、在住外国人支援に奔走したMIAとSIRA(当時)が同じ地域にあって協働や補完が果たしてできていたのかを問うた「東日本大震災からの学び 大災害時、県・政令市の地域国際化協会の協働と補完を再考する」を中心に、それぞれの協会の震災後の取り組みを改めて紹介する予定です。

311report_front.gif

 またこの時期がやってきたなあという思いが去来しております。なんでしょうね、さもないことをきっかけに脳味噌がひとりでに沸騰しだします。メディアもまた盛んに震災を報道し始めております。上記フォーラムの告知を兼ねた取材のお話も来ています。

 当日はブースにほぼずっとおります。ぼくが経験し、見聞きしたあのときのお話しかできませんが、もしよろしければ、どうぞ会場にお越しください。


とーます

和敬清寂は多文化共生に通ず

 今年もこの季節がやってきました。

P2100001.JPG

 MIA日本語講座初級1・2閉講式です。今期も熱心で向学心に満ちた受講生に恵まれ、すばらしい講座になりました。全60回の皆勤賞2名(以前のブログ「皆勤賞は有り難い」から、ある者は雪に阻まれ、ある者は帰国の途に就き・・・冬の皆勤賞はより「有り難い」のです)、その他の方も熱心に通っていただき、なによりみなさんがオトナでいい関係を築いておられ、みなさんとお話するのがとても楽しかったです。

 修了証書授与の後の受講生のスピーチも胸に迫るものがありました。嗚呼、こうして歳をとり涙脆くなっていくのね、と自分の老いを感じながら、開講当初まるで日本語ができなかった方々がわずか数か月の学習を経て、日本語でかくも立派なスピーチをしているのを鉄面皮で見ていられるほど血が青くはありません。みなさん、おめでとうございました、おぢさんもうれしい。

 閉講式の後は昨年度好評だった日本伝統文化体験、茶道の時間。すぺしゃるさんくす、中野さん、佐藤さん。

P2100042.JPG

P2100047.JPG

 お菓子に楊枝を突き刺して、菓子をまるごと持ち上げてあんぐりなんてところの写真が撮れなかったのが残念なような・・・

 もうすぐということで掛け軸の隣にはおひなさまも飾っていただきました。

P2100028.JPG

 その掛け軸には「和敬清寂」と書かれています。「主人と客が互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々や雰囲気を清浄な状態に保つこと」とどこぞの解説にございました。「互いの心を和らげてつつしみ敬い」とはどこかで近い文句を見たことがございます。ぽくぽくぽくぽくぽくぽく・・・ちーん、「多文化共生の理念じゃない!?」さすが、千利休。

 ともあれ、仲良きことは美しきかな。

P2100069.JPG

P2100066.JPG

 みなさん、また会う日まで。あでゅー!


とーます

JPさん、ごめんなさい

2016020911060000.jpg

 以前のブログ、同窓会の準備で過去5年の受講生に一斉配信したご案内ですが、当然ながら一部の方々は既に帰国されたり、あるいは別のところへ引っ越されたりしているはずで、一定数のハガキが戻ってくることまでは想定しておりました。

 しかし、読みの甘さでは定評がある担当者とーます、戻ってくることを想定しておきながら、はがきにMIAの住所は記しておりませんでした。受講生だもの、みんなMIAは覚えているでしょ。

 嗚呼浅はかや浅はかや・・・宛所不明でお戻しくださるJPさまのことまでは考えが及んでおりませんでした。

 県内の郵便ですから、せいぜい数日間で戻ってくると思いつつ、3日経っても4日経ってもハガキが一葉も戻ってこず、これはいったいどうゆうことだ、民営化のせいか、と脳内で毒づき始めてさえおりましたが、全くの濡れ衣。住所が分からなかったのではどうしようもない。わざわざ住所を調べてご返送いただきました。orz

 JPさん、ちょっとでも疑って申しわけございませんでした。セリヌンティウスのように右頬を差し出し、殴っていただきたい気持ちでございます。でも、痛いのは嫌・・・


とーます

あの人どうしているかしら

sodancenter2015.jpg

 必要に迫られ過去の相談を振り返ることがたびたびある。相談記録をめくっていると、ふと過去の相談者を思い出す。「ああそういえば、こんな相談があったあった。」

 我々のみやぎ外国人相談センターは何かしらの疑問やトラブルを抱えた外国人(ときどき日本人)から電話相談を受けている。あくまでこちらは受け身の立場。相談を聞いて、答えられる質問に答え、内容によっては専門機関につなぐ。相談者は自分の問題解決に向け、次のステップへ移行していく。その後行く末がどうなったか、別にこちらに報告の義務も義理もない。そういう仕事であることは了解している。

 がしかし、場合によっては何度も電話で対応し、その込み入ったトラブルについてあれやこれや思いをめぐらしたせいか、業務の範疇外とはいえ行く末が気になるのは人情というもの。あの人どうしているかしら、小林幸子じゃあるまいし。

 いいんです、トラブルが無事解決し、相談者が無事にお暮らしなのであれば。

 一方で、あのときは非常にお世話になったとわざわざ事務所にいらっしゃる相談者もいる。お礼の品をお返しするのに苦労したりもするのだが、とりあえず喜んでいる様子を見て悪い気はしない。


とーます

穴あきレジャーシートの活用法

P1020135_2.JPG

P1020136_2.JPG

これらの写真、先日の日本語講座「おしゃべりの時間」の休憩時間の一コマなのですが、何をしているかわかるでしょうか。

レジャーシートにボールが丁度はまる程度の10個の穴が開いていまして、持っている人が協力してシートを上下させて、1から10の順番どおりに穴から穴へとボールを動かしていく、というゲームなのです。
(わかりにくい説明でスイマセン。)

この日のコーディネーター、Uさんのお手製のものです。

ボールを移動させるだけでも難しいのに、さらにハードルを上げているのが真ん中の大きめの穴。

ここに転がりこむとボールは下に落ちて、また1からやり直し、というルールになっています。

良い息抜きになるゲームなのですが、もちろん遊ぶだけでなく、
 「上げて!上げて!」
 「もっと下げて!」
 「ゆっくり!ゆっくり!」
 「あぶない!」
 「もうちょっと!」
 「上手、上手!」
といった日本語の表現を、すごーく「自然に」使う練習にもなります。

私もまぜてもらったのですが、センスの無さをいかんなく発揮し、結局、一度もコンプリートできずじまい。

極めて実感のこもった、
 「難しい!」
 「くやしい!」
という単語を使う練習になりました(笑)。

(OZ)



同窓会の準備

2016020315500000.jpg

 いよいよMIA日本語講座同窓会開催の準備が整いました。過去5年を遡って全受講生、講師OBに案内を発送したところです。

 以前のブログ(どうそうかい)にも書きましたが、なにも世界各国の料理が食べられるぞ、うししという担当者の卑しさを満たすためのものではなく(ハイ、ここテストに出ます)、以前の学習者がその後どのように社会参画されているのかを伺い、あるいはその背中を押して差し上げるきっかけとしての場にしようと思っています。ですから、世界各国の食べものをもぐもぐ食べながら、受講生みなさんの「その後」のお話をもくもくと伺おうと決意しています(ハイ、これもテストに出ます)。

 それから、同胞や同じ地域に暮らす外国人(必ずしも同胞とは限らない)の新たな出会いの場にもなればいいなと思っています。新たな人と知り合うことで新たな世界が広がるかもしれません。日本語を学んだ者同士ですから、共通言語は日本語でいいはずですし。

 初開催ということでどうなるか分からないことだらけです。ホットプレートもカセットコンロも使用を禁じておりますが、給湯室の湯沸し用コンロを無断で使用したり、炭火を起こしたりする猛者がいたらどうしようかとか、あまりにも盛り上がり過ぎて隣近所の事務所からうるさいとご叱責を頂戴したらどうしよう(充分に考えられる・・・)とか、当日化粧のノリが悪かったらどうしようとか、ドラフト会議で指名されたらどうしようとか・・・もくもくとお話を伺ってぶくぶく太ってしまわないか、それがいちばん心配です。

 ま、とにかくまずはやってみましょう。クレーム、叱責、どんと来い。この場合の「どんと」は、英語の否定命令の方です。「来ないでください」の意となります。


とーます

大谷(おおや)の子供たちと

先週、国際理解教育支援事業で気仙沼市本吉町の大谷幼稚園、小学校、中学校に外国人講師5人とお邪魔してきました。

P1260027_2.JPG
ネパールのAさんは園児たちと楽しくダンス!

P1260036_2.JPG
園児たち手作りの繭玉をもらいました。
驚いたことに、ラトビアのAさんはこの小正月の飾りのことを知っていたのです。

P1260017_2.JPG
キルギスのAさんは、小学1・2年生にキルギスふうの折り紙を教えてくれました。

P1260073_2.JPG
中国・内モンゴルのOさんによる、パワポを使っての文化紹介。
同じモンゴル相撲でも、モンゴル国と内モンゴル(中国)では、衣装が違うのだとか。ホホウ。

P1260090_2.JPG
ブラジルのKさんと一緒にブラジルスタイルで挨拶を。
生徒同士でやってもらうと、ハグまではOKでしたが、頬を合わせての「チュッ!」は、さすがに抵抗があったみたいです。

中学生からの「日本に来て驚いたことは?」という問いに対する5人の答えが、なかなか興味深かったので、ご紹介します。

「女性がコンビニの出入口でタバコを吸っていたこと」
(女性がタバコというのが新鮮だったのかな?)

「ベランダに誰もいないこと」
(ネパールではベランダで寛ぐのが一般的なのだそう。)

「大きな身振り手振り、お辞儀をしながら電話で話すこと」
(ああ、やりますよねえ。)

「街中にゴミ箱が少ないこと」
(確かに減ってますね。)

「麺類を音を立てて食べること」
(私はかつてオーストラリアでこれをやって絶句されました(笑)。)

P1260095_2.JPG
今回協力してくれた5人です。

遠距離の移動でちょっと大変だったかもしれませんが、皆さんの協力のおかげで、楽しい学びの場を提供できたのではないかと思います。お疲れさまでした!

(OZ)


しゃちょうにしつもん

 MIA日本語講座初級2クラス担当のT先生から今朝がたオーダーがありました。「敬語を勉強し始めたので、エライ人にインタビューをさせてほしい。」

「それはつまりとーますみたいな下っ端じゃなくて・・・」

 T先生は真顔で?首肯されました。合点承知、では役員室からお出まし願いましょう。少なくともぼくが日本語講座を担当してこの方、役員室の方々が日本語講座の授業にお出ましいただいたことはございません。理事長と専務理事という肩書きは少しむつかしいので、「しゃちょう」ということにしませんか、IしゃちょうとUしゃちょう、これでいきましょう、そうしましょう、と相成りました。

 しゃちょうのおなーりー、かちん(拍子木)

P1020150.JPG

 あれ、どことなく重い空気。受講生もT先生もしゃちょう2人もちょびっと緊張?

「〇〇さんは外国にいらっしゃったことがありますか?」
「◇◇さんはタイ料理を召し上がったことがありますか?」

 受講生はそれでも習いたてほやほやの敬語をぴちぴちと使っていました。IしゃちょうとUしゃちょうも一所懸命の受け答え。好きな映画に赤胴鈴之介と答えたIしゃちょうは剣道のレクチャーにまで話が及びました。

img_1 1280467620.jpg
※こういう時にさっとこの画像を示すことができないアナログおのこ、担当とーます。

 本日のMVQ、Most Valuable Question。フィリピン出身のDさん。

「MIAの日本語講座で将来、上級や漢字3クラスをお作りになるご予定はございますか?」

 おっと、まさかの陳情だ。よくお分かりですね、こういうのはしゃちょうに直訴した方がいいです。

 ぐっじょぶ。


とーます
 「恐縮です」という文章はたいして恐縮していないから書けるのだと思いますが、と前置きしておいて・・・

 私事で恐縮ですが、1997年に中国に留学して以来、中国で春節を祝うチャンスが10うん回あったはずなのに、まだ一度も中国で春節を迎えたことがありません。以前貿易のおしごとをしていたころ、春節直前の中国(広東省)は異様な雰囲気でした。帰省で航空券や列車のチケットが高騰し、なおかつ買えない、「餅代稼ぎ」のために強盗が出る、危ないから流しのタクシーに乗るなよ、身ぐるみ剥がれたって噂があるぞ、とかなんとか、ひょえーとしか言えないびびりのわたくし。帰国してニュースを見ていると、春節当日あまりに激しい爆竹で人が亡くなったり、煙で視界不良、健康被害が出るほどだとかなんとかで再びひょえー。暮れどき、中国である工場の全従業員を招いた宴席に同席したことがありましたが、レストラン貸切で行われた大宴会は予想通り途中からは食え飲め騒げのアンコントロールうたげでただただひょえー。中国の宴会はまんじゅうより怖いです。

 ときは巡り、また冬が来て・・・春節。今年は2月8日が春節わっしょい当日です。それに先んじて、昨日1月31日(日)、宮城華人華僑同舟会主催の2016年春節大パーティ(聯歓会)が富谷町成田公民館で開催されました。ぼくにとっては初めての春節・・・ちょっと怖い。

2016013110570000.jpg
※司会7氏。左から2番目がKくん。

 会場に着くと、知った顔、顔、顔。MIAの通訳サポーターとして協力いただいている方、MIA日本語講座で勉強していた方、日中友好協会の方、やあやあやあ、にーはおにーはおにーはお。ときどきどなたか思い出せない方から親しげに声をかけられて、当然覚えていますよ的引きつり30%笑顔を振りまく健忘おぢさん。ごめんよ、悪気はないんだ、ただ脳の引き出しに穴が開いててさ・・・

 Kくんとも久々の再会。Kくんは中学2年生のときに中国から宮城に来て、MIA日本語講座で日本語を一から学び、日本語サポーターも紹介しました。外国人の子ども・サポートの会からの支援も受け、わずか1年あまりの勉強で私立高校に合格し、高校に通いながらもMIAの夜間クラスで日本語を勉強し続けていました。その3年後には東北薬科大学入試に見事合格。いまは大学生となり、自分と同じような境遇にある「後輩」の支援にも当たっています。そんなKくん、春節パーティでは司会に抜擢されたそうで、本人曰く「とっても緊張しています」と。立派な司会振りでした。

 知らない方も多数お見えでした。180名ぐらい集まったそうですが、年々新メンバーが増え、裾野が広がっています。大世帯ゆえの難しさもあることでしょうが、年一度のこのイベントではみなさんのいい笑顔がたくさん見られます。メンバーにとっても準備の苦労を凌ぐ喜びがあろうかと思いました。

 第一部のステージ発表の後、第二部のランチ・茶話会で何人かの同舟会メンバーと少しお話をしました。阿鼻叫喚の根源であるお酒も爆竹もなく、とても和やかに過ごすことができました。

 同舟会諸氏にいまいちど感謝感謝。また来年。


とーます
※蛇足ながら、この同舟会の成立にMIAは大きく関係しています。話すと長くなりますが、手短に。震災前の平成22年度に行った「みやぎ外国籍県民大学」に参加されていた中国出身者が中心となり、震災後に中国人のネットワークがなかったことを省み、ネットワーク組織として立ち上がったのが同舟会です。ですので、春節のようなイベントを契機として新規メンバーを取り込み、さらに大きなネットワークとなっていくことは、同舟会の目的にも合致することかと思います。

このアーカイブについて

このページには、2016年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2016年1月です。

次のアーカイブは2016年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。