2016年1月アーカイブ

倶楽部MIA83号、発行しました

当協会の機関紙「倶楽部MIA」83号(2016年2月号)を発行しました。
倶楽部MIAは、当協会内で無料配布しているほか、
県内の学校や市町村役場でもご覧いただけます。
パソコンでご覧になる方は、こちらから。

毎号、巻頭で、宮城県内で活躍中の外国出身者をご紹介していて、
83号は、美里町で就農したブシャン・アケボノさん(インド出身)です。

アケボノさんは日本好きのお父様の決断で、中学生の時に
ご家族で仙台に本格的に移住。その後、農業に関心を持ち、
農業高校、農業大学校で学んだ後、2013年に美里町で就農されました。

アケボノさんは、「日本人はとっても親切」
「やりたいことがあるときは、周りの人が必ず助けてくれる」と
これまでを振り返って、そんなふうにおっしゃっていましたが、
すごく前向きで明るいアケボノさんだからこそ、周囲の人達が助けて
あげたくなる気がしました。

倶楽部MIA83号をお読みいただき、たくさんの方にそんな
アケボノさんの魅力に触れていただければと思います。

M
 先週20日のMIA日本語サポータービギナー研修会にも多くの方にご参加いただきました。ありがとうございました。

 この研修会の講師はMIA日本語講座講師陣のリーダーSさんにお願いしております。いつも元気なSさんによるこの研修会はいつも大好評です。

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 そんなSさんの今回の「枕」。

「ある外国人からあった質問です。『風邪をひきましたと言いますが、インフルエンザをひきました、ダメですか?インフルエンザになると言いますが、風邪になる、だめですか?』こんな質問です。どうしてでしょう?」

 嗚呼、風になりたい。おかぜちがい。

 Sさんは続けて、

「これに答えられないから日本語のボランティアができないというのでは全然ありません。わたしたち日本人が当たり前に使っている日本語ですが、こういう思いもよらない質問によって日本語の新たな世界を『発見』するわけです。それがこの活動の魅力です。」

 研修会終了後、時間が足りず不完全燃焼だったと仰るSさん。Sさんの思いを次年度以降、何らかの形にしたいと思います。

 それはそうと次のMIA日本語サポータービギナー研修会は7月開催予定です。面白いですよ、ぜひご参加くださいませませ。


とーます 

国際協力セミナーの思ひ出

 1月17日(日)に国際協力セミナーがありました。先日のブログで「のちほど涙あり涎なしの顛末を書く」とかなんとか言いながら、数日間寝かせておいたら、そのままぐっすり熟成し、いささか酸っぱくなった我が記憶。さりとてこのまま放っておけば、書く書く詐欺!のちほど将軍!となじられること必至でありましょう。ではでは、とヘビーなヒップを持ち上げて何かライティングしてティーを濁そうかと企んでおりますが、この情報化社会の世の中に一週間も遅れた報告も間が抜けていますので、全く矛先を変えてネコダマシと気取りませう。

 世の中にはシンポジウムとかパネルディスカッションとかデリカテ〇センとか(最後のは勢い余ってしまいました・・・)、複数の人間が互いの主義主張を訴え、議論するといった言論バトルロワイヤルな催しがございます。17日の国際協力セミナーもこうした形式でした。

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 登壇者は5人で、まずは10分間の持ち時間が与えられ、それを使い切りますと一手30秒以内・・・それじゃ将棋だ・・・その持ち時間10分で自己紹介とそれぞれの事業の紹介でした。ぼくのミッションは以前のブログに書き散らかしたように「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」の紹介で、この半年余りの血と汗とノーズ&マウスウォーターの結晶を10分に縮めることがでくのぼう担当者にはどだい無理なことでございまして。案の定2分ほどはみ出し、あとでセミナー担当者にこっぴどく叱られ、アイウォーターがポロリ。

 そのあと、5人でフリーディスカッション。と言っても司会者からお題を与えられ、それについて思うところを述べるというスタイルで、くんずほぐれつの大議論にびびっていたぼくとしては、まあ落ち着いていられたわけです。

 しかし、衆人環視の中で、誰かの発言を捉えて重箱の隅をつつく議論を広げるというのは難しいです。ぼくなんかあわわあわわで終わった感じです。おこしに付けた機微だんご、ください。

 登壇者に気仙沼の介護施設で活躍中のフィリピン人Cさんがいて、かのじょがぼくと同姓だったので「夫婦漫談」を期待されたのですが、しばらくぶりに会ったCさんは震災後さまざまなところでマイクを握って鍛え上げられたようで、「ひとり漫談」で充分行けました。

 司会役にしろ、登壇者にしろ、難しいものですね。傍から見ればほとんどぼんやりしていたようなものでしたが、終わったあとはぐったり、帰宅途中はがっかり、家に着くとばったり。勉強が足りないということなんですけど。

とーます
※以下のことばを日本語訳せよ。1.パネルディスカッション 2.セミナー 3.シンポジウム 4.ファシリテーター 5.パネリスト これがすらすらと訳せる人、すばらしいです。そして、これが日本語の現状かと。

あんなことこんなことあったはず

 MIAでは、仙台弁護士会との協働でみやぎ外国人相談センターの相談員、MIA外国人支援通訳サポーターなどを対象とした法律勉強会を年に数度開催しています。相談業務に携わる人や外国人コミュニティリーダーに専門的な知識を学んでいただき、また弁護士とのネットワークを築く場になっています。

 次の勉強会のテーマは「在留資格」に関することということで、過去の相談業務を振り返って適当な事例があったらおしえなさい、とーますくん、思い出せるか、おまえ?と担当者から命がありました。

「うー、あー、うー、あー、あのお・・・(以下、約35秒間うーあーのみ)、そうだ、思い出した、あれがああしてああなったことがありました。」

 周囲のスタッフはお口あんぐりモンダ〇ン・・・これじゃまるでわが母親の会話みたいだ。会話の8割が指示語で構成されているのに、哀しいかな、だいたい理解できてしまうというすーぱーどめすてぃっくかんばせーしょん。

 「あれがああしてああなった」を具体的に示すべく、かつての相談記録を紐解きました。ニンニン。3年分ぐらいの記録をぺらぺらと捲りました。幸いなことに、「あれ」に相当する案件に辿り着きました。が、幸いでないことに、ぼくがイメージしていた細部とはだいぶ異なっていて、名前は同じだけど顔かたちは別人という還暦同窓会での再会のような風情でございました。がびん。

 それはさておき、過去の相談記録をめくっていたら、すっかり忘却のあなた彼方ソナタみたいな相談たちがいくつも出てきました。見ても思い出せないこともたくさんありましたし、「ああそういえばこのひとはいまいずこ?」と記憶が蘇ることもありました。まさに還暦同窓会。40年ぶりに会った人の名前を聞いても思い出せないのはまあふつうのこと、問題はその相談たちはまだ数年前の出来事だということ。はっはっは、健忘万歳。

 相談業務をしているといつも思います、世間は広い、と。いろんなひとがいろんな事情を抱えています。ですから、自分のメガネで見えることばかりではありませんし、自分のものさしで測れることばかりではありませんなあと思うわけですが、それもこれもあっという間に忘れて、いっという間に次の相談を受けるのでございました。うっ!

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※我が田舎でこの時期よく見る光景です。田んぼでえさを食べる白鳥さんたち。

とーます

たのしい翻訳

 かわら版の編集が終わりつつあります。「かわら版」というのは当協会で2か月に一度発行している多言語情報です。テーマは、保健医療、防災、日本語学習、教育などなど日本で生活する外国人に必要と思われるものを毎回取り上げています。昨年度は介護から死に至る人生の終末シリーズを展開し、年末年始の晴れやかな日々を臨終だの死に水だのといったことばの翻訳で気が滅入った、と中国語翻訳者Kさんがおっしゃっておりました。ほんとにすみません。

 翻訳はほんとうに面白く、難しい。こないだ、ポルトガル語の翻訳をしてくださっているVさんが「まちかど年金相談」をどう翻訳したらいいのかと困っていらっしゃいました。この「まちかど」は別にほんとに街の角にあるわけでも、ミスターまちかどがやっているわけでもないことは自明です。これをStreet Cornerって英訳したら、きっと噴飯ものでしょう・・・でも英語にもあるのかな、こういうニュアンスの意味が・・・

 今回のかわら版のテーマは外国人の子どもの教育で、外国人の子どもが日本の小中学校に入る際の手続きやその後のサポート、高校入試などについて触れています。小学校、中学校、高校とひとくちに言っても、外国においては小学校が5年だったり、小学校と中学校が一体だったり、いろいろあるわけです。単に右から左に翻訳できることばかりではないですねえ。

 それと、今回も建物の名前で翻訳に迷いました。仙台市の施設「エルソーラ仙台」、英語ではL-Sola Sendaiと表記するようなんですが、これだと日本人が発音する「えるそーらせんだい」と一致しないのではないかということで、敢えてローマ表記の「Eru-Sora Sendai」を入れた方がいいというのがポルトガル語のVさんの主張。最終的には併記することに落ち着きました。中国語の場合は、漢字で音訳することもあります。オバマを奥巴馬(欧巴馬とも)とするように。しかし、全くひらがな、カタカナが読めない人でも印刷したものや画面上で指し示すことができることや漢字の音訳はやはり日本語の発音とは完全に一致はしないなどの理由で、カタカナ表記のままとすることが多いです。ただし、「ほにゃららビルヂング」を「ほにゃらら大廈」とビルヂングだけ翻訳したりもします。

 ことほどさように翻訳は簡単なことではありません。機械翻訳の精度が上がるまでのしばらくの間、翻訳の周辺で楽しみたいと思います。

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※写真はイメージで、本文とは全然関係ありません。中国の書類入れです。民族と戸籍(籍貫)を書かせるところが、よっ!チャイナ、ってな感じです。

とーます

宮城県仙台合同庁舎前

 またバスのはなし(以前のブログ「バスバス走る」)。

 仙台市市営地下鉄東西線が昨年12月に開通しました。それに合わせて、仙台市営バス、宮城交通バスもいろいろな変化がありました。地下鉄東西線開通とともに一部のバス路線が廃止となり、不便になったなんて声もあります。が、悪い話ばかりではないです。

 MIAから仙台市営バスで仙台駅前行のバスに乗ると、終点「仙台駅前」は仙台駅からけっこう遠い(徒歩5分ぐらいの)ところにあったのですが、12月の改正以降、以前のバス停「仙台駅前」が「あおば通駅」となり、仙台駅のほんとに目の前のバス停「仙台駅前」まで行くようになりました。ペデストリアンデッキに上がらず陸路で仙台駅に徒歩50歩100歩というところ。以前は市営バスをやり過ごしてわざわざ宮城交通バスに乗っていた方もいたでしょう、少なくとも1人は知っています。

 バス内での表示も刷新されました。液晶画面の表示自体とても見やすくなりましたし、次のバス停の案内が漢字以外にローマ字とひらがなで表示されるようになりました。例えばこのように。

宮城県仙台合同庁舎前(※MIA最寄りのバス停です)
MIYAGIKENSENDAIGODOCHOSHAMAE
みやぎけんせんだいごうどうちょうしゃまえ

 どのような指針に基づいてこのような改正があったのか分かりませんが、これはとてもいいですね。以前の記憶では、表示は漢字のみ、あとは音声案内でしたので、漢字に明るくない方々には大きな改善と思われます。

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とーます
※よそからお越しになったある方が、「仙台はどこまでも2階を歩いていける」と言っていて、それがペデストリアンデッキのことだと理解するのにしばらく時間を要しました。

チラシチラシ

 昨日の国際協力セミナー、満員満席で熱気むんむんでございました。ご来場のみなさま、ほんとうにありがとうございました。

 本日は、一転大雪、今シーズン初のまとまった積雪です。こんな日は「内職」に限ります。というわけで、本日は日がなこれ。

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 4月から始まる日本語講座のチラシの印刷と発送作業。タガログ語の相談員Dさんの協力を得ながらと思っておりましたが、交通が麻痺しているようでとなりの隣町から自家用車通勤の待ち人、いまだ来たらず。ぼちぼち進めます。


とーます
※昨日の国際協力セミナーについては、涙あり涎なしの長編にならない予定です。さらっと書きますね、そのうち。
 浮世では「いとう」を名乗っておりますが、日本語講座の受講生や外国人相談者から「さとう」と間違われることがたびたびあります。たしかに「いとう」「さとう」以外にも「かとう」「さいとう」「ごとう」・・・「〇〇とう」はたくさんいますから致し方ないと思いつつ、「い」と「さ」の違いはけっこう大きいと思うんですけど、なんででしょうね?存在感がない?しゃらっぷぷりーず。

 「いとう」についてはもうひとつ漢字問題があります。「イトウのトウはフジですか?ヒガシですか?」というのは至極ふつうの質問ですが、ときどき「イトウのトウはふつうのトウですか?」と訊かれて、たじろぎます。ふつうって・・・漢字にノーマル・アブノーマルの別があるとは知らなんだ。

 日本の姓は中国や韓国に比べて多いとはよく言われることですが、ある資料(ウで始まってアで終わるやつ)によれば、日本は30万種だそうです。そして、意外にもアメリカは150万種もある。ですが、これも考えてみれば、様々なルーツの方がいるということと無縁ではないでしょう。日系人も華僑もアフリカ系も欧州系もみんないるわけですから。

 中国は姓の種類が日本ほど豊富でないこともあって、同姓同名がかなりいます。そこで、子どもが学校に入ると名簿上は姓のうしろにお母さんの姓(中国は別姓です)を付けて同姓同名を避けるのがかなり一般的です。「王建民」じゃなくて、「王陳建民」「王李建民」といったように。

 日本で暮らすあるアメリカ人が「日本人同士だと姓で呼び合うのに、外国人だけ下の名前で呼ぶのはおかしい、ぼくも苗字で呼んでほしい」と孤軍奮闘していました。姓名か名姓か、順番もあります。通名を使うといったこともあります。カタカナ表記も一様にはいきません、「マクドナルド」か「マクダーナル」か。なまえは自分の一部ですからね。

 というわけで、ぼくはノーマルのいとうです・・・たぶん。


とーます
※ちなみに、「王建民」はむかし中国でぼくが使っていた「通名」でもあります。日本人だと分かってあれこれ質問されるのが面倒なときに利用しておりました。非常にポピュラーな名前ですから。ぼくが知っているだけで3,4人の同姓同名がいます、うち1人は大リーグで活躍中の台湾人投手。
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※吉四六さんに「平林」という小咄がありましたね。「たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく」とかなんとか。

さびしい日本人

  本日午前、県庁の国際経済・交流課に赴き、中国人の国際交流員Zさんに中国の介護事情についてご講義いただきました。17日の国際協力セミナーの予習を兼ねてのことです。おお、付け焼刃と言う勿れ、その通りだから・・・膨大な人口を抱える中国、介護も徐々に大きな課題となっています。社会も制度も介護観も何もかも日本とは違いますので、日本の介護の技術や仕組みを取り入れると言っても一筋縄ではいかないようです。

 中国の老人コミュニティのお話がとても興味深かったです。中国全土のことなのか局所的なことなのかは存じ上げませんが、少なくとも吉林省長春市市街地の集合住宅に住んでいるお年寄りは、昼間マンションの下に集まっておしゃべりをしたり、卓球やマージャンをしたりして過ごしているのだそうです。だから、日本のように独居老人が家の中で亡くなっていたことをだれも何日間も気づかないなんてことは考えられない。「あれ、昨日も今日もAさんいないわね。」となれば、こぞってAさん宅のドアをノックしに行く。役所にはその「老人コミュニティ」を担当する職員までいるんですって。

「日本に来て20年ほど経ちますけど、やっとひとりでご飯が食べられるようになりました。」

と、Zさん。ひとりでご飯を食べる日本人が信じられなかったと言います。

「世代が代わっても中国人は日本人のようにひとりでポツンといられないと思います。」

とも。「日本人はさびしいと思いますか?」と尋ねたら、「そうですね。」否定はされませんでした。

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※昨年9月12日「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」で「認知症」の講義をお願いした東北福祉大学加藤教授。加藤先生の研究室には介護を学ぶ中国人留学生が複数いるそうです。こういう方々が今後の担い手へとなっていくのでしょう。


とーます
※「山」「川」式に「さびしい」とくれば「熱帯魚」と言いたくなるのがおぢさんクオリティ。でも、あれは「さみしい」らしい。
※「さびしい」と「さみしい」は使い分けがあるようですね。サビシイ?サミシイ?(NHK放送文化研究所)

満員御礼、国際協力セミナー

 国際協力セミナー、事前申し込みが定員に達しました。満員御礼です。いま、大入袋がMIA事務所内で配られている妄想が花開いているMIAスタッフがここにいます。

 やはり介護分野は世間の関心度が高いということでしょうか。これまでになく外国出身者のお申し込みが多いようです。先のブログ「国際協力セミナーによせて」で3つの視点を書きました。日本に定住する外国出身者はそれにプラスして母国に暮らす親の介護問題もまた大きな関心事です。

 昨年山形に出張したときに、母国からの両親の呼び寄せについておはなしを聞いたことがありました。山形在住のある中国人が入国管理局に問い合わせてみたのだそうです。「中国に住む両親を日本に呼び寄せて介護することはできるのだろうか?」と。

 観光目的の短期滞在なら話は別ですが、日本に暮らす外国人は必ず「在留資格」が必要です。「介護」を目的とした在留資格はありません。例えば、旅行で来日していた外国人が急に発病したり、怪我をしたりして加療が必要となり、本国への搬送が難しいといった場合には、人道上の観点からその治療にかかる期間、在留資格が付与されるケースはあるようです。また、本国では治療できない難病の治療のために在留資格を得て来日ということもあります。ですが、介護のためにというのはこれまでのところ実例を聞いたことがありません。

 入国管理局の答えは、「難しいかもしれませんが、例えば、中国国内で全く身寄りがないなどといった場合には、検討の余地がありますので、ご相談ください」でした。少なくとも言下にNo!ではなかったとのこと。

 日本の公的介護制度は、40歳から介護保険料を支払いますが、その支払いの有無を問わず、規定年齢に達すれば、即ち65歳以上の日本人および在留資格を持って日本に暮らす外国人はすべて公的介護サービスの対象となります。極端なはなし、65歳以上の外国人が日本の在留資格を持って新たに来日した場合、来日当日からその対象となるわけです。年金と違って、保険料の納付実績とは関係がありません。介護は人材不足だけでなく、資金不足も深刻化していますので、そういう点でも介護を要する外国人の受け入れは小さからぬ問題となる可能性があります。

 ひとが容易に国を飛び越えて活動する世の中。その末期はいったいだれがどのようにお世話するべきなのでしょうか。今回の国際協力セミナーはそんなことも視野に入れて臨もうと思いました。

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※登壇者の伊藤チャリトさんがジャパンタイムス英語版で取り上げられた記事。

とーます


不意打ちの再会

先日、用事があって携帯ショップに行った時のことです。

自分の順番が来て椅子に座ると、担当のスタッフの方から

「お久しぶりです!」

と言われました。

「え?あれれれ??? Y君!!??」

あまりの不意打ちに、思わず店内で大声をあげる私。

目の前で爽やかな笑みを浮かべていたのは、かつてA市の日本語教室で学んでいた、中国出身のY君でした。

出会った頃は、Y君は来日して間もない中学生で、学校に在籍しながら日本語教室にも通い、日本語と教科の勉強を頑張っていました。

当時は、海外出身の子どもたちへのサポート体制は今より更に不十分だったのですが、日本語教室のKさんの親身な支援を受けて様々なハードルを越え、高校、大学へと進学を果たしました。

自らの経験をお話ししてスピーチコンテストで優勝したほか、MIAの「外国籍児童生徒支援事業」を立ち上げる際のシンポジウムで、当事者として意見を述べてもらったこともあります。

「外国籍児童生徒支援事業」を始めたのも、Y君のようなケースが少しずつ増えてきたからなので、ある意味、Y君がこの事業の「産みの親」とも言えます。

数年前に大学を卒業して、社会人になったと聞いてはいましたが、まさかこんな形で再会するとは。

中学・高校の頃から真面目でしっかりしていたのですが、6、7年振りに会うY君は、スマートなスーツ姿でテキパキと仕事をこなし、実に頼もしかったです。

携帯電話の契約に関する、こちらの要領を得ない質問に対しても、タブレットを使って簡潔かつ的確に答えてくれました。

それから、
・今でも家族とA市に暮らしていること
・Kさんとは引き続き親交があり、日本語教室の行事にも参加していること
・前に勤務していた店では中国人のお客さんも多く、中国語でも対応していたこと
などなど、いろいろと近況も教えてくれました。
(仕事に関係のない話をしてゴメンなさい。)

携帯ショップに立ち寄る前に、映画を観ていたのですが(いま話題の「フォース」のアレです)、思いがけないY君との再会のほうに、私の頭の中のメモリーはすっかり書き換えられたのでした。

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Y君に登壇してもらった「外国籍児童生徒のサポートを考えるシンポジウム」

(OZ)


国際協力セミナーによせて

 国際協力セミナー開催のおしらせです。

 当協会では国際協力機構(JICA)東北支部との共催で国際協力セミナーを実施しています。今年度のテーマは、介護。世界の介護の現状や日本の介護現場における外国人についてさまざまな角度から話題が提供されます。まだ間に合います。ぜひお申し込みのうえ、ご来場くださいませ。

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 さて、不肖ワタクシも末席を汚す予定です。恥ずかしながらチラシにもペンネームが載っています。課された任務は今年度実施した「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」の事業説明や参加者の声などを紹介するというもの。昨年のお江戸ミッションのときの資料を壊して更地にして新築した資料を作る予定ですけど、3つの視点を提示して、ご来場のみなさんとともに考えたいと思っています。

1.介護サービスを受ける外国人
2.介護サービスを受ける日本人の家族(妻・嫁など)としての外国人
3.介護サービスを提供する外国人

 いまメディアで盛んに語られているのは3の介護サービスを提供する外国人。EPAがなんとか、技能実習に介護が追加されてかんとか。しかしながら、日本に定住している外国人の中には資格を取って介護の現場で働いている人たちがすでにちらほらと見受けられます。今回のセミナーでも気仙沼の介護施設で働いているフィリピン人に登壇いただく予定ですけれど、人材不足が叫ばれる中、定住外国人が介護職に就くことで現場にどんな「化学反応」があるのかないのか、その辺りが聞けるのではないかと思われます。

 1.介護サービスを受ける外国人はいわゆる在日、帰国者、難民といった方々でまだ大きな社会問題となっているとは言えません。しかしながら、現状217万を超える外国人が日本に暮らし、およそ3人にひとりが「永住者」、さらに1年に1万人以上の外国出身者が日本国籍を取得しています。介護の現場にある種の異文化摩擦が起こり、多文化共生的な視点と取組が求められること早晩必定です。「実践介護塾」はその「予習」という意味合いをいくらか帯びておりました。「火鍋」が食べたいという中国出身の利用者とどう相対しますか?

 2.介護サービスを受ける日本人の家族(妻・嫁など)としての外国人、「実践介護塾」では、外国人当事者に介護の現場や仕組みを学んでいただくことで「自立」を促すことを意図しました。参加者のアンケートを見る限り、それぞれ「収穫」は少なくなかったようです。

 最後に蛇足。「自立」についてどなたかが言っていたこと。「自立」というのは、ひとりで何でもできる、だれにも頼らないということではなくて、困ったときに頼る先を知っている、頼る先をどれだけ多く持っているかではないか。いまの世の中、ひとりで何でもできるなどというのはそもそも不可能だ、と。その通りだと思いますし、我々の業界においてもこの考え方は非常に重要ではないかなあ。それは「依存」とは違いますからね。


とーます

皆勤賞は有り難い

 てーへんでっせ、だんな。間もなく年貢の納め時、いまどきは決算とかまっさんとか言うとか言わねえとか、まあとにかくそろそろどんだけ金使うのかはっきりしろいというお達しで、ガラにもなく、いやね、ガラったって鶏ガラじゃねえよ、ガラガラヘビがやってきた、ふざけてんじゃねえよ、いつだって真剣でい、真剣にふざけてるって、おっとっと。

 その決算の納め時で、あちこち資料やら飼料やら死霊やらを引っ張り出して来て、やだねえあんた死霊だなんて怖いよ、埴谷雄高じゃあるめえし、あれは「しれい」らしいけど、そんなことはどうだっていいんで、決算のためにおっさん計算たくさんおつかれさん、とまあこういうわけだ。

 なにね、日本語講座の閉講式のときにさ、初級のクラス60回を一回も休まなかった二宮金次郎みてえに頑張った方々にね、少しばかりすーぶにーる、いけねえ、ときどき洋行帰りの悪い癖で横文字が出てきやがる、洋行ったってこちとらせいぜい浦戸諸島ぐらいしか行ったことはねえけれど、そんなことはかまいやしねえ、海を渡ったんだから洋行ってなもんだ、ところでなんの話だ、そうそう二宮金次郎だ。二宮さんに少しばかりおみやげさんを差し上げるという話だ。

 いまはちょうど冬休み中だけれど、12月まで一回も休まなかった二宮さんが何人いるか、出欠簿を確認してみたら、これがてーへんだてーへんじゃねえのって。ここ10年ぐらい遡っても皆勤賞って1年にひとりぐらい出れば大したもんだという塩梅よ。それぐらい「有り難い」二宮さんだから粗品でも送ってみんなで祝おうじゃねえのってやってたわけよ。

 ところが、2015年の4月からのコースで、前代未聞の皆勤賞4名。そりゃ慌てたよ。校庭に二宮さんの像が4体も並んでたら、ってこれは全くの妄想だ。「有り難い」人が4人もいたんだから、こりゃ大いにありがてえ。

 そしてそして、昨年10月からのコース。12月の冬休み入りまでに43回授業が終わってるんだけど、一回も休んでなかった二宮さんが何人いたと思う。9人だよ、ダンナ。校庭が二宮さんで足の踏み場も・・・おっと、またして妄想だ。

 この調子だと、粗品を粗粗粗粗粗品にグレードダウンさせてよっちゃんイカ一袋にするとか、担当者が知恵を絞ってなんとかするか。閉講式までまだひと月以上あるから、そうだなあいまから種まいて・・・いやあ、釣りに行って魚を・・・ここは神頼みの宝くじ・・・ダメだ、この担当者まるで役に立たねえ。

 トウヘンボクの担当者じゃまるでらちが明かねえから、お代官様、いまでいうところの会計担当者にこの窮状を訴えて、お願いしたさ。いま必死に考えてくださっている。ありがてえ。

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※10月、開講式での初々しいあいさつ。ういうい。

 というわけで、受講生のみなさん。来週からまた授業が再開します。みなさんに会えるのを担当者一同(ひとりしかいない)楽しみにしています。


とーます
※漢字のクラスは明後日8日(金)からですよ。
※歳のせいでしょうか、最近落語がちょっとずつ面白くなってきています。どちらかというと新作落語の方が好きなんですけど。特に、圓歌さんと柳昇さんが好きです。


相談の境目

 MIA開店2日目にしててんやわんやでございます。これまでの傾向として、年末年始、ゴールデンウイーク、お盆といった長期休暇の前後には相談が立て込むような気がします。昨日こそ穏やかな事務所でしたが、穏やかは長続きしないですね。

 家庭の問題、通院にかかる通訳の手配となかなか濃厚な相談たち。中国語の呂律がなかなか回らないながらも、なんとかかとか対応しております。

 こういったタイミングに増えるのが「相談にならない相談」。わあっと勢い込んで話されるんですが、よくよく聞いているとひたすら同じことの堂々めぐり、あるいはひとつの枝葉が更なる枝葉に広がっていくような先行き不明なお話し・・・

 ある種、危険な兆候です。もちろん、あまりの事態に動顛して、なにをどう話していいか分からないということもあります。ですが、過度のストレスで心のバランスを崩されたり、ひいては精神的な疾患が疑われたりということも少なくありません。

 ぼくもMIAに働いて10年近く経ちますが、少しは学びました。必ずしも相談事があって相談するばかりではない、相談という形をとりはしてもとどのつまりは誰かと話したい、誰かに話さないわけにはいかないということが世の中にはあるようです。

 そういう相談には、「傾聴」です。ある程度時間を割いて、話したいことを話していただく。ある種の方はそれでいくらか気持ちが晴れるのでしょうか、少しだけ明るくなった声を残して受話器を置きます。あまりにもとりとめないときは、こちらから少しだけ質問を入れて、問題を、あるいは気持ちを整理するのを手伝います。混乱に陥っている人は、こういうやりとりを通じて、自分の問題がなになのかクリアになる場合もあります。

 ですが、「傾聴」はいつも結果が伴うわけではありません。むしろほとんどの場合、どこにも行きつきません。波のようなもので、心のバランスが大きく崩れ、ひとりで抱えきれなくなったとき、例えばMIAの外国人相談センターになにかを求めて電話をするという行動が起こります。わたしたちはせいぜいその波を受けとめるぐらいしかできないわけですが、外国語で対応できるところはそれほど多くないので、場合によってはいささか大仰かもしれませんが「最後の砦」になるかもしれません。相談業務がこんな要素を帯びているなんて、まったく思いもよらないことでした。そして、波は打ち寄せては収まり、そしてまた打ち寄せる・・・ときにさらに大きな波となって。

 一方で、こちら相談を受ける側のメンタルケアも肝要なことです。鬱症状と思しき人と長らく話をしていると、その人に心が「引っ張られる」こともあります。相談を受ける側がつぶれてしまっては元も子もありませんから、そこは適切な理解と対処で保たねばなりません。おかげさまで、この点でも少しは学びました。失敗も随分しましたけど・・・


とーます

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※相談の合い間にはコーヒーが欠かせません。ぼくのお気に入りのカップでありんす。

エルニーニョ

 MIAは本日1月4日より営業しております。さっそく、国に帰っている某国人から国際電話がかかってきて「電話料金をまだ払っていないが、日本に帰ってきたら電気が止められているなんてことはないか?」なんて「問い合わせ」が来ております。電気が止められるまでにはもう少し時間とプロセスがあったはず、なんて経験者みたいなこと言ったりなんかして。

 例年、正月休暇明けは寒さとの戦いです。1週間ほど人の出入りがなかった我が合同庁舎は会話のない夫婦が如く冷え切っております。外みたいに冷え切っている家(会話はかろうじて少しあります)に住んでいるぼくとしても気が重い一日なのですが、今年はエルニーニョのおかげかそんなに寒くありません。バナナで釘が打てません。この調子だと、今年の夏は連日40度越えするのでせうか。

 恐竜の時代のような「アツイ」時代が近づいているような気がします。まったくの妄想ですけど。


とーます

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※休み中はここに行きました。中山大観音(ぼくは中山で覚えていたが、どうやら仙台大観音と言うらしい)の胸の高さまでエレベータで上って108の仏様を拝みながら下に降りてくる。仙台は観光スポットがないと言われますが、ここに行ったらよろし。

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