2015年10月アーカイブ

みかんとチョコレート

 授業が始まる15分前にMIA日本語講座初級1のクラスを覗いてみました。既に受講生が数人来ていて、机の上にはみかんとチョコレートがありました。

とーます「みかんですね?Lさん?」
L「わたし、チョコレート」
B「わたしみかんもってきました」
と「みかんすきですか?」
B「すきです。にほんの、おいしいです。」
と「Bさんのくににもありますか?」
B「あります、でもすっぱい。にほんの、あまいです。」
L「にほんのおいしいです」
E「わたしもすきです」

 最近、日本語講座のクラス内ではこうした「おかし外交」がよく見られます。みんななかよしでいいですね。でも、おかしの食べ過ぎは気をつけて。みんな、若いからだいじょうぶかな。

 10月6日開講以来、間もなく1か月が経ちますが、こうして受講生のみなさんと少しずつお話しできるのがとても楽しく、うれしいです。

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※開講日当日、教室を飛び出してMIA事務所で「はじめまして」の実地練習をする初級1クラス。


とーます

けーさつです

「もしもし、けーさつです。どうしましたか?」
「わたしのいえにどろぼうがはいりました。」
「どろぼうがはいりました。おうちはどこですか?」
「せんだいしほにゃららくほにゃららまちです」
「わかりました、おなまえをおしえてください」
「なんのだれそーれです」
「だれそーれさんですね、これからそちらにいきます」
「よろしくおねがいします、ばいばい」

 今日の初級2クラスで電話を使った通報の練習です。「けーさつ」役がとーます、通報者役が学習者でした。

「電話は緊張しますよね。外国人の名前を電話で聞き取るのはほんとうに難しいのでゆっくり話してくださいね。それから、110や119に電話して、あまり『ばいばい』は言わないですね。」

 と、練習の後に「講評」を申し上げたところ、学習者がどっと笑い、さいごにみなさんに「ばいばい」とごあいさついただきましたとさ。おあとがよろしいようで。

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※写真はイメージです。意味不明ですけど。


とーます

とりあえず行ってみる

 先日、ベビーカーを押した女性がMIA事務所に現れました。聞けば、数日前にメールでお問い合わせをいただいていた方でした。ヨーロッパ某国ご出身の女性Aさん。

 1歳に満たない小さなお子さんを育てながら、でも日本語を勉強したいということで、日本語サポーターのお申し込みにわざわざいらっしゃいました。メールでも申し込みのフォームはお送りしていたのですが、どうやらプリントができなかったので直接来てみたということでした。

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 来日前に、スペインで日本人のおともだちに日本語を教えてもらっていたそうで、簡単なやりとりは日本語でできました。むずかる子どものベビーカーをゆすりながら申込用紙に記入して・・・

 「とりあえず行ってみる」精神とでも呼びたいAさんの行動。外国って思いもよらないことがいろいろあるので、メールや電話で用が済むとは限りません。行ってみることが結果的に無駄足になることも無きにしも非ずですが、動いてみて初めて分かることもあります。少なくとも合点がいくというか、納得できるように思います。でも、最近こういう行動が少なくなりましたかね。情報化社会の恩恵でありましょうが、こうして思えば便利の裏返しでいささか心もとない理解の上に立っているのかもしれません。


とーます
※私事で恐縮ですが(っておまえのブログはいつも私事果汁95%じゃまいか、というあなたの指摘は98%正しいです)、ぼくもイタリアで「とりあえず行ってみる」行動をさんざんやりました。街中で見かけた演奏会のポスターをめぐって詳しいことが知りたくて、ポスター内に書いてあることばを頼りにいろいろな人に尋ねまくり、最終的には大学の音楽室に辿り着きました。公園で行う野外演奏会の告知だということが分かるのに、半日ぐらいは費やしたでしょうか。そのせいか、ふだんは聞く前から忘れるほど健忘自慢の自分が、15年ぐらい前の野外演奏会をいまだに忘れていません。

重陽節


今年の10月21日は旧暦九月九日に当たり、中国では五節句のひとつ「重陽節」でした。

中国の古典「易経」では、九という数字を陽の数とし、九が二つ重なることで、「重陽」と名付けられました。

重陽節が過ぎると、秋が深まり、冷気が感じられるようになります。

この時期、人は情緒的になんとなく寂しくなりやすいのだそうです。


「なぜ?」

と思って、調べてみたところ、


「太陽の地球に降り注ぐ熱量が減少するから」

「紅葉や枯葉のせいだ」

「体感的な肌寒さと、心の寂しさ、孤独感は関係がある」

「太陽と生き物と周りの環境が寂しくさせるのです」


などなど


沢山の見解があるようです。

なるほど、と思わず頷いてしまいました。


重陽節といえば、最も有名な唐詩があります:


"独在异??异客,?逢佳?倍思?。

遥知兄弟登高?,遍插茱萸少一人"。


千年以上も昔の人も、現代の人も、季節の移り変わりに対し、感じるものは同じようですね。

秋になると、故郷が恋しく、離れた家族を思う気持ちが高まります。


さて、先月、私の関わる宮城華僑華人連合会は第一回仙台中秋明月祭を開催しました。

宮城県内に住む多くの華僑華人と日本の方々約150人がこのイベントに参加してくれました。

中国の歌、踊り、楽器演奏などのパフォーマンス、楽しい抽選会など盛り沢山の内容で、

皆さんの故郷、家族を思う気持ちはここで共有ができ、大いに楽しむことができました。


「来日10数年、こんなに賑やかで楽しい中秋節は初めてです。

久振りの月餅がとても美味しかった」といった感想も聞かれました。


子供たちも含めて参加者の多くは、早くも来年の中秋名月祭が待ち遠しいようです。

その時の様子を写真でご紹介します。


来年も沢山の方々のご参加をお待ちしています。


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(みやぎ外国人相談センター中国語相談員K.I)

秋の新鮮な風


こんにちは。

MIA外国人相談センターポルトガル語相談員の「はち」です。

今回はMIAブログに初めて投稿させていただきます。

(ちょっと緊張しますね!)


ブログを書くのは苦手ですけれども頑張りたいと思います。

宜しくお願いします。



今日はMIAの日本語講座に、

色々な出身の外国の方との会話練習のために参加させていただきました。


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初級クラスでしたので、生徒たちからこの質問をされました。


1.「おくにはどちらですか?」

2.「いつにほんへきましたか?」

3.「だれときましかた?」


そして、先生から付け加えで、


4.「にほんはどうですか?」



なぜか私はその質問にちょっと戸惑いました!

私は思わず、「とても安全な国です」と答えましたが、

生徒たちは疑問な表情で


「あんぜん???」



もっと他に簡単な表現を使えばよかったと思いながら、

先生の手助けがあって、

英語で「Safety」と答えていただきました。


今、反省しています。


私が日本語の初級クラスに通っていたときも、

「安全」という難しい言葉は理解できなかったはずです。(よね?)


日本語勉強を熱心に頑張っている外国の方の姿をみて、

何年前の自分を思い出しました。


今の自分には日本と日本語のことが当たり前のようになっていて、

日本語の感動が薄くなっていますが、

今日久しぶりに日本語講座の生徒たちから新鮮な風をあびて、

日本語の勉強は永遠に終わらないことを自覚しました。


たまには、原点に戻って、

日本語と日本の再発見をするのが大事ではないかと気付きました。

日本語講座の皆様に感謝いっぱいです。


どうも有難うございました!



はち

トリオフォンの使い方(交番編)

一昨日の夕方、「みやぎ外国人相談センター」に、県内のある交番から電話がかかってきました。

聞けば、
「道に迷ったA国の女性を保護していて、意思疎通に困っているので助けてほしい。」
とのことでした。

これまでも「みやぎ外国人相談センター」には警察から何度か言葉のSOSが寄せられたことがあるのですが、今回ちょっと困ったのは、A国の言葉は相談センターの対応言語ではないのです。

相談員もMIA職員も、A国語は簡単な挨拶以外は全くわかりません。

で、どうしたかと言いますと、とっておきの「奥の手」を使いました。

相談センターの電話は、「トリオフォン」のサービスが使えるようになっていて、同じ回線上で三人が一度に話せるようになっているのです。

交番の電話とつながっている状態で、同じ回線で「通訳サポーター」登録者のA国のBさんに急きょ電話し、事情を説明して、電話上で通訳をお願いすることにしました。

こうすれば、Bさんの個人情報が相手に伝わらずに電話上で話をしてもらうことができます。

交番の電話のほうには、警察官に代わってその女性に電話口に出てもらいます。

三者通話なので、私も二人のやり取りを聞いているのですが、もちろんチンプンカンプン。

とりあえず、必要な情報のやり取りをしてもらい、自宅まで帰るための段取りを整えて一件落着、トリオフォン終了となりました。

いやあ、Bさんが電話に出てくれて良かったです。
交番の方にもとても感謝されました。

トリオフォン、こんな使い方もできるのです。
なので、対応言語以外でも、何か困ったら「みやぎ外国人相談センター」に電話してみてください。

ただし、いつもいつもお役立てるかどうかはわかりません。

「その言語ができる通訳サポーターに運よく電話がつながった時に限る」というシビアな条件付きなので、そこは予めご了承願います。

(OZ)

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どうそうかい

 MIA日本語講座第2期、開講しました。ここのところ受講生の多国籍化傾向が続いておりまして、今期もその流れに変化はありません。初級に限っても受講生の出身国は9か国を数えます。東南アジア出身の方々がかつてなく多いのはなぜでせう?

 さてさて、MIA日本語講座には初級1、初級2、中級、漢字1、漢字2のクラスがありますが(それに夜間初級1と夜間初級2があります)、中級や漢字2のクラスを修了するといったん「卒業」となってしまいます。さらに上のクラスが欲しいという希望はこれまでも少なからずいただいておりますが、当協会の日本語講座は生活適応支援という位置づけから、どうしても日本語初級学習者が優先となってしまい、中級以上の学習者支援まで手が回らないというのが実情です。

 だからというわけではありませんが、中級を「卒業」され、更に学習をと意欲的な方には別の「学習機会」を提供してみてはどうだろうかという考え方がございます。例えば、小学校や中学校で外国籍の子どもをサポートする外国籍の子どもサポート事業。あるいは、宮城の子どもに自国の文化や生活を紹介する国際理解教育支援事業。いまは中級を卒業したばかりでご本人も心許ないかもしれませんが、現場でしか培えない力もございます。また、単に日本語能力の向上のみならず、こうした社会参画によって、様々な出会いがあったり、日本社会に対する新たな理解のきっかけになったりする可能性も秘めています。

 というわけで、「同窓会」をやってみようと思い立ちました。MIA日本語講座でともに学んだ方々にお集まりいただき、近況をお聞きしたり、いま一度MIAの活動をお知らせして関心ある方をリクルートしたり。お料理持ち寄り式のパーティにするので、それはそれは垂涎(よだれが滑りました)、もとい、賑やかで楽しい集いになるはず。来年の3月にとりあえず一度やってみます。そして、将来的には仙台七夕のころの恒例行事にしたいと担当は目論んでおります。

 さて、どうなりますことやら。

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※先月の閉講式終了後に初級1クラスメートと講師のみなさんで。


とーます

I went to Tokyo last week.

 枕に実話をおひとつ。インターネット上で見かけたある中学校の英語テストのおはなし。「以下の文を過去形に直しなさい」という問題のひとつが、"I live in Tokyo."で、ある中学生の答えが、"I live in Edo."だったとかなんとか。ぼくだったら5点のところ、2点ぐらいは差し上げたいな、ついでに動詞もlivedにすれば6点やるのにな。テストにも笑いを!いらないですか、ハイそうですね。

 てなわけで、先週は東京に行ってまいりました。「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」の説明をせよ!と自治体国際化協会より命を受けました由。実践介護塾に関しては、このブログ上であれこれ書いてきましたので、ご興味のある方は遡ってご一読あれ。パワーポイントを作るには作りましたが、全くのぶっつけ状態でしたので、言わんでもいいことを言い、受けるつもりで言ったことが素通りされ、アウェイというほどではないにせよよく存じ上げない方々複数を前におはなしするのはほんとうに難しいなあと刀折れ矢尽きた心持ちでございました。

 その日の夜は、東京の定宿でとっとと寝てしまいましたので、翌朝はあろうことかいつもよりさらに早い4時半過ぎに目が覚めてしまい、まさか東京でラジオ深夜便を聞くことになるとはとほほな思いでどっこいしょういちと起床して朝風呂を浴びたら、あろうことか6時前に空腹に耐えられなくなり、止む無く行動を開始しました。

 翌日も研修に参加するということで東京に泊まったのですが、二日目の研修は10時開始です。4時間もあります。あなたならどうしますか。ぼくは歩きます。知らない街を歩くのが好きです。というわけで定宿のある新宿で6時半には朝食を済ませ、そこから靖国通りを東に向かってすたこらさっさ。とってもいい天気で東京のお空もとっても青かった。防衛庁職員の出勤ラッシュとちょうどすれ違い、靖国神社で一休み。初めて行きましたけど、あの時間でも参拝する人は切れず、鳥居の前で深々とお辞儀する人々をぼんやりと眺めつづけました。そこから、南進。千鳥ヶ淵の戦没者墓苑をかすめ、半蔵門の研修場所へ。九段下、武道館、千鳥ヶ淵とくりゃ、爆風スランプですかねえ、大きなタマネギの下で。

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 調べてみたら6km以上歩いたようです。研修先では心地よい以上ぐったり未満の疲労を覚えつつ、夕方5時までたくさん勉強しました。ほんとは、そのまま上野の美術館に行こうかとも思っていたのですが、朝に歩きすぎてレッグがバー。まっつぐ帰途につきましたとさ。


とーます

「希望」Tシャツ

昨日、スティーブさんが宮城県国際経済・交流課の担当者から預かってきたという紙袋を持って出勤してくれました。

その中身は、ジャーン!!こちらでした↓

 

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先週、宮城県知事に表敬訪問した南加宮城県人会の米澤会長さんからのMIAへのおみやげだったのですが、袋のまま預かってきたステーブンさんが中身のTシャツを見てビックリ!しています?

その驚きの理由は、なんとこのTシャツに書かれている、「TANAKA FARM」は、スティーブさんのアーバイン市の実家から2キロのところにある農場だとのことでした。

2キロってすぐそこ!ですよね。

 

そして、スティーブさん、さすがは地元!!「この田中ファームは日系人の方の農場で、東日本大震災の復興支援のためにチャリティーをしているんです。」と説明してくださいました。

以前、米澤会長さんからも「WALK the FARM」というイベントを企画して、農園内を散策しながら、途中に設置されたテントで地元農家から寄附された新鮮な野菜やフルーツを試食しつつ、被災地支援募金を集めており、それに南加宮城県人会も出店しているというお話を伺っていました。この「希望」Tシャツを着て、みなさん被災地のために、活動してくださっているんですね。本当にありがたい。

理事長もスティーブさんの説明に大変感激しており、また「遠くから来るのに、こんなに重いの持ってきてくれて。」と米澤会長さんのお心遣いにも大変感激しておりました。

その他のおみやげは、今年のロサンゼルス七夕祭りの際のキャップとチョコレートに、ドライ?フルーツ。Tシャツも、お菓子もさすがは、アメリカサイズ。ロサンゼルス七夕まつりのキャップはミツバチのデザインが何とも可愛らしく、ちゃんと七夕の吹き流しも刺繍されていて、芸が細かい!!このキャップがほしいともうすでに希望者もおります。

 

みんなが「笑顔」になるおみやげありがとうございました。米澤会長さんからのおみやげでスティーブさんの出身地アーバイン市がぐーんと近くになった、(とーますさんがバタバタのなかでの)MIAのひとときでした。

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Sugar☆

 

日本語講座の開講と高校生

 全国3人のとーますファンのみなさま、おひさしぶりです。一週間の無沙汰をはたらきましたが、別段大病をしていたわけでも、布哇でヴァカーンスしていたわけでもなく、ただただ目の前のことどもにアワアワしていたら、一週間経っていただけのことでございます。

 昨日はMIA日本語講座第2期初級1と初級2クラスの開講でして、日本語講座担当とーますは受講生名簿を作ったり、開講式の看板を設置・掲示したり、お金を集めたり、お昼に何を食べようかと考えたりしてばたばたしていて、午前にそれが終わったと思ったら今度は午後から中級クラスの開講でして、また名簿を作ったり、お金を集めたり、晩御飯何食べようかと考えたりしてばたばたばたばたしておりました。

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※受講生への配布資料。英中韓比越露をそろえております。

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※「ともだち」の「友」という漢字は「手」と「手」をつなぐこと。というわけで、開講式恒例の「握手会」。MIA48の講師陣と受講生みんなが握手しました。

 ばたばた踊り2セットを終えて、さあ明日の朝は何を食べようかと考える暇もなく、今度は古川黎明高校ご一行様をお迎えして、国際理解講座「外国人と震災」の切り盛り。といっても、トイレの場所をお知らせしたり、あと残り5分ですとお伝えしたり、高校生から出てきた質問をゲストスピーカーに振ったり、明後日東京行ったら何食べようかと考えたり。

 高校生には、「災害時の外国人」=「(日本語が分からない)要援護者」という固定観念を相対化してもらうべく、そうじゃなかった外国人ゲストスピーカー5人から生の声を届けてもらいました。上記の図式、旅行者、来日間もない人など、たしかに日本語が分からなくて情報がつかめないということはありますし、東日本大震災のときもありました。ですが、それはあくまで日本にいる外国人の一部に過ぎません。何とかかとか自分で自分の身を守り、生活ができた外国人、そればかりか同胞や日本人を支援する側に回った外国人も少なからずいました。日本にいる外国人が云々と一口では言えない、外国人だっていろいろな人がいる、という至極当たり前のはなしをゲストスピーカを通じてお伝えできていれば本望です。

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※県国際交流員Sさんによる震災体験談。亡くなったALTテイラー・アンダーソンさんとはマンションの隣の部屋で親しくしていたとのこと。


 今朝。昨日開講した初級クラスの出席名簿を講師にお渡ししていたかも定かではなく、ぼんやりしていてコーヒーを床にぶちまかし、まあいつもの朝です。

 明日から先月に続き再び旧江戸でございます。「定住外国人とともに学ぶ実践介護塾」について報告せよとの命を受けました由。こちらのパワーポ・イントの準備も先週のアワアワの原料でした。明日も明後日もアワアワです。江戸の街をたっぷり徘徊、もとい歩いてこようと思います。


とーます
※MIA48は人数でも年齢でもありません。センターは永遠の25歳です。

腕白なスティーブ君

みなさん、Hello!

先日、機関紙「倶楽部MIA」の巻頭インタビューのためにMIAのMさんと話しました。

1時間半ぐらい私の少年時代の思い出、家族、学歴、地元などについて語りました。日本に興味を持った理由や職歴や東日本大震災の経験についても、もちろん述べました。あっという間の90分でした。

カジュアルなインタビューだったので、事務所にいた他のMIAスタッフの全員も聞いたり話したりしました。面白い話もあったので、何回も笑い出しました。

新しい単語も覚えました!腕白なスティーブ君の大人バージョンの私は何となく「腕白(わんぱく)」という言葉が分からなかったです。「腕白」の英語は "naughty" (ナーティー)だそうです。何回も "Don't be naughty!" と言われたことがあります。勉強になりました。みんな笑っていました。

本音を出して話しましたが、面白い巻頭インタビュー記事になるかな。

地元のアーバイン市を少し批判しましたけど、愛しい所だから大丈夫ですね。若者はアーバインがつまらないと思っているけど、本当に素晴らしい町です。

2011年の春の生活をよく思い出した。やっぱり辛い事があったのに、その時に宮城県が本当に大好きになったから、ちょっとだけ懐かしかったです。

もし倶楽部MIAで読んで、質問かコメントがあれば、MIAに連絡してください。
よろしくね!

(「倶楽部MIA」次号は11月下旬に発行予定です。)

Steve

I was interviewed by MIA today for my upcoming profile on the front of Club MIA! I sat down with Mrs. Minegishi and talked about my childhood, family, education, hometown, hobbies, exposure to Japan, my job, and my experiences in the 2011 disaster.

Time flew by as we chatted casually about my history, and everyone in the office joined in the conversation. We laughed a lot, and I learned some new words, for example, "Wanpaku", or "naughty" like me when I was a little kid.

I hope I gave enough information for an interesting profile, and I hope I wasn't too hard on my hometown for being a quiet, uneventful place. Irvine is a great city, and I loved growing up there, but it was boring for teenagers.

I was looking forward to the interview and my profile, so I will be happy to see it on an upcoming issue of Club MIA.

If I spark your curiosity, call us up at MIA and come on by.

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