こぼれ話とこぼれた話

 先日、せんだい豊齢学園に行ってまいりました(告知ブログはこちら)。

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 豊齢学園の受講生120名ほどのみなさまに、「宮城県の国際化の現状」をちょちょいとお話しし、続いてカザフスタンのBさん、ルーマニアのFさんのおはなしの引き出し役、というよりは邪魔張り役をやってまいりました。

 ルーマニアのFさんには、敢えて「喪主の妻」体験を語っていただきました。日本人にとって当たり前すぎる葬送の儀式ひとつひとつが、外国人にとってはとんでもなかったりします。死に水をとること、ご遺体に死に装束を着せること、ご遺体が安置されている脇で通夜ぶるまいの食事をあろうことか談笑しながら行うこと、火葬した骨を箸で拾うこと・・・「怖かった」を連発しながら当時の体験をFさんに語っていただきましたが、カザフスタンのBさんが、〆の一言。

「わたし、日本では死にたくない。国に帰って死にたいわ。」

 豊齢学園のみなさんは何を思われたでしょうか?ほんとうであれば、ゆっくりみなさまのご感想をお聞きしたかったです。

 登壇前と登壇後は控室で打ち合わせと称した雑談に打ち興じた訳ですが、例によってそれがとても面白いです。Bさん曰く、

「最近、カザフスタンでも若者の一部がイスラム系過激派組織に流れていくことが社会問題になっていて、政府が躍起になって対策を行っているの。」
「つい昨日まで中国に行ってきたんだけど、中国も日本と同じぐらいさっぱり英語ができないのね。レストランでとらぶっちゃって・・・」
「近所づきあいがあまりなくてちょっと残念・・・って、わたし最近すごおく日本的になってきた気がする。」

 一方のFさんは、近所のおばあちゃんと仲良くなって、家庭菜園の野菜を分けてもらったりしているんですって。外国のお嫁さんとふつうの近所づきあい、いいですね。

 Bさん、Fさん、ありがとうございました。またお話聞かせてくださいね。

 豊齢学園のみなさま、ありがとうございました。もしよかったら、また来年も呼んでくださいね。「司会者交代!?」そのときはかばん持ちで伺います。


とーます
※ルーマニアの紹介を聞いていて、ハンマー投げの室伏選手のお母さんがルーマニア人だと知りました。へえ。
※コマネチの紹介で、Fさんはさすがにビートたけしには触れませんでした。いまの若い方は、コマネチさんご本人のことをよくご存知ないでしょうね。

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このページは、MIAが2015年6月24日 15:56に書いたブログ記事です。

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