藁人形と記念写真、或いは葬式談義

 震災以降、年に何度か気仙沼に出張しています。理由はこちらのブログにも書いたので割愛。1月26日も例によって日帰り弾丸ツアーをしてまいりました。MIA観光のステップワゴン号(ドライバー兼車掌兼遣い走り、とーます)にはイタリア人、インドネシア人、ネパール人、ヨルダン人、ルーマニア人の5人にご乗車いただきました。毎度ありがとうございます。

 この気仙沼出張はいつもとても楽しいです。片道2時間半たっぷりかかりますが、その間ほぼ話が途切れません。毎回毎回、実にたくさん面白い話を聞くことになります。また、こんなに日本生活が長かった外国人もこんなことは知らなかったんだなという気付きをたくさんもらいます。そんじょそこらでは得られない経験を年に数度もできるのですから、とーますシヤワセ。なむー。

 どこでどう話がねじれたのか、日本の葬式のお話になりました。ルーマニアのFさんは、夫(日本人)の母が先月亡くなり、喪主の妻として一部始終を体験したそうです。すかさず質問しました。

「意味が分からなかったこと、怖かったことはありますか?」

「いくつもありました。」

Fさんのギアがトップに入りました。

「まず、あれ。亡くなったばかりの人の口に水を・・・」

死に水という儀式ですね。つい先日、かわら版(数日でデータをアップできます)の原稿を書いたばかりなので、ついつい知ったかぶりをしてしまいます。

この話にネパールのAさんとインドネシアのAさんが食いつきました。因みに、ネパールにも死に水のような風習があるようです。もひとつ因みに、インドネシアAさんは神葬祭を研究しているのだそうでして・・・「しんそーさい」と聞いて、「アベさんの次の人?」って一瞬でも思ったとーますはあふぉでした。神道式のお葬式。我が田舎はばりばりの仏式しかなかったので未知との遭遇をインドネシアの方にもたらしていただきました。

「それから、燃やす前に(ええと、火葬のことですね・・・)、服を着替えるじゃないですか(ええと、それは死に装束のことですかね・・・)、あれもすごく怖かった。」

1か月前のことを思い出してFさんが座る助手席が熱を帯びていました。2列目シートのダブルAも身を乗り出し四つの頭がだいぶ接近していました。

「あとは、骨!(火葬後のお骨拾いですね・・・)箸で拾うでしょ。あれ、夫に絶対いやだって言ったの、怖いから。だけど、絶対拾いなさいと言われてしかたなく・・・」

「でもね、親戚の人たちが夜にお酒飲むじゃない。ひとりすごく面白いおじさんがいて、とっても面白かったの。方言がひどくて、ほとんど何言ってるのか分からなかったんだけど・・・」

ネパールは昔、人が亡くなったらそれが夜中であろうとすぐに火葬の用意をして2時間後ぐらいには火葬をしていた(日本では法律で24時間以内に火葬はできないことになっていますよ!へえ)とか、インドネシアにも公営の火葬場はあります、イスラム以外の例えば中国人などはそこで火葬されています、とか、興味深い話がオンパレードでした。

ある外国人が以前つぶやいていたことを思い出します。

「結婚式はまあ間違っても笑ってすまされるけれど、お葬式はそうはいかないと思うから、ぜひ勉強したい。」

ほんとうにそうだと思います。以前、お焼香を見よう見まねでやろうとして後方からしばし観察したのち、ひとつまみアレ(抹香というのですね、メモメモ)を食べちゃったといった、ドリフのコントも真っ青な笑えない実話もございます。因みに、インドネシアのAさんはある仏式のお葬式に参列したときに、お焼香は宗教上の理由でしなかったと言っていました。

道中2時間半のうち、2時間ぐらいはtheお葬式な車中。そしたら、路傍に巨大なオブジェが・・・

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登米市東和町の「米川の水かぶり」をPRする巨大藁人形。

これだって相当怖い代物ですが、Fさん大喜びで記念撮影。女子は分からん。

いやあ、気仙沼出張は楽し。

とーます

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このページは、MIAが2015年1月28日 18:25に書いたブログ記事です。

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