2015年1月アーカイブ

お久しぶりです。

えむです。

今日は、私の担当事業をご紹介します。

 

2月4日(水)に、今年度最後の

MIAニューカマーのための生活適応支援プログラム」があります。

テーマは、「交通安全」。

最近、宮城に来られた外国籍の皆さんが参加されます。

 

何をやるかというと...

車とかバイクの運転で注意することなど、

基本的な日本の交通ルールについて勉強します。

ディスカッションもします。

「自分の国と日本の交通ルールはどんなふうに違うのか」

「日本に来て困ったこと、びっくりしたこと」

こんなテーマで、みんなでお話しします。

いろんなお話が聞けそうです。   

 

さて、このプログラムに合わせて、

青葉区役所から反射材をいただきました。

バッグなどに付けられるタイプで、

全部で4種類。

動物がモチーフです。

暗いところで光るのですが、

明るいところで見てもかわいい感じ。

 

 

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参加者に配るために用意をしていて、気付きました。

すべて、だじゃれになってました。

カエル→ぶじカエル ネコ→じこにあわニャい とか...

 

当日は、英、中、韓、インドネシア、ベトナムの

5か国語の通訳の方も来て下さいます。

皆さん、このだじゃれ、どうやって訳されるのでしょうか。

ちょっと楽しみにしています。

 

えむ

 

 今年3月14日から仙台市で開催される「国連防災世界会議」において、当協会もシンポジウムを行います。

◆シンポジウム『3.11被災地に暮らす外国人住民の声』

 宮城県には震災当時、約1万6千人の外国人が暮らしていました。日本に暮らす外国人は言葉の壁や文化、習慣の違いから「災害弱者」とされ、常に「要支援者」としてとらえられがちですが、果たして実際はどうだったのでしょうか。今回我々のシンポジウムでは、宮城県、特に津波被災地に在住していた外国出身者に登壇いただき、被災後どんな活動を行ってきたか、日本人とは異なる外国出身者としての震災に対する視点や問題意識、さらには今後についての提言などをたっぷりお話しいただきます。

日時:2015年3月14日(土) 10:00-11:45(9:30受付)
場所:東京エレクトロンホール宮城401中会議室
入場:無料(定員100名、申込不要)

内容:被災地に暮らす外国出身者によるパネルディスカッション
   震災後のMIAの在住外国人支援活動

登壇:J・F・モリス氏(多賀城在住オーストラリア出身者)
   リチャード・ハルバーシュタッド氏(石巻在住イギリス出身者)
   紺野クリスティーナ氏(気仙沼在住フィリピン出身者)
   梶原美佳氏(石巻在住韓国出身者)
   小関一絵氏(仙台市泉区在住中国出身者)

その他:英語の逐次通訳が付きます。

主催・問合せ:宮城県国際化協会
Tel:022-275-3796
Email:mail@mia-miyagi.jp

 年度末のお忙しい時期かと思いますが、みなさまと会場でお会いできることを楽しみにしております。

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とーます
※本日はギャグなし。なんだがいずい。


 震災以降、年に何度か気仙沼に出張しています。理由はこちらのブログにも書いたので割愛。1月26日も例によって日帰り弾丸ツアーをしてまいりました。MIA観光のステップワゴン号(ドライバー兼車掌兼遣い走り、とーます)にはイタリア人、インドネシア人、ネパール人、ヨルダン人、ルーマニア人の5人にご乗車いただきました。毎度ありがとうございます。

 この気仙沼出張はいつもとても楽しいです。片道2時間半たっぷりかかりますが、その間ほぼ話が途切れません。毎回毎回、実にたくさん面白い話を聞くことになります。また、こんなに日本生活が長かった外国人もこんなことは知らなかったんだなという気付きをたくさんもらいます。そんじょそこらでは得られない経験を年に数度もできるのですから、とーますシヤワセ。なむー。

 どこでどう話がねじれたのか、日本の葬式のお話になりました。ルーマニアのFさんは、夫(日本人)の母が先月亡くなり、喪主の妻として一部始終を体験したそうです。すかさず質問しました。

「意味が分からなかったこと、怖かったことはありますか?」

「いくつもありました。」

Fさんのギアがトップに入りました。

「まず、あれ。亡くなったばかりの人の口に水を・・・」

死に水という儀式ですね。つい先日、かわら版(数日でデータをアップできます)の原稿を書いたばかりなので、ついつい知ったかぶりをしてしまいます。

この話にネパールのAさんとインドネシアのAさんが食いつきました。因みに、ネパールにも死に水のような風習があるようです。もひとつ因みに、インドネシアAさんは神葬祭を研究しているのだそうでして・・・「しんそーさい」と聞いて、「アベさんの次の人?」って一瞬でも思ったとーますはあふぉでした。神道式のお葬式。我が田舎はばりばりの仏式しかなかったので未知との遭遇をインドネシアの方にもたらしていただきました。

「それから、燃やす前に(ええと、火葬のことですね・・・)、服を着替えるじゃないですか(ええと、それは死に装束のことですかね・・・)、あれもすごく怖かった。」

1か月前のことを思い出してFさんが座る助手席が熱を帯びていました。2列目シートのダブルAも身を乗り出し四つの頭がだいぶ接近していました。

「あとは、骨!(火葬後のお骨拾いですね・・・)箸で拾うでしょ。あれ、夫に絶対いやだって言ったの、怖いから。だけど、絶対拾いなさいと言われてしかたなく・・・」

「でもね、親戚の人たちが夜にお酒飲むじゃない。ひとりすごく面白いおじさんがいて、とっても面白かったの。方言がひどくて、ほとんど何言ってるのか分からなかったんだけど・・・」

ネパールは昔、人が亡くなったらそれが夜中であろうとすぐに火葬の用意をして2時間後ぐらいには火葬をしていた(日本では法律で24時間以内に火葬はできないことになっていますよ!へえ)とか、インドネシアにも公営の火葬場はあります、イスラム以外の例えば中国人などはそこで火葬されています、とか、興味深い話がオンパレードでした。

ある外国人が以前つぶやいていたことを思い出します。

「結婚式はまあ間違っても笑ってすまされるけれど、お葬式はそうはいかないと思うから、ぜひ勉強したい。」

ほんとうにそうだと思います。以前、お焼香を見よう見まねでやろうとして後方からしばし観察したのち、ひとつまみアレ(抹香というのですね、メモメモ)を食べちゃったといった、ドリフのコントも真っ青な笑えない実話もございます。因みに、インドネシアのAさんはある仏式のお葬式に参列したときに、お焼香は宗教上の理由でしなかったと言っていました。

道中2時間半のうち、2時間ぐらいはtheお葬式な車中。そしたら、路傍に巨大なオブジェが・・・

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登米市東和町の「米川の水かぶり」をPRする巨大藁人形。

これだって相当怖い代物ですが、Fさん大喜びで記念撮影。女子は分からん。

いやあ、気仙沼出張は楽し。

とーます

いわぬま

 私事で恐縮ですが、っていつもいつもとーますが書くブログは私事ばかりじゃないかと我ながら思うのはそれとして、今世紀初頭の数年間岩沼市に住んでおりました。ですので、少しだけ土地勘があります。しかしながら、震災後に岩沼の街にも少なからぬ変化があり、知らない道、知らない建物、見覚えのない風景もございましたことよ。

 1月24日(土)快晴。外国人のためのストレスケア教室最終回、岩沼編。全7回、大崎市のときにちょっと雪が降ったぐらいであとはおおむね快晴。ホームで弱い大崎市民の担当者とーます。ともあれまずは、腹ごしらえ。I講師が「岩沼に古民家でやっている蕎麦屋さんがあるらしい」と言うので、調べてみました。ここですね。

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山形そばのお店、萬乃助。内装にも雰囲気がありました、もちろん蕎麦も美味しゅうございました。このプログラムはまず食べることから始まります、いつも。良き哉。

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 まだ会場入りするのが少し早かったので竹駒神社にお参り。あたしゃアトヤクらしいです。道理で、アトヤク初日に指をやっちゃうわけです。初日でアトヤク終了!ってことにしてほしいな。

 今回の会場はホテル原田。老舗でございます。板張りの廊下がいい味を出しておりました。そして、我が会場受付机隣に安置されておりました鉢置きの見事な籐編み。
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あれ、自分太ったな。キリンの引き立て役みたいじゃないか、これじゃ。いかんいかん。以前のようにキリンより細くなるぞ。いや、以前のようにキリンより背が大きくなるぞ。

 今回参加は20名。韓国人が最も多くて7名、ほかに中国、カナダ、タイ、フィリピン出身者にご参加いただきました。来るはずだった人が何人か来ず、ちょっとばたばたしました。

 でもでも、そんなことより担当とーますは最後の最後にして大呆けこきました。参加者に配るストレスリリーサー、ストレスチェッカーを忘れたのです。会場に着いて準備をしているときになってようやく思い出しました。ですから、来年度は介護について勉強会を行う予定です(接続詞の使い方以外は事実です)。これまでは、せいぜい会場のマイクを持って帰ってきてしまう程度、って充分重篤だな。やはり来年度は介護についての勉強会を!

 会場から出てきたお話で特に印象に残っているのは、韓国チームから出てきた話。

「昨今の日韓関係のせいか、日本においては韓国人に対する風当たりが強い。だから、あまりそうとは知られないように外に出るようにしている。これは相当なストレスだ。」

国は人なり、しかるに人は国ならず。そんなことを思いましたですよ、呆けとーますは。

 夕日を浴びながらの帰路。全7回が終わった達成感に浸るI講師とは対照的に、数々の呆けに感傷を掻き消され、今後の対応に鈍い頭を巡らせる担当とーます。まあ、アトヤクだから。

 担当が呆けていようといまいと、こうして全7回が終了しました。30日には、「ふりかえりの会」を開催し、このプログラムの意義、課題、今後のあり方等について関係各位からご意見を賜ろうと思います。

 改めましてご参加いただいたみなさま、ご協力いただいたみなさま、講師のIさまに感謝を申し上げます。ぺこり。

とーます

 

漢字学習、どんな感じでしたか?

先日このブログでもお知らせした、MIA日本語講座講師陣が中心になって作成した『どんどんつながる漢字練習帳』ですが、22日に発売となりました。

MIAも早速注文したところ、「入荷まで2週間待ち」とのことでした。

一足先に先生方にご献本いただいた本を手にとりつつ、外国人スタッフ2名に、それぞれの、今は昔の「漢字学習体験談」を聞いてみました。

ブラジル人相談員のVさん:
「夫から『これを読みなさい』と指定された新聞のコラムを、毎日一つずつ辞書をひきながら読んでいって、使われている漢字を覚えました」

(おお、夫唱婦随の漢字学習ですか。)

韓国人スタッフの34:
「学校でとんでもない量の単語テストをするから、とにかく機械的に書いて覚えました」

(あらら、それはちょっとツラいかも。)

二人が「学習者」だった頃に『どんどんつながる漢字練習帳』があったら、もっと効率良く、そして楽しく漢字を身に付けることが出来たかもしれないですね。

 
著者のお一人の鈴木英子さんが講師を務める、「外国人の子ども・サポートの会」の研修会が、来る2月8日に仙台市内で開催されます。

詳しくは、チラシをご覧ください。(クリックするとPDFファイルが開きます)
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先ほど、主催者の方から「既に40人程から申し込みがある」と伺いました。

今月末が申込期限となっていますので、ご関心のある方はぜひお申込みを。

 (OZ)

 

 

いざ岩沼

 外国人のためのストレスケア教室、昨年10月25日の気仙沼を皮切りに県内各所を回って美味しいものを食べてきました・・・んでなくて、多くの方々のお話を伺ってまいりましたが、本日の岩沼編が全7回の最終回。毎回土日の出仕事ですが、そして何らかのハプニング、トラブルが毎回勃発しておりましたが、楽しいが断然勝るおしごと。担当ばかりが楽しいと思っているのでなければ、いいのですが。

 いざ岩沼。美味いおそばを食べて(結局いやすっこぱーく・・・)、会場へ行きませう。今日はどんな良き出会いがあるかしらん?

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最近、外国人観光客に大人気らしい蔵王キツネ村。ブログ内容とは全然関係ないです。


とーます

しょっぱいお茶

 先日、中国内モンゴル自治区ご出身でMIA外国人支援通訳サポーターとしてご協力いただいているTさんからおみやげを頂戴しました。

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「奶茶」という字が見えますか。奶はミルクの意味ですから、日本語訳としてはミルクティーということになりますかね。

 個装になっており、袋の中身を全部カップに入れて、お湯を注いでかき混ぜるだけ。

 おお・・・しょっぱい。

 「ミルクティー」=甘い、という固定観念がありましたね。午後の紅〇みたいなのだと思ったら、大間違い。トウモロコシの粉も入っていて、なんだかコーンスープみたいな風味さえ感じます。

 そういや、チベット族が飲むバター茶も、塩がたくさん入っていました。飲み物ひとつとっても気候風土歴史文化などによるさまざまな変遷とそれを経た現在がありますからね。

 日本人がライスプディングを受け付けない(米が甘いなんて信じられない!)とか、ブラジル人があんこを受け付けない(豆が甘いなんて信じられない!)とか、いろんな話を思い出しました。

 ところで、昨日、「MIA日本語サポータービギナー研修会」がありました。日本語初級学習者の誤用例として、「今日は遠くの山がまる見えです」というのが紹介されました。「まる見え」を辞書で引くと「よく見えること」とあります。学習者からしたら「どこが違うの?」てなもんです。

 辞書の限界というより、ことばというものはそういうものだと思った方が良いです。だから、ミルクティを甘いと思う勿れ。えっ、そういう話・・・?


とーます
※ぼくはこういうこともあって、中国語で罵り言葉は吐かないことにしています。日本語では・・・ううん、ノーコメント。いやん、ばかん。

ボランティアの活動場所

「M町のYです。おひさしぶりです。」

と、MIA日本語サポーターYさんから電話がありました。Yさんには近隣にお住まいのベトナム女性のサポートをしていただいています。かれこれ5,6年になろうかと思います。Yさんのように長年にわたって学習者に寄り添い、サポートをしていただいているのはほんとうにありがたいことです。

「いま、サポートで利用している〇〇センターのことなんですけど・・・」

ちょっと歯切れが悪かったYさん。これまで利用してきた施設のスタッフから、「公的施設の利用はあくまで団体様向けであり、個人活動は認められない。」と暗に利用を許可しないというおはなしがあり、どうすればいいでしょうかというご相談でした。

直ぐにその施設に電話をして事情を説明しました。MIA日本語サポーター登録紹介制度に基づいた活動なので、決してYさんの個人活動ではなく、その辺りを勘案してもらえませんか?とお話したら、あっさりOKサインをいただきました。

仙台市中心部ですと、エルソーラ仙台、エルパーク仙台、仙台市市民活動サポートセンターそしてMIAといったフリーで利用できる公的施設がいろいろあり、施設によっては土日も平日の夜も利用できるので、とっても便利です。ですが、それ以外の地域ではこういった施設はまずありません。

すっかり気心が知れれば、学習者またはサポーターの自宅でということもできるでしょうが、最初から自宅に招く、或いはお相手の自宅に招かれるというのは不安なことのようです。そりゃそうです。しかし、かといって都合のいい時間に気軽に利用できる施設もなかなかないものですから、大型スーパーマーケットのフードコート、ファミリーレストラン、ファストフード店、喫茶店などを利用することもあります。日本語サポーターの活動は原則無報酬ですが、これだと毎回飲み物代がかかってしまいます。

町によっては、公民館や図書館に趣旨を説明して、施設利用を許可していただく場合もあるのですが、それも施設の方のご判断や施設の構造などに拠ります。サポート活動はどうしても話すことが必要になってきますので、図書館などは他の利用者の迷惑になるということもあります。

さはさりながら、先方のお考えや施設の構造について伺いつつ、こちらのことを知っていただくいい機会と思ってお話しています。間もなく30周年を迎えるのですが、まだまだご存じない方も少なくありませんからね。MIAの活動を知っていただく、というよりは、在住外国人の現状やそういった方々を支援するボランティア活動を知っていただく機会になれば御の字です。

ある大学の先生が、在住外国人支援は浅く、広くがいいというお話をされています。特定の支援者だけがしゃかりきに支援するよりも、少しずつでいいからより多くの人が関わった方が広がりが持てるということでした。「外国人ムラ」にならないようにということですかね。

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※写真はイメージ、でさえありません。お行儀の悪い山羊。


とーます
※「御の字」「しゃかりき」、語源を追うと面白いですねえ。

そんな先のこと

 こないだ、ひょんなことからブータン料理を食べる機会があり、その予習というわけでもないのですが、ブータンについての本を読みました。ブータン、これでいいのだ(※)。書中にブータン人は予定が決められないというくだりがありました。ブータンの政府機関で働いている人たちでさえ、一週間先、一ヶ月先の予定を入れるということができず、忘れられたり、すっぽかされたりする。だから例えば役所内でミーティングをやろうと思ったら、「あ、今日はみんないるな」というところを見計らって、それぞれに声をかけてその場でアレンジする、そんなエピソードでした。予定表に嬉々として書き込む日本人とだいぶ異なる習性があるみたいです。

 ストレスケア教室もついに24日の岩沼会場をもちましてダルタン人?ダッタン人、だんだだん、だいだんえん、正解はどれ?24日をもちまして「大団円」を迎えます。現在、最終回の岩沼会場の参加者集めに非文字通り、奔走しています。体力ないから走れません。ひたすら電話です。

 ストレスケア教室が始動した昨年の秋口、関係機関やキーパーソンに一斉にチラシをお送りしました。だけど、送りっぱなしはいけませんね。ぱなしはだめです。ぱなしのままだと、「まだまだ先のことだし」と机の横に追いやられ、その上にほかのものがあれこれ積まれていって、いつしか忘却のあなたソナタ彼方。

 そりゃそうです。いま急に「あのね、今年の5月30日だけど、空いてる?」と訊かれ、即答できる人がいようものか、否、いるはずがない。

 大会社の重役さまならいざ知らず、我々市井の人はせいぜい1週間先、1ヶ月先ぐらいまでですよね。送るのを忘れそうだという自分の健忘にかこつけて、かなり早いタイミングで送信してしまいました。そして、そのままぱなしだもの、おい自分。

 一方で、今日みたいな直前の電話攻撃の果実とも言うべきが、このプログラムで初めて知り合った方々。知らない人にどうやって電話したの?ごもっともな疑問です。私たちが連絡をとるのはあくまで日頃お世話になっている地域の日本語教室の方や外国人のコミュニティリーダーたち。その方々に地域でお声掛けしてもらった結果、私たちがこれまでお会いしたことがなかった「ないすとぅみーちゅー」な出会いがあるということです。中には、今後通訳サポーターなどで即戦力としてご協力いただけそうな方もたくさんいました。また、MIAの存在を新たに知っていただき、今後知人にも積極的にお知らせいただけるという広報面でも少なからぬ波及効果がありました。

 やはり現場ですね。また電話に戻ります。

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おまけ)日本語講座講師Sさんから頂いたベトナムみやげ。ローストの強いコーヒーの香りと甘さ控え目じゃない東南アジアのインスタントコーヒーでした。美味いです。


とーます
※「ブータン、これでいいのだ」作者御手洗瑞子さんは、現在気仙沼ニッティングという会社でご活躍ですが、元をたどれば、御手洗さんがブータン滞在中に復興支援をしている糸井重里さんとツイッターを通じて繋がったのがご縁で、いまに至るということらしいっす。縁というものは不思議なものです。

※ブータン料理において唐辛子は野菜でして、調理した唐辛子をバリバリと食べます。ぼくが食べたのは唐辛子とジャガイモとチーズを炒め煮したもの。美味しかったです。満足の辛さでした。

※いまは「ブータンに魅せられて」を読んでいますが、こちらも興味深いです、とっても。ひと昔前のブータンがよく分かります。

※福井県は「日本のブータン」と称されることがあるようですね。都道府県別で最も幸福度が高いのだとか。ブータンと交流も行っているようです。福井県庁のニュースより

「どんどんつながる漢字練習帳」

MIA日本語講座の講師陣が中心になって作ったテキストが、またまた出版されます!

執筆メンバーの鈴木英子さんと佐藤紀生さんが、発売前の貴重な本を持って報告に来てくれました。

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書名は『どんどんつながる漢字練習帳 初級』

前回の『使って覚える楽しい漢字』は、MIAが家内制手工業的にお手伝いをして発行したものですが、今回は大手出版社「アルク」からの堂々の全国販売です。

前書と異なり初級学習者を主な対象としていて、大きな特徴は、漢字を難易度や使用場面などで分類しているのではなく、同じパーツを持つ漢字を仲間として「つなげて」提示していることです。

例えば「目」というパーツをもとに、「見、覚、親、相」といった漢字を一緒にまとめて覚えてしまうのです。これまでの教科書にはないアプローチですね。

それぞれのパーツや漢字の意味がイメージしやすいよう、イラストと5言語での説明もついています。

こんな感じです。
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手に取ったタガログ語のM相談員からも、
「今まで、買っても使わなくなった本はたくさんあるけれど、これは違う!わかりやすい!」
と「いいね!」コメントをもらいました。

MIAとしては、単に打合せの場所をお貸ししていただけなのですが、奥付にはバッチリ名前を出してもらって、恐縮至極、感謝感激です。
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書店に並ぶのは1月22日とのこと。

『使って覚える楽しい漢字』に続いて、「漢字を楽しく学んでほしい!」という、鈴木さんを初めとした著者の思いがギュギュっと詰まったこの本を、是非たくさんの学習者・支援者に活用してもらいたいです。


<おまけ情報>
福井県国際交流協会主催で、鈴木英子さんを講師とした研修会が開催されます。

その広報用のチラシはこちら。(同協会のサイトからのダウンロード)
 >>「日本語ボランティア養成講座専門講座」(PDF)

MIAのことをご存知の方は、これを見て「あっ!」と思ったことでしょう。

そうです。MIAの専務理事と次長もPRに一役買わせていただいているのです(笑)。


(OZ)

 

会いたいけど

 昨日は角田で「ストレスケア教室」でした。

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 中国、フィリピン、イラン、ペルーのご出身のみなさまと支援者の方々にお集まりいただきました。和やかな良い集まりでした。

 会の始まりのときにアイスブレイクのため、参加者ひとりひとりに「最近ちょっとうれしかったこと」をお話しいただいています。

 ある参加者が、それもひとりだけではなく、数人が、

「今日がうれしい。久しぶりに友人に会えたから。普段は電話だけ。なかなか忙しくて会えないもの。」

と異口同音に仰っていました。

 今回のこの「ストレスケア教室」、事業担当者としては集客のプレッシャーがけっこうなストレッサーになっているのが皮肉なところですけど、地域のキーパーソンと連絡を取り合っていて、だんだんと分かってきたことがあります。県内在住の外国出身者のみなさんがとても忙しくしていらっしゃるということ。家庭のこと、自身の仕事のこと、地域の活動のことなどなど、それぞれ地域でしっかりと根を張った活動をされている。これはとてもいいことですよねえ。外国人同士の横のつながりはあまりなかったとしても、地域のコミュニティの中ではしっかりと役目を果たされている。日本人とか外国人とかいう垣根がなく、普通に社会生活を送られている、そういう感があります。

 勿論、さらにおはなしを聞けば、周囲の偏見に苦しんでいたり、母国ほどの社会参画ができなかったり、滞日歴が長くなってもなお解消されない言語のストレスがあったり、といろいろあるわけですが。

 「会いたい」が実現できて、喜んでいるみなさんの笑顔が見られて、こちらもとてもうれしいです。

 
とーます
女になれるんなら、ぼくは高い声で沢田知可子の「会いたい」を熱唱したいな。中年おのこがオクターブ下で歌ってもねえ・・・好きな歌はなぜか女性の歌ばかりのとーますでございました。

 

高校生、外国人に震災を聞く

 来週月曜日の12日に、わたくし成人式でして、って2回目も過ぎとるやんという全国津々浦々からのつっこみが脳内にコダマするようですけど・・・もとい、12日に角田市で「ストレスケア教室」があって、そちらの最後の準備稼業があれこれあるんですけど、それよりこっちのことをすなるものなりけり。

 昨年末に古川黎明高校の学生さんから問い合わせがありました。総合の時間で「防災と国際」というテーマで調査・研究をしていて、震災を経験した外国人にお話を聞きたいといった内容でした。というか、最初は外国人にアンケートを取りたいということだったのですが、個人情報の問題、多言語対応の問題等々アンケートは敷居が高いから、経験値あふれる外国出身者を紹介するからインタビューしませんか?とこちらがご提案したのが真相です。

 先月初めだったかな、黎明高生先発隊2名がいらっしゃり、当協会の中国語相談員Kさんにインタビューしました。そのあとに、別グループ2名が本来であれば年末に同ポルトガル語相談員Vさんにインタビューする予定だったのですが、Vさんが体調不良でキャンセルとなり、年明けに仕切り直しすることにしましたら、昨日、

「とーますさん、わたしインフルエンザです。」
と、Vさんからお電話。お大事にとお伝えするのと同時に、高校生を2回振るのも忍びなく、代案を考えました。

 昨日のブログ、「でんわでんわ」があるじゃないか。「明日から漢字クラスが始まりますよ」という電話攻撃に続けて、「実はお願いがあるんですが・・・」と切り出し、結果数人の協力を得られることとなりにけり。

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※古川黎明高Uさん、Cさん。ベトナムのHさん、韓国のPさんとKさん。

 こうして漢字クラスが終わった午後3時から、教室はインタビュー会場となり、3人の外国人のお話を伺いました。ぼくは、高校生に任せて立ち去ろうと思っていたのですが、興味が勝り、居残って司会みたいなおじゃまをはりました。

 いやあ、数々のエピソードに驚きました。

 ベトナムのHさん。震災の翌週にはベトナムに帰国されたとのことでしたが、自宅から仙台駅のバス乗り場に向かう際にタクシーが捕まえられず困っていたところに新聞配達の人が通りかかり、状況をお話したら、その人が手配してくれて駅前まで車で送ってくださったとのこと。Hさんの夫がお礼のお金を渡そうとしても決して受け取ってくれなかったそう。日本人はいい人です。

 韓国のPさん。震災の翌日、妹が住む泉区に行くためタクシーに乗ったら、通常なら3千円程度の道のはずなのに、ぐるぐる回って8千円もとられた。ぼったくり。日本人はいい人多いけど、あのタクシーは悪かった。

 同じくPさん。震災直後、NHK仙台放送局に灯りが点いていたので立ち寄ったところ、たくさん避難している人がいた。テレビが映っていて、そこで津波の映像を見た。ほんとうは震災の翌日に帰国する予定で、おみやげにとひとから頂いていた白松が最中の包みをその場で開けて、みんなで分けて食べた。

 韓国のKさんは多賀城市在住。自宅にも津波が来た。胸の高さぐらい。窓の外に津波が来るのが見えたので、わたし背が低いでしょ、とーますさん、だからね、要らない本をつめた段ボール箱の上に椅子を置いて、そこから箪笥の上に乗ったの。とにかく自分の命を守ることしか考えなかった。しばらくしたら、ボートに乗った人が来て助けてもらった。そのまま一般の方の住宅に連れていかれ、そこで1週間過ごしたの。知らない人の家。そこではごはんもたくさん出ました。でも、自衛隊に勤務する夫には1週間後にようやく会ったの。石巻の現場に行っていたらしい。

 こんな話が1時間半続きました。Pさんが「もう少しで忘れるところだった。高校生に感謝しなくちゃね。」と言っておりました。間もなく4年ですが、震災の話題になると相変わらず体温が上昇する感があります。

 ぼくが仕切っちゃったせいで、高校生のおふたりは前もって準備してきた話題に充分に触れられなかったですね。ごめんなさい。完全に我がおしごとモードでインタビューしちゃってました。

 箪笥に登ったKさんが最後に「でも、もう忘れました。海は好きです」、とぽつり。

 こんな機会をいただいた高校生のおふたりにこちらこそ感謝しなければと思いました。非常感謝!

 はい、これからざんぎょーです。


とーます

でんわでんわ

 明日から漢字のクラスが始まるので、受講生のみなさんにお電話。

「もしもし、おはようございます。MIAのとーますです。」
「とーますさん、あけましておめでとうございます。」
なんて、日本人歴うん十年の日本人よりずうっと折り目正しい新年のご挨拶。こちらは、虚礼無関心なのでそういうのに疎いだけです、はい。賀状も今世紀に入る前から出すの止めてるし。

「あしたからかんじのクラスはじまります」
「え、あした?」

 日程の関係で漢字クラスだけ少し早く始まるのですが、それを忘れていらっしゃる方も少なくなく。来週からは、初級、中級、夜間も始まります。このフロアがまた温まります。ぼくも明日以降また受講生にあれこれちょっかいを出していこうと思います。

 ちょっかいと言えば、こないだ新聞で見かけた「おせっかいジャパン」という団体、面白そうです。みなさんも見てみてください。そして、よかったら「いいね」してください。ついでに、MIAにも「いいね」してね。華麗なる便乗いいね誘導。


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※先月の写真ですが、うちの庭山羊。今年は親戚が歳おのこです。


とーます

指先の負傷で思うこと

 前メールでおちゃらけて書きましたけど、1月1日にタマネギのみじん切りをしていたきに、おかしな指の置き方をしていたことの罰が当たりました。親指の先が数ミリなくなりました。血がいっぱい出ましたけど、不思議とそれほど痛みはなく、当日の夜、止血のために輪ゴムで指の第一関節付近をぎっちり縛っていたのが少し痛かったぐらい。ガーゼを厚めに巻いて、いっつも「グー!」な左手で1週間を送っております。おかげさまで日常生活が劇的に不便になりました。元々絵に描いた不器用で、不器用自慢させたら千夜一夜球児好児げろげーろ状態なんですけど、いちおう靴紐も結べるようになりましたし、ボタンも右と左の位置がずれずにかけられるようになったし、あまつさえネクタイもひとりで結べるようになったのに・・・2015年となったその日の夕刻から、それさえも怪しくなっております。愚息に背中を洗ってもらい、妻にワイシャツの左腕や首元のボタンをかけてもらい、プチ介護状態です。

 こんな一週間を送ってみて、情けないのは忍ぶことにしても、何かの状況に重なるような気がしていました。なんだべさなんだべさとどんぶらこのリズムで考えていたら、はたと気づきました。外国にいるときの感覚です。それも旅行ではなく、日常生活を外国で送っているような感覚。MIAで働く前、某社で貿易稼業を数年、その後フリーランスでずいぶんしばらく放浪的不安定稼業に従事しておりましたが、おしごとの関係で例えば1か月ぐらい外国(といってもぼくの場合、いつも中国・香港、ときどき台湾でしたが)で生活するときがありました。中国語はとりあえず生活に困らないほどはできるので、その点はあまり大きなストレスを感じた記憶はありませんが、それでもふわふわした日常でした。

 おしごとしているときは外国だろうと日本だろうとあんまり関係ありません。もちろん、その土地に特有の文化、風習、決まり事はありますけど、それはそれ。おしごとから解き放たれた日常の時間が困るのです。食事、買い物、お金の出し入れ、余暇、雑事・・・日常生活のどれもこれもが日本にいるときのようには運ばないのです。「あ、醤油欲しい」と思ったときに、どこに買いに行けばいいのか、そもそも売っているのか。ひとつひとつはとても小さな事柄でありながら、外国での日常生活はこういうギャップを確認していく作業といえるかもしれません。日本では意識することさえなく普通にできていたことが、外国で暮らした途端、できなくなる、或いは予想外に手間暇がかかる。日常が意識化されるといってもいいかもしれませんね。日本の感覚に縛られていることに否が応でも気づかされるわけです。

 これで消耗するような気がします。気が萎えてくると申しますか。日常生活はもう少し何も考えずに淡々と送りたいよなあと。これにことばができないとなおのことですね。やりたいことがやれることなのか、まかり通ることなのかさえ確認ができないわけですから。

 じゃあ、日本国内の知らない街に引っ越すのと外国で暮らすのと、どれくらいの差があるものか。知らない街には当然土地勘がありませんから、どこに安いスーパーがあるとか、ご近所さんはいい人たちかとか、近隣の学校の評判はどうなのかとか、そういうことが手さぐりになります。まあでも、どこに行ってもコンビニエンスストアや某大型スーパーマーケットはあるでしょうし(限界集落的中山間地等は除く...?)、公的サービスはほぼ日本国内共通でしょうし、方言という差異はあってもコミュニケーションに支障をきたすほどではないでしょうし、せいぜいそのごくわずかな差異を別天地の白地図上に少しずつ埋めていくような作業を半年も行えば、生活上著しい困難を伴うということはないでしょう。良くも悪くも日本国内はどの街も似たり寄ったりです。

 本日の由無しごとはここまでにしとうございます。健康がいちばんというおはなしでした・・・

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※昨夜の月。恐ろしいほどの美しさでした。


とーます

今日が仕事始めのMIA。

一般電話は比較的静かだったのですが、「みやぎ外国人相談センター」は盛況でして、

・「外国人患者とのやりとりを通訳してほしい」(病院から)
・「窓口に来ている外国人の用件を聴き取ってほしい」(区役所から)
・「外国人が『破産宣告を受けていない』という証明はどうやってするの?」
・「国籍の放棄ってどうするの?」

といった相談が電話で寄せられました。

すぐにはお答えできないものもあったので、休み明けで緩んでいたネジをぐいっと巻いて頭をフル回転させ、あれこれ調べたり問い合わせをしたりして対応しました。

お蔭で、なかなか暖房が効かない事務所でも、寒さを忘れて集中することができました(笑)。

困った時の「みやぎ外国人相談センター」。

いつも求められる回答を提供できるとは限りませんが、一生懸命対応しますので(・・・当たり前ですが)、何かあるときには引き続きご利用いただければと思います。

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(OZ)

 

寒くないもん

 休みはいつの間にか終わってしまいました。休み中にしたことといえば、温泉に浸かって映画を観て包丁で左手親指の先っぽを切り落として日常生活に不自由をもたらしたことぐらい。平時と変わらぬ暴飲暴食で体重の変化もほとんどなく。ひたすらのんびりしてました、指先から流血しながら。

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 1週間以上人気がなかったが故、いつも以上に寒いのが年始の事務所。毎年のことなのですが、今年はそれほどでもないです。いえ、別に痩せ我慢ではありません、痩せてないし、ぷんぷん。もちろん、寒いことは寒いんですが、いま時期の早朝犬おさんぽに比べれば、それほどでもないっす。仙台よりはるかに寒い我が地元、6時ごろってだいたい一番寒い時間帯なので、ときに零下5度を下回ります。さらには風雪が伴うこともあるので、そんなザ我慢なおさんぽに比べれば、この事務所は、ぶるる・・・寒いことは寒いっす。

 寒さっていろいろありますねえ。前世紀末、初めて行ったイタリア、ヴェネツィアの冬、石畳から絶えず忍びあがってくる冷気に欧州は貧乏旅行に容赦ないなあと思いましたっけねえ。これまた随分むかし、貿易稼業やってた頃、1月の上海があんなに寒いとは知らず、工場の中でぶるぶる震えあがっていたこともありました。同じく、2月の広東省、気温は10度以上なのですが、暖房が全くない工場にしばらくいると、やはり足元からしんしんと冷えてまいりました。季節は移って4月の広東省広州、既に夏かと思うような気候ながら、アテンドしている重役さまのご冗談が寒くて寒くて、耳栓を衷心より所望したこともございました。

 午前中から、既にみやぎ外国人相談センターの電話は何度も鳴っています。或いは我々が休んでいる時から手ぐすね引いて営業再開をお待ちいただいていたのかもしれません。今日からやってます、お越しやす。

 2015年よ、あなたも短いことでしょう。


とーます
※ただでも不器用な手先が、利き手親指の負傷により、お話にもならない状態です。今朝は、ワイシャツのボタンがかけられず、往生しました。

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