2014年11月アーカイブ

「おしゃべり」の工夫いろいろ

日本語講座「おしゃべりの時間」も後期が始まりました。
コーディネーターの方々が、「おしゃべり」がより弾むようにいろいろ工夫をしています。

こちら初級1クラス。

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初めての「おしゃべり」で緊張している人も多いだろうということで、最初に全員参加のアクティビティをしました。

写真は、MIAまで来るのに要する時間が短い順番に並んでもらっているところです。
「何で来ますか?」
「30分かかります」
などなど、日本語でやりとりをして、互いの位置を確認していきます。

最後尾は栗原市から1時間半かけて来ているAさんでした。いつも遠方からありがとうございます!


そして、こちらは初級2クラス。

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学習者が国別に分かれて着席し、ボランティアの皆さんが各テーブルを周ってその国について教えてもらう、という「ミニ世界旅行」が行われました。テーブルには国旗が立てられ、観光名所の写真も用意されています。

それぞれの「お国自慢」があるようで、どの学習者も熱心に話していましたし、ボランティアの方々も少し「行った気」になったのではないでしょうか。


そしてそして、こちらは少し前ですが、初級2で折り紙をしたときの様子です。

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愛好家のサークルに入っているSさんが、「紅葉と栗」が組み合わされた可愛らしい飾りの作り方を教えてくれました。

なかなかに難易度の高い作品で、ほうぼうからSOSの声が上がりましたが、最後は皆なんとか完成することができました。

コーディネーター、ボランティア、それぞれの創意工夫に支えられている「おしゃべりの時間」です。

 

(OZ)

 

侵襲しない

 倶楽部MIAの最新号が完成し印刷業者さんから納品されたので、関係機関にお送りすべく荷造りをしておりました。ちょうど同じ部屋でそのとき「MIA外国人支援通訳サポーター」英語登録者の自主学習会が行われていて、聞くともなくその様子を聞いていましたところ、

「・・・大腸がん検査にはべんせんけつ検査というのがあって・・・」

とかなんとか、ぼくの脳内では漢字に変換できないことばがけっこうな頻度で飛び交っておりまして、いやあ随分難しいことを勉強されているのだなあと感心しつつ、引き続き倶楽部MIAの仕分け作業をしておりましたら、

「・・・しんしゅーしない・・・」
「しんしゅーってどう書くの?」
「侵入の侵に襲撃の襲」
「侵襲ってなに?」
「・・・」

という参加者の会話にたまらず反応。自分の机にいったん戻って、PCで検索しました。

侵襲
医療行為としての侵襲は、外科手術などによって人体を切開したり、人体の一部を切除する行為や薬剤の投与によって生体内になんらかの変化をもたらす行為などを指す。(ウィキペディアより)

 要するに「侵襲しない」とは、お医者さんが切ったり貼ったりしないということのようです。またひとつ新しいことばを知りましたが、世界にはまだまだたくさん分からない言葉がありますね。でも、我々がこんなことばを追いかけなくても、インフォームドコンセントの精神にもっこり、じゃなくてのっとり、平易な言葉でおはなししてくださる医療従事者が今後増えることを祈念いたしまして、誠に簡単ではございますが、本日のブログとさせていただきます。

かんぱーい・・・うん?


とーます

※「要するに」を1分間に3回以上お話しされる方(特におぢさん)をぼくは「要するに星人」と密かに呼んでいますが、「要するに星人」の95%(自己調査)は全く要さないお話をなさっています。ターザンの石とします。ぼくの場合は要しようのない話ばかりなんで・・・


災害公営住宅

 金曜午後の漢字クラス、開講してもう1か月が過ぎていますが、またひとり新しい受講生が増えました。といっても、以前も一、二度受講している韓国出身のKさん。MIAの日本語講座は、Kさんのように同じクラスをもう一度受講されるという方が少なくありません。ある程度の年齢になられた方は一度だけでは充分に習得できないということもあるようですし(我が身の記憶力、健忘を思えば納得至極)、ここに来ればクラスメートに会えて、やさしい先生方に会えて、かっこいいとーますには会えないので、楽しいようです。ある学習者からは「MIAにも来なかったら、家の中にずっといるばかりなのよ。」と言われたこともあります。

 さて、そのKさん。授業後に受講料を払いがてらちょいとばかし世間話。とーます得意のオイルセラー(油売り)と言う勿れ。

K「引っ越しが終わりました。」
と「そうでしたね。引っ越しはどうでしたか?」
K「みなし仮設から災害公営住宅への引っ越しは、国が引っ越し費用を払ってくれます。」
と「荷造りたいへんだったでしょう?」
K「いえ、引っ越し(業者)の人が全部パッキン(グ)をしてくれたので、楽でした。でも・・・」
と「でもなんですか?」
K「でも、荷造りのあとのお掃除は引っ越しの人はしてくれませんでしたので、掃除で疲れました。」
と「そうですか。新しい家はどうですか?」
K「新しい家はきれいです。でも・・・」
と「?」
K「みなし仮設は駅から近かったし、スーパーも近くて便利でしたが、災害公営住宅は駅から歩いて20分かかります。わたしは車も運転しませんし、自転車にも乗りません。それに、スーパーもちょっと遠くて不便です。」
と「いいことばかりというわけにはいきませんね。」
K「それに、新しい家はうるさいです。」
と「うるさい?」
K「いろんな人がいっぱい来ます。新聞のセールスとか市役所の人とか下の集会所で行われるイベントの案内とか」
と「みんな引っ越してきたばかりのところだから、セールスはたくさん来そうですね。」
K「でも、新しい家はインターフォンがないので、わたし最近家のなかでじっとしています。」
と「気持ちは分かりますけど、大事なお知らせだったら困りますね。」
K「そうなんです。」

 災害公営住宅ってそんなところなんですね。とってもべんきょーになりました。


とーます

吉報届く

夕方、かつてMIAの日本語夜間講座で勉強していた、高校生のK君が訪ねてきてくれました。

「これを見せたいです」

ゴソゴソと鞄から取り出したのは、なんと大学の合格通知(!)

推薦入学の試験に見事合格したのだとか(!!)

「うわぁ、やったねぇ、K君、おめでとう!!!」
とガッチリ握手。

K君が日本に来たのは2年前半で、当時は日本語は殆ど出来ませんでした。

その後、MIAの日本語講座、MIA日本語サポーター、「外国人の子ども・サポートの会」など、さまざまな方法で日本語や教科の勉強にコツコツ取り組み、推薦してもらうに十分な評定を取るだけの成績を収めて見事合格を勝ち取ったのです。

「今年は大学合格を目指して勉強しかしていませんでした」
という話は、決して誇張ではないはず。

MIAの日本語のクラスも合計60回のうち、欠席はたったの1回でした。

受験勉強や試験当日の話をあれこれ聞いたあと、
「これで一安心。残りの高校生活はもう余裕だね」
と、不用意かつ不謹慎なコメントをこちらが発すると、りりしい眉をキリリと引き締め
「いいえ、そんなことはないです」
ときっぱり否定。

これから定期試験の勉強もあるし、大学が用意した自習用の教材で4月までがっちり自習しておく必要もあるのだそう。

だらけたオトナが気の抜けたことを言ってしまってスイマセン。

そうですね。
大学入学は人生において数あるステップの一つにしか過ぎないですね。
K君はそれをよくわかっている。

将来は研究者になりたい、という夢を持っているK君。

夢の実現に向けて、自分の力で新たな扉を開いた彼を心から祝福したいと思います。

嬉しい報告をありがとう。

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日本語夜間講座の先生方とともに。
先生方も「我が子のことように嬉しい!」とのことでした。

(OZ)

中学生の職場体験

 今週18日(火)から本日22日(金)まで、仙台市立S中学校2年生のお二人がMIAで職場体験されていました。本日、無事全日程を終えられ、その〆として感想をお寄せいただきました。

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四日間を通して学んだこと

今回の職場体験は、職員の方みなさんが親切な方で、とても充実した四日間になりました。外国の方のお話では、それぞれの国の文化や国の特色について楽しく聞かせていただきました。みなさん共通して、初めは言葉も話せずカルチャーショックがあったそうですが、今はだいぶなじみ日本が大好きになったそうです。日本語講座では、色々な国の方が授業を受けており、日本語がとても上手で驚きました。外国の方と日本語でお話をしたり、授業に参加してとても楽しかったです。みなさんすごく積極的に発言していて日本語を覚えたいという熱が伝わってきました。そのほかの体験でも、外国人向けの日本語の本のつくりや、いろんな国の国旗などたくさん見る事ができ、とても貴重な体験をさせていただきました。普段学校では見たり、体験したりできないような事ばかりで、楽しく学ぶ事ができたと思います。この四日間は、時間が過ぎるのがとても早くて、あっという間でしたが今回の経験をこれから生かしていければとおもいます。(w.k)

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国際交流員からお話を聞くおふたり。



職場体験を通して学んだこと

私は元々国際関係に興味があり、希望した職業だったので、この職場体験はとても楽しみにしていました。そして初日から今日まで充実した4日間でした。
3人の相談員の方とお話させていただいた際は、社会の勉強を通して知ることのできない、他の国の方から見た日本の良さや、文化や食べ物の違いに気づくことが出来ました。
日本語講座では、色々な国の方が一緒に講座を受けており、積極的に発言をしていて明るくて楽しい雰囲気があるのが印象的でした。場面に応じての簡単な会話から始まって、日常生活で使われる言葉や、注意が必要な難しい表現に入っていくスタイルの授業でとても分かりやすいなと思いました。先生方の工夫がたくさん盛り込まれているのだと思います。
国旗の整備をした際は、整備をしながら「どうしてこのデザインになったのか」と考えました。その国旗のことをよく調べてみると、その国の歴史的背景が見えてきて、国旗には深い意味があることが分かり勉強になりました。
また、ストレスケア講座のアンケートを見て、外国人の方にカルチャーショックをうけた方がたくさんいらっしゃることを知り、そのストレスを解消する方法が分かる、このような講座があることは魅力的でとてもよいと思いました。
その他の活動もとても充実していて、初めてのことがたくさんありました。このような事業所があり、宮城県に住む外国人や、様々な方の役に立っていることはとても素晴らしいことだと改めて実感しました。(m.u)




とめとめ

 いろいろあるんですけど、明日11月22日13時半から登米市迫のホテルニューグランヴィアで「外国人のためのストレスケア教室」第3弾を行いますので、その宣伝。

 飛び入りOK!でも、おもてなしが至らなくなるかもしれません、ごめんちゃい。

 ここのところ、このストレスケア教室も含め様々な機会にたくさんの方々にお会いして、たくさんの刺激をいただいています。なのに一向に髪の毛が増えないのはなぜでせう。

 ううむ。

 今日、ストレスケア教室の講師ICさんとの打ち合わせで出てきたおはなし。

「『郷に入っては郷に従え』と在住外国人側からよく口をついて出てくるけれど、あれはいったいどうしてでしょうね?」

「社会においても家庭内においても圧倒的なマイノリティである外国人が、日本社会または日本人に向かって、我が文化もある程度許容せよとは言えない、言わない方が賢いという意識があるんではなかろうか。多勢に無勢で実際主張してもかなりの確率で潰されそうだし。」

「同化でなくて統合、つまり、日本社会に溶け込むことを強要するのではなく個々人の文化を尊重し互いに認め合う方がいいというのは理論上はそうだろう。しかし、それを考えるべきはマジョリティの日本人側ではないか。マイノリティがそれを声高に訴えることは、イコール『わたしを受け入れて!』という一つ間違えば単なる我がまま、自分本位の身勝手な振る舞いとみなされるのではないか?」

「日本社会は、日本人同士であっても同化を強要する傾向が強くないか?」

「『みんなちがってみんないい』というみつをイズムは果たして日本社会では真なりや?」

などなど、例によって疑問が倍々ゲームになる悪癖を露呈してしまいました。

 それはそれとして、明日はどんな方々のどんなお話が聞けるかしら?


とーます

もしもしMIAです

とーます「はい、もしもしMIAです」
学習者A「こんにちは、わたしはしょきゅう1くらすのジョンスミスです。」
と「はい、ジョンスミスさんですね。どうしましたか?」
A「きょうはわたしはかぜですからMIAをやすみます。」
と「そうですか、かぜですか。わかりました。」
A「ありがとうございました。」
と「ありがとうございました。」

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 受話器の向こう側からはこの辺りでどっと沸く声が聞こえてきます。

 電話でお休みを連絡するという初級1クラスの会話練習です。当協会で緊急連絡用に持っている携帯電話を使っていただいています。

 どっと沸くのは電話による緊張から解放されるからでしょうか?身振り手振りなし音声のみの電話は、初級の学習者にはけっこうなハードルです。

 それから、この会話練習の肝は名前を名のるところにあります。「John Smith」ではなく「ジョンスミス」と日本語風に発音しないと、日本人は聞き取れないという現実がありまして、自分の名前のカタカナ読みを練習していただいています。今日の学習者はみんなうまく言えました。

 さて、最近教室を覗いてみると、授業中にスマートフォンを操っている方が何人も見受けられます。電話に向かって何かを囁いている人もいます。でもこれは遊んでいるわけでもありません、通話しているわけでもありません。いまやスマートフォンは辞書代わり、参考書代わりのようで、何かを検索したりしているのです。囁きは音声認識機能のようです。非ユーザーとしてはこれ以上の説明はできかねますが、むかし日中辞典、中日辞典、中中辞典、を抱えてちゅーちゅートレインを歌いながら(知らないくせに!)えっちらおっちら授業に向かっていた前世紀末の自分の留学のときを思い起こすと、思えば遠くに来たもんだ・・・あれちょいと違うな、なんていえばいいの、この感覚?遠くで汽笛を聞きながら・・・さらに離れた。

 また、あるときには会話練習中にアメリカ人のお国自慢で出てきた「グランドキャニオン」ということばが中国人の学習者が分からずぽかんとしていたのを見て、すぐに日本語講座の先生がスマートフォンをテレビにつないでグランドキャニオンの絵を見せて、「これです、これです」。中国人「ああ!」と大きく頷いてました。

 あと10年ぐらいすると、スターウォーズみたいに目の前に3Dの画像が現れてC3POみたいなのが文法の多言語解説をしたり、初音ミクみたいなヴァーチャルキャラクターと会話練習したりするようになるのかどうか?10年頑張って生きていきませう。

 ごきげんよう。

とーます

やさしい日本語の「現場」

 週末おしごと二日目、16日(日)。石巻に出張。

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 MIA外国人支援通訳サポーターの登録前研修会@石巻でした。中国、台湾、韓国、フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナム、ロシアの方など、参加者は30人ほど。石巻市の市民団体、国際サークル友好21のご尽力で、こんなにもたくさんの方にお集まりいただきました。友好21のSさん、いつもいつも本当にありがとうございます。

 この研修会では、「宮城県の在住外国人の現状」の説明、「MIA外国人支援通訳サポーターの内容とルール」の説明、「通訳サポーターの体験発表」と続き、最後に登録者一人ひとりのインタビューを行いました。

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 非常にノリの良い参加者のみなさまでした。ライブでもあるまいし「ノリ」ってな?と思われる向きもあるかもしれませんが、こちらの説明や軽いボケにいちいち「うんうん」「そうそう」「えー!」と多彩なリアクションがありまして、終始和やか賑やか、やかやかの2時間でした。ほとんどがお互い知り合い同士のため、全然バリアがないんです。嗚呼、石巻のすばらしきコミュニティ。

 通訳サポーターの体験発表では、中国語とモンゴル語でご登録いただいている中国内モンゴル自治区出身のTさんにお話していただきました。来日してから今日に至るまでの様々な曲折に参加者のみなさんも盛んに頷いておられました。共通するものがあるのでしょう。「日本語の意味はすっかり理解できていて、あの言葉、あれ!あれ!と思ってもなかなか出てこない中国語の単語がときどきあります」という話には、「あるあるあるある」嵐が吹いておりました。外国人も日本の生活が長くなると、母語の引き出しの立てつけが悪くなったりするんですよね。日本人の日本語でさえ寄る年波で立てつけが悪くなって、「あの、あれ、あれ」のあれあれ星人になりますけれども、あらやだ奥様ったら。

 もし、「卵」という単語が分からなかったときに、「あの、丸くて、このぐらいの大きさで、殻が硬くて、中には白いところと黄色いところがあって、茹でたり、焼いたり、生で食べたりするもの」と説明できれば、とりあえずはマルではないかと個人的には思っています。もちろん、「卵」という単語を知っているに越したことはありませんが、最終的には卵は相手に伝わります。そして、卵のような単純なものではなく、もっと難しい用語である場合は、その単語を聞いても相手には理解されないことがあり得ます。そのときにその単語だけを言いっ放しにする(まるで「理解するかしないかはあなたの問題です」と言うが如く)のではなく、「あの、丸くて、このぐらいの大きさで・・・」と説明することで理解してもらえれば、これこそまさにインフォームドコンセプトの精神にも合致すると思われます。

 閑話休題。

 研修会の最後、登録者へのインタビュー中の出来事。あるインドネシア人から、こんなことを言われました。

「とーますさんは、わたしたちにもとても分かりやすいお話の仕方をしてくれました。おかげでとてもよく理解できました。そういう配慮がとてもありがたいです。ありがとうございます。」

 おしごと上、いろんな外国人に日本語でお話する機会があるため、その辺りは常に意識しています。いわゆる「やさしい日本語」なんですけれど、その意義や有用性については先のリンクなどに譲る(資料や実例は山とあります)として、こちらとしては無暗に「やさしく」ならないように気をつけています。

 いつまでも外国人扱いされることは、特に長きに亘って日本に暮らしている方にとってみれば、うれしくないばかりか、不快である場合もあるでしょう。日本に20年も30年も住んでいる外国人が、「日本語お上手ですね」と言われることは、うれしくないかも知れないことを日本人はもう少し理解すべきです。

 一方で、伝わらない、伝わりにくい、配慮に欠けた日本語をだらだらと話すことは論外です。日常生活に言語面で何ら不安を覚えないほどの日本語力のある外国人だとしても、初めて会う人の初めて聞く話は分かりにくいものです。まして不特定多数を相手に話す場合は、一対一のときよりもさらに丁寧に話すことが求められます。そんな様々な要素をガラガラポンして、「やさしい」度合いを定め、失礼にならず、且つ理解していただける話し方を目指します。言うは易し西川キヨシ、って前にも書いたな、これ。言うほど簡単じゃないです、いまだってなかなかうまくはいきません。奥の深い世界です。でも、面白いです。そして、これは対外国人に限ったことではなく、対子ども、対日本人、対ヒト、すべてに応用できる、共通するものがあるように感じます。誰にでも分かるようにお話をするって、とんでもなく難しいことです。

 ですので、先のインドネシア人のおことばはありがたく頂戴しました。少なくとも、姿勢をご評価いただけたかなと。ほらね、おだてるとすぐ大気圏突破しちまうおぢさん・・・

 「やさしい日本語」を我が業界では、ある種テクニカルな問題として、つまり難しいことばAをやさしいことばBに置き換える、こんな議論やマニュアルばかりが目につくような気がするんですけど、それはぼくの目が節穴だからでしょうか。それが大切ではないとは言わないまでも、それだけじゃないよなあといつも思ってしまいます。外国人を十把一絡げにしないとか、相手の把握力を斟酌するとか、そういう姿勢こそ大事じゃないかななどと2014年も暮れを迎えつつある今日この頃、おぢさんは思うのでありました。

 末筆ながら、この会場をご提供いただいただけでなく、最後までお手伝いいただきました石巻市役所スタッフ諸氏に最敬礼をいたします。ありがとうございました。


とーます

日系三世米国人の思い

 おしごとおしごとの週末でした。

 15日(土)。東北学院大学押川記念ホールでドキュメンタリー映画Stories from Tohokuの上映会。日系三世の米国人の視点による東日本大震災のドキュメンタリー。映画のあとには、この映画の監督、プロデューサー、カメラマンという3人の日系米国人やこの映画の中でインタビューを受けている方などによるトークセッションもありました。来場者が少なく、主催としては反省しきりです。イベントごとは、単に人がたくさんいればそれでいいというものではなく、来場されたお一人おひとりの心に深く響くものがあればその方が人数の多寡よりも大切だということもまた然りではありますが、とはいえより多くの方々にお届けしたかったなあというのが正直なところです。新聞やインターネット上に情報をのっけたぐらいでは、なかなか難しいですね。被災地域としてはそういう情報や取扱いに食傷気味ということもあるのかもしれません。風化という問題とも微妙に重なっているかもしれません。3年8か月余りが経ちましたからね。

 日系三世米国人が、ある仮設住宅街を訪れたときに、その光景が戦前の米国における日本人の強制収用所に重なって見えたという指摘がとても興味深く響きました。その共通点として、「先が見えない」「その日暮らし」「不自由」「不便」「忍耐」「諦め」などなど。戦争と災害は全く別次元のことですが、その災禍の結果がとても似かよっている、だからルーツを同じくする日系人には今回の東日本大震災の被災者の心情にとてもシンパシーを覚える。どうやら今回の映画はそのような民族的な要素が原動力として働いているようでした。

 今年2月のおしごとでブラジル移民のあれこれを聞いて以来、個人的にはブラジルをはじめとした中南米移民について関心が向いています。明治末期から戦前にかけて中南米に移民して行った方々は、すでにほとんどが物故され、現在は二世、三世、四世と代替わりが進んでいます。日本で生まれた一世と違って現地で生まれ、現地の教育を受け、母語も現地のことばになっていて、場合により他民族の親との間に生まれた二世以降は、徐々に日本に対する帰属意識、日本人としてのアイデンティティなどが薄まっていくようなのです。ある方に言わせれば、「三世ぐらいになると、『日本人』としての意識はほとんどなくて、みんな自分のことを『ブラジル人』だと思っています。」

 一方で、先述の米国日系人はどうもそれとも違うメンタリティをお持ちのようなのです。アメリカやハワイへの移民は南米より早く、明治初期の19世紀後半から20世紀初頭にかけてがピークだったということなのですが、違いは何に起因するものなのでしょう?監督の指摘の通り強制収容所にまつわるところがあるのでしょうか?今度は、米国への移民についても学んでみたいと思いました。


とーます
※高見山から始まるハワイからの大相撲力士たちは、少なからずこのハワイ移民との関係があるはずなのですが、何かそういった視点の本はないのかしら?

多言語翻訳の面白さ、または難しさ

 本日は、わたしたちのおしごとの舞台裏をちょいとお見せしたいと思います。

 在住外国人向けの資料、チラシを多言語に翻訳することはわたしたちの業務の中ではごく頻繁に行われる作業のひとつです。いまぱっと思い浮かべてみても、「多言語情報紙かわら版」、「MIA日本語講座」、「みやぎ外国人相談センター」、「MIA日本語サポーター紹介」、「フレンドシップファミリープログラム」、「みやぎに暮らす外国籍住民のための生活ガイドブック」、今年度の事業「外国人のためのストレスケア教室」などなど、多言語展開しているチラシ、資料はけっこうございます。

 宮城県に在住する国籍別外国人のベスト3はここ10年以上、中国(以下2013年末の統計、約5,500人)、韓国朝鮮(約3,800人)、フィリピン(約1,000人)となっていますので、当協会の多言語展開は主にこれをカバーする中国語、韓国語、英語がメインで、これにタガログ語が入ったり、ポルトガル語が追加されたり、時と場合によりロシア語がピンポイントで投入されたりします。

 ところで、MIAでは翻訳はどのように行われているのでしょう。日本語で書かれた原稿をサンタ村に送ってやると、数日後に翻訳されたものがトナカイに運ばれてくる・・・ととってもいいんですが、そういうのは22世紀になったらできるのかな?インターネット上では自動翻訳機能なるものがありますが、大意をつかむのに役立つ程度です。やはり語学に長けた方にお願いするしかありません。

 当協会の相談員やMIA外国人支援通訳サポーターさんに翻訳をお願いすることが多いです。ただし、お願いして成果品が届いたらハイ終わりと必ずしもならないのが、翻訳の難しいところ。というのは、日本語の原文の意味の取り違い(つまり誤訳)、単純な読み飛ばし、スペルミス、固有名詞の翻訳問題(以前のブログ参照)、不自然な翻訳文、レイアウトの乱れといった問題があるかもしれないので、翻訳をお願いした方とは違う人(あるいはMIAのスタッフ)による確認作業が入ります。例えば、このように。

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タガログ語の資料のリライト。タガログ語の相談員が手書きでリライトし、それを元に翻訳者とすり合わせをしたりしています。

 日本語の原文の意味の取り違いは、そもそも日本語の原稿が曖昧で分かりにくいことに起因することもありますので、翻訳者からお問い合わせをいただき、検討の結果、日本語原稿の方を修正するということもあります。ですから、翻訳していただくことを見据えて、誤解のない、簡潔な日本語の原稿を目指すことになります。あくまで、「目指す」です。目指してもなかなかそこにはたどり着けず、翻訳者からお叱りを頂戴する日々です。すまそすまそ。

 外国語を第二言語として習得した日本人Aさんと日本語を第二言語で習得した外国出身者Bさんがいたとします。もちろん、個人差はあるわけですけど、一般的に言って、Aさんは外国語を日本語に翻訳する方が得意であり、Bさんは日本語を外国語に翻訳する方が得意です。ちょっと考えてみれば合点がいきます。ある程度勉強すれば外国語を読んで理解することはできるようになりますが(これだってすごいことですけど)、外国語で語彙も文法も前置詞も接続詞も完璧でネイティブな文章を作るってとてつもなくたいへんなことですよね。比較の問題ですが、外国語を母語に翻訳することはそこまでの難しさはありません。

 また、レイアウトもけっこうな手直しが必要になります。日本語の原稿が原稿用紙一枚四百字だとすると、中国語だと二百から三百字、英語だと1・5倍ほどの分量になりますので、同じ吹き出しの中に文がおさまらなかったり、ページ数が合わなくなったりします。それをやりくりするのも地味ながら骨の折れる作業です。

 さらには、文字化けの恐怖があります。メールでのやりとりをしている間に、相互のソフトの互換性やPCのヴァージョンの違いや地球温暖化や昨今の世界経済の情勢やお昼の弁当が物足りなかったなどの原因により、まれに文字化けがひっそりと起こります。宇宙からの手紙みたいに派手に化けてくれればこっちも分かるのですが、はじめから皆目分からないハングルやタイ語がお化けになられても、それが幽霊なのか妖怪なのか見当もつかんわけです。

 ともあれ、こうした万難を乗り越えて、翻訳が完成しました。めでたしめでたし。ところが、完成するやいなや思わぬ横槍が入り、日本語の原稿の訂正!なんて事態が発生します。かぶっているヅラを投げつけたくなる怒りをかろうじて収め、翻訳者に這いつくばって再びお願いしたり、自分でできるところを見よう見まねで直してみたり。単に日にちを入れ替えるだけでも、多言語となると「おどげでない」っす。

 このチラシも、また違った見え方がしてきません?

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とーます
※例えば「同じ土俵の上で」なんて日本語の表現も、「on the same sumo ring」と訳してあったら面白いけど、アウトですね。この手の面白さをデフォルメして茶化しているのが、清水義範「永遠のジャック&ベティ」です。

※「おどげでない」宮城方言。「お道化ではない」が語源と思われる。「冗談にならないほどたいへんだ」といった意味。

「白川静漢字教育賞」後日談

先日、MIA日本語講座スーパバイザ―の鈴木英子さんが、「白川静漢字教育賞」の受賞の報告に来てくださいました。
>>10月9日の記事参照

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実際の教室活動を再現する「実践発表」では、ホワイトボードの位置がいつもと違っていたり、マイクのコードの処理をする間もなく出番の時間になったりと、いろいろ想定外のことがあったそうですが、終了後は、出席していた著名な研究者、出版社の社長さん達から軒並み絶賛されたとのこと。

そうでしょう、そうでしょう。
いつも学習者や支援者の心をグッと掴んでいる鈴木先生の発表だもの、評価されて然るべきでしょう。
(勝手に「鼻高々」な気分になる、「人のフンドシ」で相撲をとるのが得意な我らMIA(笑)。)

福井の皆さんに、そして日本語教育ではない分野の専門家の方々に、鈴木先生の素晴らしさを知ってもらえて、本当に良かったです。

改めて、今回の受賞、おめでとうございます。
今後の一層のご活躍を「確信」しております!

(OZ)

 

 

にぎにぎ

役人の子はにぎにぎをよく覚え

なんて川柳がありますね。そんなにぎにぎではなくて、普通ににぎにぎなんです、こちらは。

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この見目麗しい手はご想像の通りとーますの手でござい。

 この赤いのは、今年度当協会が主催するプログラム「外国人のためのストレスケア教室」参加者にお配りしている「ストレスリリーサー」なるもので、これを握るとストレスが発散されるのだとか。ハートのほかに地球と星があります。参加者みんなしてハートを鷲掴みにしたり、地球を握りつぶしたり・・・と字面だけ見るとなかなかに物騒。

働けど働けど猶我が暮らし楽にならざりじっとにぎにぎ(詠み人知らず、たぶんウッドペッカー)

 これが言いたくて、枕の川柳を出しただけなんす。今日も握ってます、にぎにぎ。

 先週末8日土曜日、外国人のためのストレスケア教室第2弾仙台会場@ホテル法華クラブ仙台が無事終了しました。外国出身者20名ほどに支援者や通訳者など総勢30名を超えていました。

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 今回は、MIYAGI子どもネットワークさんに託児をしていただいたので、お母さんたちも安心して、集中してお楽しみいただけたようです。

 ディスカッションのときに中国人のテーブルを覗いていたら・・・(以下、原文ならぬ原会話中国語を拙訳)
「この『にぎにぎ』だけど、ずっと握ってたら、ちっさくなるんじゃないの、とーますさん?」
「そうかもね、来年になったらまた見せてくださいね」
「あっはっは、来年にはないかもよ」

「日本人ってさあ、なんであんなに婉曲表現ばかりするんだろうね。」
「そうそう、もっとはっきり『これはしてはいけない』『これはこうしなさい』と言ってくれればわたしだってルールに従うのに。」
「そうそう、禁止なら禁止ってなぜ言わないんだろうね。これがストレスよね。」
「(一同)そうそう」
こっちを睨まれそうだったので、他のおしごとがあるふりしてそっと中国テーブルを離れた意気地なしですけど、なにか?

 ほかのテーブルでも、日本人のことばとその裏に含まれる意味のギャップに苦しむ、とか、思ったことを言いたいのだけれどその通りに相手に伝わらず誤解を与えてしまうのではないか不安なので言えないときがある、とかとかとか。日本語ができないこともストレスですが、ある程度できるようになってもまた別のレベルのストレスがあるといった話が出ていました。これって日本語の問題というよりは日本人のメンタリティの問題なんでしょうね。曖昧な日本人、曖昧な日本語はとかく批判の的になりますが、ある種の日本人同士においてもなおそうした果てしない空気の読み合いみたいなものがあるわけで、外国人にはお手上げかと思います。そんなものには与しなければいいと、日本人の輪に入れないぼくなんかは諦めていますけれど。
 
 笑いあり、笑いあり、和やかで賑やかな集いでありました。

 次は、来週末22日に登米市@ニューグランヴィアで開催です。そろそろ伊豆沼には白鳥が来ているかな?


とーます

魯迅、市ヶ谷、気管支炎

 前回ブログを書いたのが10月22日。あれからもう何か月も経ったような感がございます。あんなこと、こんなこと、できたらいいな、じゃなくて、ありました。珍しくあちこちに行ったり来たりしてました。

 10月21日(火)、午後から浜松市の市議会議員御一行様が来庁され、震災後の外国人対応についてご説明しました。浜松は日系ブラジル人を中心に、宮城県などよりもはるかに外国人が多い街ですから、議員のみなさまとしては南海トラフ、東南海地震が発生した折に予想される外国人住民のとまどい、混乱、パニック、トラブル、もめごとについて私たちの経験談を聞きながらめいめい思いをいたしていたようです。

 ご説明が終わってすぐに、東北大学片平キャンパスへと走りました。魯迅が東北大学に留学してから110周年にあたるということで、記念のイベントが開かれました。「藤野先生」の教えを受けたという「階段教室」に、ぼくは初めて入りました。最近、一般公開(要予約)しているらしいので、ご興味ある方はどうぞ。魯迅のご令孫も出席されていましたよ。

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魯迅のお孫さん、周令飛さんの感謝のスピーチ@階段教室

 恥を忍んで白状しますが、魯迅は仙台における外国人留学生の第一号だったんだそうです。これって、仙台っこの常識ですか?あたしゃ仙台市民じゃないんでいいんですけど。当時、地元の新聞に「これこれこういう中国の留学生が来るから、中華料理が提供できる下宿を探しています!」みたいな記事が書かれたということでした。あるときの成績は140うん人中80うん番だったとか、100年以上経ってから成績を言われちゃうんだから、有名人はつらいね。

 翌10月22日(水)は大学でお勉強。東北福祉大の看護を学ぶ学生の授業に、当協会通訳サポーターであり医師の宮澤イザベルさんが講義をされるということで、特別に傍聴させていただきました。イザベルさんには、当協会のニューカマーのための生活適応支援プログラムなどでたいへんお世話になっています。「外国人の診察支援について より良いサービスのために」というタイトルの講義、80分間一本勝負、事前に渡された資料がイザベルさんの集大成とでも言いたくなる様な内容日本昔話盛り(ご飯が茶碗の縁から1mぐらい上まで盛られている感じね)だったため、これ全部やるんかいなと思っていたら、あれよあれよと全部話し終えられていました。学生さんの反応も悪からず、授業終了後には某スーパーマーケットのお買い物かご2つ分の各種資料の展示(イザベルさんひとりでどうやってあの量を持ち込んだのでしょう?)を見ながら、イザベルさんにいろいろと質問をされていました。

 10月25日(土)は「外国人のストレスケア教室」第1弾で、気仙沼日帰り強行軍。往復5時間レンタカーを運転して、予想外に集まった子どもの面倒見に追われ、赤子を抱っこしていたらクリーニングおろしたてのスーツによだれをたらされ、ホテルの人にうるさいとお叱りを受け、右往左往してぐったりしました。プログラムにご参加いただいたみなさまには概ね好評をいただいたので、悪くないぐったりでした。気仙沼市役所のMさん、ご参加いただいたみなさま、ありがどうござりすた。

 10月28日(火)、今度は入管協会の研修会に参加するために、市ヶ谷へ。市ヶ谷ってえと、ぼくのような田舎者は「三島」ぐらいしか思いつくことがないのですが、駅からちょいと歩いたところに防衛省はどかんとありました。入口付近は、黒塗りの車が出入りしていてなんだか物々しい雰囲気でした。ですが、それよりなによりぼくは駅の目の前に「釣り堀」があることに衝撃を受けました。都会のど真ん中の駅の真ん前に釣り堀ってな。平日の昼間にも釣り堀で糸を垂れている人が幾人もいらっしゃいました。さすが、都会は違うなと田舎者は思ったわけです。嗚呼、そんなことより研修の報告書を書かないと、八つ裂きにされる・・・

 この日を境に体調がおかしくなり、それをこじらせ、こないだめでたく「気管支炎」の称号をいただきました、びょーいんで。気管支炎を中国語では「気管炎」と書くのですが、「気管炎」とくればその心は「恐妻家」「かかあ天下」となります。「妻管(理)厳(重)」と読みが同じなのだ、という掛けことばでして。さあて、名実ともに一致したということで、一件リュックサック、じゃなくて落着、してないしてない・・・げほげほ。

 明日は、ストレスケア教室第2弾、仙台編です。そうだ、ホテル法華クラブ仙台へ行こう!


とーます

※市ヶ谷の路上でかような掲示物を見ました。
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宮城県でもやってくんないかな。他のところでは「マナーからルールへ」といういささか性善説から降りた悲しみといった風情の掲示がありましたが、捨てる人は捨てようと思って捨ててるんだから、遠慮は無用。この取り組みのせいか、仙台市内などよりも路上はきれいな感じがしました。

※一方で、某高速バスが「このバスは〇〇行きのバスです、危険物の持ち込みは固くお断りします。」というのをエンドレスで流していて、とても不快だなと思いました。危険物を持ち込もうとする人をこの放送で止められるわけがない。中島義道「うるさい日本の私」のご一読をお勧めします。


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