2014年9月アーカイブ

暑さ寒さも人それぞれ

今日は日本語夜間講座第1期の閉講の日でした。

閉講式では、学習の成果として一人一人にスピーチをしてもらうことが恒例になっているのですが、ここ最近はスピーチだけでは物足りないということで、いろいろと趣向を凝らしてくれています。

今回は、初級1では歌を、初級2では「日本語の勉強を続けましょう!」というメッセージが込められた、大変教育的な内容の(?)寸劇を披露してくれ、賑やかな式となりました。

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初級2の寸劇の様子


2週間空けて、またすぐに新学期が始まります。

熱帯性気候の某国出身の学習者二人に、「新学期も来ますか?」と尋ねると。

「いいえー」と二人揃えて力なく首を振ります。

理由を尋ねたところ、なんと

「寒いから」なのだのか(!)

二人とも住まいは仙台のはずです。最初は冗談で言っているのかと思いましたが、どうやらそうではない模様。

「仙台の冬はそんなに寒くないですよ。頑張って来てください!また勉強しましょう!」と励ましたのですが、
「・・・去年も経験したので、どれだけ寒いのか知っています」と言って、決して首を縦に振ってはくれませんでした。

平均気温が30度ほどの母国に較べたら、仙台の冬はものすごく寒く感じられて、職場と自宅の往復以外は外出することも少ないのだそうです。

・・・そうか、そんなに寒いんですね、仙台。

でも、逆に暑さに弱い私が二人の国に行ったら、一年中グッタリしていることになるのかもしれません。

気温の感じ方は人それぞれ。

二人は「春になったら来ます」とも言ってくれたので、冬を寒さに耐えて、4月にまた戻ってきてくれるのを待ちたいと思います。

(OZ)

 

にほんごをべんきょうしたい

 こないだ県政だよりに載ったことも関係があるのかないのか分かりませんが、MIA日本語講座のお申し込みが陸続と来ております。ありがたやありがたや。

 お申し込み方法は電話、メール、電報、モールス信号、直接の来訪、伝書鳩の来訪、第六感などさまざまあるんですけど(勢い任せの出鱈目が4つ混ざっていますよ、念のため)、日本語を勉強したい方々ですから、多言語対応が必要なことが多いです。MIAには常勤で英語、中国語(ぼく)、韓国語のスタッフがいて、その他にタガログ語とポルトガル語の相談員が週に一回勤務しています。ですので、これ以外の言語の方とのやりとりは、少しの日本語と外国語(おおかたは英語)を織り交ぜてということにならざるを得ません。

 先日、イラン女性がひとりでMIAにお見えになりました。あいにくその日、MIAの英語対応スタッフはすべてハワイにバカンスに出払っていて(うそですよ、グァムでした・・・)、そのイラン女性は日本語が全くできない。イラン女史のExcuse me・・・の声が僕の脳内でだけはコダマしているわけですが、意を決してその方を相談室に迎え入れ、受け付けを行います。

 僕の頭の中は、外国語すなわち中国語なので、「あいらいく」と言おうとして「我らいく」と中国語が混ざってしまったりして、たいへん始末に悪いぽんこつなのでございます。こういうときは、へたに複雑なセンテンスを操ってかっこいいおれひゅーひゅーとひとり悦に入ることを目指さず、とにかく単語で相手に伝わるサバイバルなエイゴを心がけます。どっしり構えたふりをして、笑顔を絶やさず、どうぞどうぞ来てください、いっしょに勉強しましょう、という雰囲気さえ伝わればとりあえず丸です。丸じゃないかも知れませんが、それ以上はなんともかともいやはや、白旗でございます。

「Do you want to study Japanese here?」

ユーがニーハオのニーにならなかったのは上出来です。

「Yes,yes」

「Do you register now?」

Registerという単語で合っているのか、いったいこの単語をどうやって思い出したのか、20有余年前の浪人中に出る単でただただ丸暗記したであろう単語が脳の引き出しの奥底から出てきたのでした。火事場のおんどりゃーかもしれません。既に背中は少しだけウエットになっています。

「Yes,yes.Now,OK!」
イラン人女性も意味はどうやら分かったようです。

 あとは、お名前は、住所は、電話番号はと書いてもらって、日本語講座のチラシ片手に、「Octoberからね、おかねはこれこれ」と指で指し示せば、こちらの意図はほぼ100%通じます。通じたと僕は思っています。どうしよう、来年10月になってようやく現れたら・・・通じることしかやらないと言った方が近いかな。

 ことばは度胸といったら言い過ぎな気もしますが、少なくともこの程度のやりとりができれば、用は足せます。「国際化協会」の職員としてこれはいかがなものかと我ながら思わなくもなかったのですが、イラン人女性がSee you!と言って笑顔で帰るのを見て、英語の勉強の再開は、また先送り、先延ばし、お蔵入り、オクラうめえと相成ったのでありました。


とーます

※グァム島を中国語では「関島」と書きます。関島(せきじま)って日本の沿岸のどこかにある島の名前かと。

吃驚下谷の

 すみません、いつものことながら昭和ののりで。下の句は「広徳寺」になります。昔のしゃれことばです。恐れ入谷の鬼子母神と並んでよく使われるのですが、学生のころに團伊玖磨のエッセイでこれを見て以来、よく使っています。手垢でもうべとべとです。

 あれ、何の話だっけ・・・そうそう、あれだ、あれがあれしたんだった。


「とーますさんいますか?」

 見知らぬ女性がMIA事務所を来訪しました。。ぼくはふだんから品行方正を絵に描いてもじゃぐって(※)捨てたような日々を送っていますので、ポーカーフェイスを必死に装ってカウンターに慌てて出ていきました。お茶を飲んでいたら、噴き出すか、むせておえっとなるかの二者択一だったことでせう。

「あのお、Mです。」

 2秒ほどで脳内に何かが結実しました。

「ああ、MさんMさん、そうですかそうですか。」

 とりあえず無実でした。そんな話じゃなくて・・・Mさんは6月来、ちょっとばかりややこしい案件で、ぼくが相談対応をしていた方でした。電話ではずっとお話をしておりましたが、会うのは初めてなので、顔を見ても分からないわけです。声を聞けば、たしかにMさんでした。

 相談室にご案内して少しばかりお話を聞きましたが、ややこしい案件がなんとか解決したそうです。2か月のあいだ、かなり頻繁に対応していたので、こちらとしても少しほっとしました。 

 私たちの相談業務は、日々さまざまな困りごとが持ち込まれます。我々としては、持てる情報を提供し、持てないときはその専門機関を調べておつなぎし、必要であれば通訳を手配したり、我々が間に入って通訳/翻訳したりするわけですが、その場で解決することばかりではなく、その後しばらくいろんな過程をたどるということも多く、そうなると我々はすごろくの途中でお役御免になったような状態になります。勿論、困りごとが最終的に解決すればそれでいいので、我々がその結果を知らずとも何ら問題はないわけですが、関わってしまった以上、すごろくがゴールできたのかを知りたくなるのは世の常ですよね。ざっつ野次馬根性。

 日本人にだって様々な人生がありますし、中には数奇な人生を送っている方もいらっしゃいますが、外国人の場合、ときに日本人なら絶対陥らないような困りごとに直面します。我々の相談業務は日々そうした異文化衝突事故の現場検証とでも言えるかもしれません。


とーます

※もんでくしゃくしゃにするの意。宮城方言。

タイム・イズ・マネー@福島

土曜日に、福島市内で開催された文化庁の「日本語教育研究協議会」に、MIAの日本語講師8名と一緒に出席しました。

「地域日本語教育」の動向や、他地域のさまざまな取組を知るなかで、MIAの事業の今後のあり方についていろいろなヒントを得ることができました。

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今回、協議会本体以外のことで、とても感銘を受けたことがあります。

それは我が講師陣のチームワークの良さと、「時間を有効に使おう」というタイムマネジメントの意識の高さです。

今週後半に予定されている初級クラスの閉講式で、講師の皆さんが、ある「アトラクション」を披露してくれることとなっているのですが、「みんなが揃う時間は貴重だから」ということで、この協議会の空き時間に練習することになったのです。

朝、福島駅に降り立つやいなや、まずはランチを調達。

どうやら「昼食を食べたらすぐに練習したいから」という趣旨のようです。

・・・そして昼食の時間。

食べながらも、スマホから練習すべき曲を小さく流し、メロディ、歌詞、そして振り付けを確認(そう、どうやら「動き」もあるらしい)。
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そうしているうちに、座ったままでは、どうにももどかしかったようで、部屋の奥の「暗がり」に場所を移して、実際に歌って踊っての練習と相成りました。
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おそらく、控え目に声を出していたつもりだったと思うのですが、完全に仕切られたスペースではなかったので、皆さんの妙なる(あ、これ「たえなる」と読んでくださいね。「みょうな」じゃないですからね)歌声は、周囲にバッチリ聞こえていました。

昼食後の心地良いBGMと思って聴いてくれた方もいたと思いますが、なかには「午後の分科会の発表の中に歌があるのだと思った」という人もいたようでした。

文化庁の方の耳にも届いていたようで「なんなら発表の場を作りましょうか?」との、ありがたい提案までいただきました。

この熱意たるや、本当に素晴らしいです。

閉講式での本番、楽しみにしています。

(OZ)

 

せんだい豊齢学園

 本日は、仙台市シルバーセンターでのおしごと。

 せんだい豊齢学園の受講生1年生、2年生の全員を対象にした国際理解の「授業」にゲストスピーカーをご紹介しました。中国内モンゴル出身のイリナさんです。

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※全部で130人ほどの参加とお聞きしました。

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※イリナさんです。遠くからしか撮れませんでした。

 イリナさんのパフォーマンスを久しぶりに見ました、聞きました。MCが更なる「進化」を遂げていて、ホップステップ地団太でした。内モンゴルの歴史、文化大革命のことなどにもさらりと触れられて、とても興味深かったです。先日、イリナさんとは別の内モンゴル出身の方から、漢民族がいかにして少数民族を中国に同化させているか、外モンゴルと内モンゴルの民族の分断といった話を聞いておりましたので、イリナさんの控えめな話がぼくのなかでいろいろと重なり合っておりました。

 この「授業」の前にイリナさんと控室で少しだけお話しましたが、お子さん2人とはモンゴル語で話すようにしているのだそうです。「私のお母さんが孫とことばが通じないって悲しんでいたしね」とイリナさんは言います。国際結婚のひとつの現象ですね。そして、「もう少し大きくなった中国語も勉強させたくて」と言うので、ぼくは少し意外な心持で「中国語も?」と聞き返しました。「だって、いまは中国語ができた方が何かと・・・ね!」とイリナさんは笑っていました。

 イリナさんは日本でチャリティコンサートを行い、その収益金で内モンゴルに学校を建設するプロジェクトを行っていて、これまでに2校を建て、そこで現在約1600人の子どもが学んでいます。「この学校を建てた理由のひとつには、モンゴル語を勉強してほしいという思いがあります。私の子どものころは、家の近くに学校がなくて、小学校1年生から家を離れて街の学校に通いました。でも、そこは漢民族の学校ですから、モンゴル語の教育はありませんでした。」民族、母語・・・

 ゲスト紹介特権?で、イリナさんの講演の前に、概ね15分いただいてクイズと答え合わせをしました。

1.宮城県に外国人は何人ぐらい住んでいるでしょうか?
2.どこの国の人が多いでしょうか?
3.どんな立場の外国人が多いでしょうか?
4.そもそも「外国人」とは何でしょうか?

 答えと住所氏名年齢職業本ブログの感想及び欲しいプレゼントを記入のうえ、MIAまでメールをお送りください。答え合わせをして概ね返信いたします。欲しいプレゼントは買ってくれる人を探してね!

 とってもノリのよいシニアのみなさんでした。あざーす。


とーます
※概ね50歳以上の方、と豊齢学園の募集要項にありましたが、この場合の「概ね」っていったい・・・

平成27年

 もー百晩寝ーたーらー平成27年(大幅に字余り)・・・もう来年のこと考えながらおしごとをしています。

 我が業界には自治体国際化協会という全国の都道府県、政令指定都市の地域国際化協会の総本山みたいな組織がありまして、そこが全国の多文化共生施策の助成金交付事業を行っています。例年ですと、その助成金申請の締め切りがたしか11月末とかそれぐらいだったかと記憶していましたが、今年は梅雨時に既に通知文が届き、封を開けてみれば9月末の締め切りとありやした。え゛ーーー!と7秒ほどメゾフォルテで叫んで、あとは見なかったことにしてしばらく放置しておりましたが、否、脳内で新規事業をふつふつと温めておりましたが、いよいよ夏が過ぎかぜあざみということで、にっちもさっちも(ルイ・アームストロングではない)いかなくなりつつあって気ばかりが急いて急いていたところ、だって今年度の助成金採択事業だってまだ始まってないのにいやんとヒトリゴチつつ、3人寄らばボンジュールの会議を急遽行い、来年度の方向性を決め、協力団体にアプローチをし、おいおいそういう相談はもっと早くしてくれよと言われ、そうですねそうですねそうですねそうですねと受話器を握りしめながら五体投地よろしく平謝りし、まるで盆暮れーゴールドのような忙しさを送っております、ハイ、とっても楽しいです。

 今日で4月から始まった日本語講座の中級クラスが閉講、来週は初級クラスも閉講式、お別れ、旅立ちの季節です。花に嵐の喩えもあるさ!と口の中でごにょごにょ唱えつつ、さあオクトーバーフェストにはいつ行こうかとそんなことの方がより大切な、いつものとーますでございました。

 おそまつ。


とーます
※フォーリーブス世代(そういう世代があるのかどうかいまひとつ分かりませんが)は、「山」とくれば「川」、「にっちもさっちも」とくれば「どうにもブルドッグ」だそうです。

※「にっちもさっちも」はそろばん用語が語源だそうで。

※「サッチモ」は「satchel mouth」(がま口のような口)を聞き間違えたとする説など諸説あるらしいっす。

以上、にっちもさっちもネタ3連発でした。

海外移住物故者慰霊祭

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はじめまして。

いつもは、『Watching!MIA 』を楽しく、なるほど!と読ませていただいているのですが、

今回デビューさせていただくこととなりました、管理課のSugar☆と申します。

主に、経理や総務を担当しているのですが、

今回は、担当している海外移住支援事業の一つである

「海外移住物故者慰霊祭」についてお話したいと思います。

 

海外移住支援事業については、こちらに詳しく載っておりますが、

年に一度、海外に移住後、無縁仏となられた方々を弔うための慰霊祭を実施しています。

今年度は、9月11日(木)に大崎市鳴子にて開催されました。

主催者あいさつ、来賓あいさつ後に、祥雲寺の住職さんの読経のもと、

14名の物故者を奉納させていただきました。

 

今回の慰霊祭には、日系ブラジル人で、現在第二の人生として僧の道を

歩まれている修行中のMさんが出席され、

祥雲寺の住職さんとともにお経をあげてくださいました。

 

Mさんは、愛知県の県費留学生として、42年前に日本に留学していた経験があり、

その際に、鳴子に招待されて来たことがあったとのことで、大変懐かしがっておりました。

帰国後、アメリカの大学を卒業して、ブラジルの大学で

教鞭をとられたとのことでした。

今回このような事業を行っていることを初めて知り、とても感激しておられました。

慰霊祭後の茶話会では、とても穏やかにまっすぐに昔の話をしてくださる姿が印象的でした。

もう、14日には帰国するとのことだったので、今頃はブラジルに着いた頃でしょうか。

 

縁があって、今回お会いすることができ、お話を聞くことで、

この事業の奥の深さ、MIAの歴史の深さを改めて感じました。

 

Sugar☆

3年半経っての日本語講座で

昨日で東日本大震災から3年半が経ちました。

MIAの向かい側に建設中の災害復興住宅も、ずいぶん高さを増してきています。

今日、MIA日本語講座の初級クラスで、3年半前の体験を少しだけお話しする機会がありました。

殆どの方が震災後に来日したとのことで、地震の揺れの大きさ、インフラが止まったこと、避難所での体験など、新鮮な驚きをもって聞いてくれたようです。

「職場はどうだったのですか?」
「電話は通じましたか?」
「MIAのビルは大丈夫でしたか?」
「自衛隊は来ましたか?」
などなど、質問もたくさん出ました。

私も
「そうか、東日本大震災のことを知らない人がこんなにいるんだ」
と、ちょっと驚かされました。

震災直後は急激に減った在留外国人の数も、次第に震災前の規模に戻りつつあります。
今日、話を聞いてくれた学習者のように、震災のことを知らない外国人が増えているということです。

私たちの経験したことや防災・減災について、繰り返し伝えていく必要があるのだな、と改めて思わされた、震災から3年半プラス1日目の出来事でした。

 

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2011.3.11. 15:42分のMIA事務所

 

(OZ)

 

今日はMIAの日本語講座にお邪魔して、敬語を学んでいる外国人の勉強のお手伝いをしました。

ところが「自分」も外国人です。

難しいなぁ、この日本語って言葉は、とつくづく思いました。

なぜならば、誰に対して話しているかを意識ながら、相手に応じて使う動詞を調整しなければ上手に話せないからです。

つまり、外国人日本語話者は、三つの事を同時に考えて発言している訳です。

その三つは自分の立場と、相手の立場と、動詞の選択と活用です。

例をあげましょう。

新しい勤務先の上司と初めて会ったとして、相手に対して敬語、自分に対して謙遜語、場合によって、「見る」が「ご覧になる」や「拝見する」となったりしますね。

自転車乗りもそうですけど、漕ぎながらバランスを取って、どこに向かうかを決めて進むのと同じことだから、日本語だって外国人に出来ない訳ではないですけど、やはり勉強と練習あるのみですね。

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ぺれず

 

 

若い力

 わぁーかぁーいーちぃーからぁーとぉーかぁーんーんげぇきぃにぃー

 今日も脳内では歌ってばかりいるとーますです。若い力というのは昔の国体の歌みたいですが、かれこれ25年前に熱唱しておりました、学校で。今でも覚えているぐらいですから、よほど歌わされたのだと思います。いまのお若い方は知らんでしょうねえ。

 本日は、「国際理解に関する弁論大会」に出席してまいりました。今年で宮城県大会は49回目、全国大会は第61回といいますから、相当な歴史です。聞けば、戦後創設された国際連合を記念して立ち上がった大会だそうで、道理でそんなに続いているわけです。この宮城県予選で一位になると、次は東京で開かれる全国大会に進出となり、そこでも上位に入賞すると、ニューヨークの国連本部に行くのだそうです。

 県内7つの高校から20名の方がエントリーされました。例年より少し増えた気がします。国際理解、国際協力をテーマにした弁論で、戦争、ジェンダー、貧困、家族、食料、医療などなど様々な観点からの発表を興味深く聞きました。持ち時間はおひとり6分で合計およそ3時間のろんぐ丁場でしたが、ひとりひとりの弁士の緊張感や思いが伝わってきて、こちらも緊張しながら楽しく聴き続けましたので、午前の時間はひゅーっと過ぎ去っていきました。

 我が身を振り返ると恥ずかしくなることばかり。自分が高校生だったころ、「国際」と聞いて思いつくのは「ニューヨークへ行きたいか!」(あ、同じニューヨークだ)のアメリカ横断ウルトラクイズぐらい。英語は一夜漬け、ワンナイトメモリー(試験後には忘却スイッチ作動)の対象でしかなかったですし、当時のぼくにとって外国人とは文字通り外国にいる人のことで、自分の世界の中には「存在」していませんでした。

 ぼくの時代と比べても仕方がありませんが、いまの高校生はそもそも外国がはるかに近くなっていて、修学旅行が外国なんてのもそんなに特殊なことじゃありません。それに加えて、震災後、被災地の学生を外国へと誘う各種プログラムがいまなお目白ライアン、じゃなくて目白押しでして、そういったプログラムに参加した高校生の発表もいくつかありました。いまや学校にはALTや留学生がふつうにいますからね。隔世の感でごぜえます。

 一方で、天邪鬼男(あまのじゃくおさん、40代男性)としては、行けばそれで何かが分かるというものでもないよな、という思いもありまして。ま、これは半分以上は自戒じか太郎(40代男性、天邪鬼男さんの犬猿の友)の独り言でもあるわけですけど。安直な経験主義は、「戦争を経験していないお前たちに何が分かる!」みたいな暴論につながるので、そこは気をつけなければなりません。これを爺さんに怒鳴られたときはさすがに何も言い返せませんでしたが。10代の思ひ出です。

 一方の一方で、経験したからイコール分かるものではないと言いつつ、経験した人が感じている思いや分かったことを経験していない人に伝えるということも非常に難しいことです。伝える技術ももちろんあるかもしれませんが、それより両者の間にある温度の違いみたいなものはいかんともしがたいです。震災の話なども、そういう断絶の川を感じることが少なくありません。かつて、神戸の震災の話をどれだけの温度で見聞きしていたかと振り返れば、それもまたそういうものかなあと思うわけでして(※)。

 それから、日本はこう、A国はこう、という見方も多分におおざっぱすぎるような気もして、ほんとにそうかなあと思いながら聞いておりました(アーイエバ・コーユー、同40代男性)。「ほんまかいな」「これどこまでそうなんだろう」「なんでそうなってんだろ」の視点は欠かしたくないなあと自戒じか太郎も申しております。

 それからのそれから、高校生弁士の語りに耳を傾けながら、「ものさし」という単語が脳内をぐるぐるしてました。なにかを感じたり、考えたりしたときに自分の中の「ものさし」を使っているはずなのですが、その「ものさし」に思いを巡らすと、何かが見えてくるんじゃないのかなあ。それからのそれからのそれから、その「ものさし」は世界共通かしら?と。イスラム世界のあれこれを日本人の「ものさし」或いはグローバルスタンダードとかいう世界標準「ものさし」で測るということは、巻尺で紙の厚さを測ってるみたいなミスマッチじゃないのかな?と。「ものさし」にも種類や目盛りの細かさにもいろいろあるので、確認は忘れずに!

 利己と利他の区別についても思いを巡らせましたことよ。世のため、人のためといいつつ、それもこれも自分のためということもよくあります。それを否定するものではありませんが、自覚はしておきたいと自戒じか太郎は・・・以下同文。

 そんなこんなをわずか6分に凝縮された思いでこじ開け噴出させてくださいましたことに、この場を借りて改めて感謝申し上げますとともに、勇気を出して、時間と労力をかけてあの場に立った弁士の皆に幸あれ!


とーます
※小中高生の作文や弁論を見るたびに、開高健の「裸の王様」を思い出します。オトナ一味として自戒じか太郎・・・以下同文。

※人の話に無暗に共感しないというのは自衛本能なのではなかろうか(仮説仮太郎)。悲惨なこと、気の毒なこと、残酷なこと、不条理なことは世の中にかなりたくさんありますが、それにいちいち心を痛めていたら、心が傷んでしまいますもの。

※ふざけて「ろんぐ丁場」などと書きましたが、長丁場ということば、丁場は帳場とも書いて、元々は宿場と宿場の間の距離のことを言ったところからきているのだそうな。

立つ鳥跡を濁さず

「ぼくがサポートしているイギリスのMくんがいよいよ帰国するようなんだよね。」

と、日本語サポーターKさんから聞いたのは、今年の6月ごろだったか。

「そのMさんからね、『もし税金を払わないで国に帰ったらどうなるんだ?』と訊かれたんだけど、どうなんでしょう?」

 当たり前だのクラッカー(ってこういうことばかり言っているから、何の話をしていたか分からなくなるのだよ、明智くん・・・)、もとい、当たり前の話ですが、旅行で短期滞在された方はさておき(※)、日本に中長期滞在された外国人には各種税金等の支払い義務が発生します。健康保険、年金、県民税、市民税・・・また、日本に根っこを下ろせば、住宅の賃貸契約、水道光熱費、NHK受信料、インターネットのプロバイダー契約、携帯電話の契約、銀行口座の開設・・・そして、国に持ち帰らない生活用品の処分。ベッド、家電、本・・・

 ああ、考えただけでもうんざりしました。でも、引っ越すということはそういうことですね。あ、郵便の転送手配は外国の場合、どうなるんだろう?調べてみたら、外国には転送してくれないみたいです。

「払うべきものはきっちり払うというのが筋ですよね。もし、未払いのが残っていたりすると、日本再入国の際に何か問題が生じるかもしれませんよ。」

 あれから早3か月。昨日、日本語サポーターKさんが再び事務所にいらっしゃいました。

「いやあ、たいへんでした。税金全部払いましたよ。家の退去の関係もだいたい手続きが済みました。Mさんが払っていた年金は一部返ってくるみたいですね(脱退一時金と言います)。その還付金にも税金がかかるんですけど、確定申告するとその税金も還付されるようなんです。その手続きはMさんがすでに日本にいないときにやらないといけないので、委任状を書いてもらって私がやることにしましたよ、はっはっはっ」

「Mさんは日本語が堪能だから、ひとりでもなんとかなったとは思いますけれど、Kさんについてもらってほんとうに助かりましたねえ。いやあ、おつかれさまでした。」

 考えただけでもうんざりしてしまったぼくなんかに比べたら、Kさんのなんと厚いサポート。ホスピタリティですなあ。

 日本語サポーターさんは単に日本語を教えるだけではなく、このように外国人と日本社会をつなぐ窓口になったり、仲介役になったりということがあります。こないだは、「日本語サポーターさんに仙台七夕を案内してもらってとてもうれしかった」とバングラデシュ人女性から聞きましたし、この種の話はたくさん聞こえてきます。

 あ、そういえば、バングラデシュでの婚礼にお誘い受けた件、どうなったかな?今度お会いしたときに訊いてみようっと。

とーます
※短期滞在者だって免税処理をしなければ、あれこれ買物した際の消費税はご負担いただくわけです。

新しい仲間

 いよいよ2014年もあと三分の一を切ったわけですが、今週は絶好調に様々なことが起こり、その対応に追われました。9.1の総合防災訓練からまだ1週間も経っていないなんて、信じられないっす。まあこれはどちらかというと、3つ以上のことが記憶できない僕のビット数の限界の問題かもしれません、いよっ健忘自慢!

 新たな事態には、新たな対応が必要になり、そのために調べたり、現有勢力では対応しきれず、新しい仲間を探したりとまるでドラゴンクエストみたいな仕事って言ったら、若者のおしごとに対する興味は0.2ポイントぐらいは上昇するでしょうか?でも、冗談めかしていますが、これホント。新しい仲間を探し、その結果すばらしい仲間を見つけ、その仲間とともに新しい局面を打開する。こうやって書いてみたら、とっても面白いことをしているような気がしてきました。ハイ、たしかに面白がってます、ちょっと疲れるんですけど。

 今週もこうして暮れていきます。もうすぐ怒涛の週末出勤月間が始まりますが、それも楽しみでしかたがないです、ああしかたがない、しかたがない・・・

 いよっ空元気、いよっやけふん。

とーます
※ぼくのどらごんなんちゃら体験は軽く20年以上さかのぼってそこで止まっています。ふぁみこんの時代です。だから、上記はかなり認識がずれた勘違い比喩かもしれませぬ。

みやぎ県政だより

 「県政だよりに載ったどぉ!」とどこぞの番組風に叫んでみたが、この「○○(した)どぉ!」というのはどこの方言か。濁点天国の宮城方言話者であるが、こういう訛りはない。

 みやぎ県政だより9・10月号多文化共生の特集記事が載ったんですけど、そのイメージ写真が当協会のMIA日本語講座の受講生たちでして、みなさん狂喜らんでぶー(すみません、おっさんで。最近こういうおっさん表現多発してますね。自覚はありますが、止められません)。本日から日本語講座が再開しまして、受講生は大なり小なり自分たちが「みやぎまがじん」に載っていたとの情報を得ていたらしく、県からあらかじめいただいていた県政だよりを受講生みなさんにお配りしました。


とーます

※おっさん表現でいちばん好きなのは・・・やめましょうね、誰も望んではいないじゃまいか。

人それぞれに歴史あり

 昨日は、亘理町で開催された9.1宮城県総合防災訓練に参加してきました。

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 県が主催する総合防災訓練ですから、自衛隊、警察、消防などが一堂に会し、会場には、救急車、消防車、はしご車、パトカー、自衛隊の運搬車が走り回り、ヘリコプターが飛び回り、はたらくのりもの好きの方にはたまらん光景だったことでしょう(論点おおずれ)。

 私たちは災害時通訳ボランティアや県の国際交流員とともに「災害ボランティアセンター」設置運営訓練に属して、訓練に参加しました。

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 また、避難所運営訓練に参加されていた「国際交流協会わたり」のみなさんと交流する時間を急遽セッティングして、被災体験などをお伺いしました。

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 防災無線がよく分からなかったと語るカナダ人Gさん。しかし、当時亘理町の防災無線のいくつかは何らかのトラブルで機能しておらず、あちこちからの放送がクロスし、さらにはサイレンや警報音などに飛び交い、日本人でさえ放送の内容を聞き取ることは困難だったと国際交流協会わたりの役員の方はおっしゃいました。Gさんは、「それより、近所の人がいい人たちだった(good neighbor)!」と語り、隣の家の人に「とにかく逃げろ!」と言われ、意味も分からず逃げたけど、それでよかったと言っていました。「防災無線でもやさしい日本語を!」とか「防災無線で多言語放送を!」といった提案が我が業界では一部ありますが、防災無線がどれだけあてになるのか、或いは防災無線よりもっと確実な情報源はないのか、そういった議論も並行して行った方がいいのではないかと思います。個人的には、日本に住んでいる以上、被災するリスクは好むと好まざるとに関わらず確実にあることなので、外国人であっても身を守るための日本語は最低限マスターすべしというのが自助の鉄則ではないかと思っています。命を救ってくれるのは、役所ではなく、まずは自分だという原則をすっ飛ばすと、議論が迷走してしまうきらいがあります。

 次に、亘理町荒浜で被災し、自宅兼事務所を流されたという国際交流協会わたりのメンバーのお話をお聞きしました。荒浜小学校にすぐに避難したので、家族を含めて皆無事だったのですが、家の辺りに津波が押し寄せてくるのを小学校の3階から見ていたとのこと。そして、第一波があらかた引いた頃合を見計らって、自宅付近に戻ったそうです。通常であれば歩いて5分ぐらいの道のりをがれきや泥を掻き分けて1時間もかかったのですが、その道すがら方々から人の声が聞こえたというのです。おそらくは家に取り残されたり、津波に流された方の声だったのでしょう。彼はひとりだけは救うことができたと言います。荒浜小学校に戻ってから、消防の人にそのことを伝えたのですが、大津波警報発令中だから現場には行けないと言われたのだそうです。消防の人の言うこともよく分かるんだけれど、あの時すぐに行っていれば・・・そのお話を聞いているときは、避難所訓練で騒がしい体育館の音が一瞬消えたように感じました。

 そのほか、亘理で被災し、車で自宅の仙台に戻ろうとしたら、4,5時間かかったという中国人女性Mさんのお話をお伺いしました。震災の話になると、3年半という時間が急に縮んで昨日、一昨日のことのような臨場感を以て迫ってきます。ぼくの祖父が80をゆうに過ぎてから尚、昭和10年代の赤紙招集から兵隊生活のことを日付とともに語ったことに重なるものを感じます。人生における一大事は生涯そのような臨場感を帯び続けるものかもしれません。

 そのあとは、放送訓練ということで、県の国際交流員、災害時通訳ボランティア、亘理在住の韓国人(元MIA日本語講座受講生)に英語、中国語、ハングルで会場全体にアナウンスしていただきました。

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 最後、炊き出し訓練で作られたご飯を配るボランティアに県の国際交流員と災害時通訳ボランティアが志願して、訓練終了まで活動していただきました。みなさん、立派!

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※緑のベストを着て誘導しているのが県の国際交流員Pさん。

 帰り道は、災害時通訳ボランティアTさんにたくさんお話を伺いましたが、ここには書けないようなあれやこれやなので割愛。興味深い話をたくさん伺いました。ありがとうございました。


とーます

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