仙台モスクを知っていますか?

 今週はイスラムの方々との接点が多い週になっています。

 某国出身のイスラム女性が出産を控えており、通訳を手配したいという電話が県内のある病院から入りました。多民族ゆえに公用語を複数持つ国というのも少なくないので、こういうときには必ずその方の母語は何なのかを確認することにしています。以前、フィリピンの方の通訳が欲しいというので公用語であるタガログ語の通訳者を派遣したところ、相手はビサヤ語しか話せず、全く通訳にならなかったというミスマッチがありました。少し注意してかからないと、関係各位、そしてご当人に迷惑をかけしてしまいます。

 その出産を控えた女性の母語を通訳できる人は、MIAの現在の通訳者リストの中には存在しませんでした。そうした場合、私たちは関係各所に連絡を入れて、協力者を探します。今回は、東北大学の留学生の中にひとり候補者が現れ、コンタクトをとったその日のうちに事務所に来てくださいました。某国出身の女性留学生は東北大にはその方しかいないということで、貴重な出会いになりました。

 そうこうしているうちに、もうひとり東北大学の教員で私たちが探している言語をお話になれるという方からメールが入りました。全くの偶然ですが、かもねぎ・・・なんてことを言うんだ自分あぷっ!、渡りに哲也、じゃなくて船ということで、その方にもさっそくMIAにお越しいただき、通訳サポーターにご登録いただきました。

 上記のお話しとは全く別で、一ヶ月も前から「仙台モスク」に訪問することが決まっていました。そして、昨日実際行ってきました。住所で言うと仙台市青葉区八幡7丁目で、作並街道からちょっと山手側に入ったところにあります。

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 一歩中に足を踏み入れると・・・

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「そうですねえ、金曜日の礼拝がいちばん多いんですが、多い時には120人以上来ますかねえ。」

 こちらの施設、仙台イスラム文化センターお世話役の佐藤さんに、八幡の現施設にたどり着くまでの変遷からお話を伺いました。

「最初は青葉通り沿いのマンションの一室だったと聞いています。当時も東北大学の留学生が主な利用者だったのですが、そこが手狭になったので、大学の各キャンパス、川内と土樋と医学部の星陵と農学部の雨宮のそれぞれから地図上にコンパスで印をつけていったら、中間地点が国分町だったということで、一時期は国分町にモスクがあったこともあるそうです。でも、さすがに繁華街にモスクはちょっと・・・ということで、次に引っ越したのが北目町のマンションです。その頃になると、会員がどんどん増えていきまして、北目町のマンションの一室もいっぱいになり、入り切れない人は隣の駐車場にござやブルーシートを敷いて礼拝をしたり、額づくスペースも足りなくて前に座っている人の背中に額づいたりと、まあ大変だったわけです。会員から集まったお金や改めて寄付を募ったりして、2007年にここに新たに建設しました。ここは最大200人ぐらいが収容できます。ですが、駐車場は20台分くらいしかないので、ラマダン明けのパーティなど、多くの人が集まったときは、車を停める場所が頭の痛い問題です。」

「金曜日の昼に多くの信者が集まります。国籍でいうと、中国、マレーシア、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、もちろん中近東諸国、そして北アフリカ諸国です。これだけ多くの国の人がいますから、共通言語は英語です。私はあまり英語ができないので、会議のときなど、込み入った話になると、日本語になっちゃいますね、あっはっは!」

「礼拝のほかに、土曜日にはコーランの読書会がありまして、そこにも数十人が集まります。それから、ムスリムの子息たちに放課後、学習指導なども行っていますから、けっこう忙しいですねえ。」

 と、佐藤さん。訊き難かったのですが、思い切って訊いてしまいました。「なぜイスラム教なのですか?イスラムの方とご結婚されたのですか?」

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「いいえ、私は中学の時アラビア語に興味を持ったというのが事の始まりです。それから、東北大学の留学生にアラビア語を習ったりするようになりまして、それが高じて今に至ります。だから、イスラム諸国に行ったこともありませんし、ことばもそんなにできるわけでなし。」

 大手企業にお勤めのサラリーマンだったそうです。いろいろな人生があります。こうして8月はイスラムの方々とのあれやこれやで暮れゆくのでした。


とーます


※個人的には、香港とミャンマーでモスクに入ったことがあります。剥き出しの好奇心でモスクを外から眺めていたら、ムスリムの方に「入って見ていきな!」と言われ、誘われるがままでした。とても親切な方々でした。

※大衡村に県内二つ目のモスクができたそうです。今度はそちらにもお伺いしようっと。

※前世紀末に中国は山東省煙台というところに語学留学をしていましたが、冬になると、西の方から回教徒が来て、リヤカーひいて緑色の干し葡萄を売っていました。あれはとても美味しかったな。

※中国はいろいろ行ったことがありますが、新疆ウイグル自治区には未踏です。あの辺りはきな臭い話もありますが、辺境好きの僕としては、いつかはウルムチからカシュガルに抜けて、さらにパキスタンまで山を越えていくルートも行ってみたいなあ。体力も気力もないくせに、やたらと悪路行を選ぶせるふさでぃすと。

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このページは、MIAが2014年8月29日 13:06に書いたブログ記事です。

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