サプライズのゲストは?

塩釜国際交流協会さんとの共催で、市内に暮らす技能実習生等の在住外国人を交えた交流会を開催しました。

これは、増加を続ける技能実習生と地域の人たちとのつながりを作る取り組みの一環として行われたもので、今回、はじめてベトナム人実習生も参加してくれました。

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塩釜国際交流協会のY会長のご挨拶で開会。

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初対面同士の人も多かったため、まずは自己紹介のアクティビティから。
ベトナムの男子実習生は、みんな「サッカーが好き!」と言っていました。


今回は「ポットラック(一品持ち寄り)式」で開催したのですが、予想以上に皆さんの力作が集まりまして・・・
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インドネシア人実習生のナシトゥンパン。ターメリックライスの周りにサテ(焼き鳥)などの料理が盛り付けられた、お祝いの時に作られる料理です。当日5時から調理してくれたのだとか。ありがとう!

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ベトナムの実習生たちも生春巻きなど力作を持ってきてくれました。
受入企業の方も「はじめて食べた」と喜んでいましたし、見事な野菜の「飾り切り」にも目を丸くしていました。

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こちら日本の方々の料理。「ずんだ餅」を作ってきてくれた方も(!)

MIAは、手抜きをして近くのスーパーでおにぎりを買って済ませしてまい、「他にこれだけ美味しそうな料理があったら誰も食べないだろうな」と思っていたのですが、インドネシアの実習生たちには「このスーパーのおにぎり大好き!」と意外にも大人気でした。

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会場の片隅ではいつの間にかハーモニカーの演奏も始まり、

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太極拳の演舞や、

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インドネシアの実習生の踊りのご披露も。
(このほかにもたくさんのパフォーマンスが会を盛り上げてくれました。)

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東北学院大学の学生さんも参加してくれました。ベトナムの実習生と何かのポーズ。
(これ、きっと若い人ならわかるポーズなんでしょうね。)

そして、今回の一番のサプライズ・ゲストはこちらの方。
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施設内の別会場のイベントに出席されていた塩竈市長さんがいらしたのです。

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実習生一人一人と言葉を交わしてくれたり、手料理も味わっていただいたりと、予定外のことだったにも関わらず、かなーり親密に交流していただき、実習生もとても喜んでいました。

実は塩竈市役所には、今年度から「外国人就労対策担当」の職員が配置されていて、今回の交流会は、その方のご協力もいただいたのです。
市長ご自身も地元の技能実習生のことをもちろん気にかけてくださっているのだと思います。

参加者も料理もプログラムも、当初の想定以上に「てんこもり」の大盛況となった交流会。
一部の人たちの間では、既に翌週の約束が交わされていました。
実習生を交えての交流の輪が、今後もどんどん広がっていきますように。

(OZ)



「みやぎ外国人相談センター」の相談員さんたちに、日本に来て驚いたことや懐かしい思い出などを聞いてご紹介する、シリーズ「相談員さんに聞きました」。

シリーズ最終回となる4回目の今回は、日本在住19年、インドネシア出身で、「みやぎ外国人相談センター」インドネシア語相談員のバトゥバラ アニコさんに聞いたお話です。

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       アニコさん

「日本に関することで、カルチャーショックを受けたことは?」

→日本の冬の寒さに驚きました。熱帯のインドネシアに日本のような四季はありませんので、インドネシア人は1年中、半袖にサンダルといった格好で過ごします。私が日本に初めて来たのは、2月でしたが、想像していた以上に日本の冬は寒く、服とか靴とかどんなものを身に付けたらよいか分からず、困りました。

→日本人が例えば、飲食店の前とか、バスを待っている間とか、いろいろなところで列をつくってきちんと並ぶのに感心しました。インドネシアでは、そういうことはありません。

→日本では、隣の家の人とすらあまりコミュニケーションをとらないことが分かったとき、カルチャーショックを受けました。冷たい印象も受けました。インドネシアでは知らない人にも気軽に声を掛けますし、外国人が引っ越してきたら、「どこの国から来ましたか?」とか、「あなたはお嫁さんですか?」とか、近所の人が必ず聞いてきます。そして、いろいろなことを教えてくれます。インドネシアでは、そんなふうにコミュニケーションをとり、友達ができます。日本に来た当初は、友達をつくるのが本当に難しかったです。

「日本人と話しているときに、意識することはありますか?」

→あります。コミュニケーションのとり方の違いに配慮することです。日本人は、挨拶くらいは交わしたとしても、深い話はしたがりません。プライバシーを重視し、年齢、結婚しているかどうか、子どもの有無なども話題にするべきではありません。最初は、日本語が上手でなかったことに加え、そうした日本的なコミュニケーション文化の中で、何を話してよいか分からず、また話が続かず、困りました。子どもが幼稚園に通うようになって日本人のお母さん達と話すようになり、「どんなことを話せばよいか」、「どの程度まで話してよいか」といった日本での適切なコミュニケーションのとり方が分かるようになりました。保護者のひとりとして、幼稚園の集まりの手伝いや運営に関わったことで、先生や他のお母さん達と様々なやり取りをしたことも、日本人のコミュニケーションのとり方を理解するのに役立ちました。

→話しているときではありませんが、日本では相手のことを考えて慎重に接するのもインドネシアとは大きく違う点です。例えば、インドネシア人はSNSなどで気軽に自分の子どものことを書いたり、写真を載せたりしますが、日本人はそういうことをあまり好みません。相手が自慢をされているように感じて不愉快にならないようにする、など何らかの配慮である場合もあります。私は長く日本にいるので、そういう日本人の考え方を理解できますが、日本に来たばかりのインドネシア人には理解するのが難しいようです。「どっちがいいというわけではなく、文化の違い、考え方の違いですよ」と私はいつも言っています。

「語学の勉強の仕方は?」

→最初は、平仮名やカタカナの書き取りをしたり、簡単な日本語の文章を音読したり、日本人の小学1年生みたいに勉強しました。夫が勉強に付き合ってくれて、「もう少しゆっくり読んだ方がいいよ」とかアドバイスしてくれました。大人になってそういう勉強の仕方をするのを好まない人もいるようですが、基礎をしっかり学ぶことができたので、私は良い勉強の仕方だったと思っています。子どもが生まれてからは、よく子どもと一緒に子ども向けのテレビ番組を見ました。出演者がひとつひとつの単語をはっきり発音するため聞き取りやすく、日本語の歌を聴くこともでき、楽しみながら日本語を学ぶことができました。また、日本語の絵本を読んだことで、野菜や果物の名前など単語をたくさん覚えました。「自分の子どもにはいろいろなことを教えてあげたい」という親としての気持ちが、学習意欲を高めたところもあったと思います。

「日本での経験談を聞かせてください」

→日本に来て初めて雪を見たときは、とても嬉しかったです。雪の上は歩きづらいし、寒いのも苦手ですが、今でも雪が降ると嬉しいです。季節の移り変わりがあるのも、いいなと思いました。日本のような四季のないインドネシアでは、カレンダーで確認しないと、今、何月か分からなくなってしまうことがあります。そこは、インドネシアのちょっとつまらない点かもしれません。

「日本で生活をするときに、1番聞かれることは何ですか?」

→よく聞かれることと、そのときに答えることは次の通りです。「寒さに慣れましたか?」(答え「慣れました」)、「雪かきはできますか?」(答え「20年近く日本にいるから、できます」)「インドネシアのご家族に会いたいですか?」(答え「会いたいですが、遠いので我慢しています」)「日本とインドネシア、どちらがいいですか?」(答え「答えられません」※インドネシアは故郷ですし、日本には今の家族がいて、いろいろいいこともありますから、答えられない質問です。でも、時々、インドネシアに帰りたくなります)

M
「倶楽部MIA」では毎号巻頭に、宮城県内で活躍中の外国人/日本人のインタビュー記事を掲載しています。99号は、今年が日本人のブラジル移住110周年という節目の年であることから、ブラジル出身で仙台市内にお住いのポルトガル語講師、大槻 ヴァレリア ハルエさんです。

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     ヴァレリアさん

日系ブラジル人として生まれ育ったヴァレリアさんは、MIAとの関係が深い方です。宮城県海外研修員として宮城に来られた際には日本語の研修をMIAで受け、その後はMIAの国際理解教育支援事業の講師として、県内各地の学校で子ども達にブラジルの遊びや文化を紹介する活動を長く続けて下さっています。

大変お世話になっているヴァレリアさんですが、これまでじっくりとお話を聞いたことはありませんでした。ですので、今回、来日前のことや現在、宮城でどんな活動をされていらっしゃるか、また東日本大震災が起きた後、どんな支援に取り組まれたか、といったお話を聞いて、改めてヴァレリアさんの判断力や行動力をすばらしいと感じました。

インタビューでは、ヴァレリアさんのおじい様がブラジルへ渡った理由やブラジル、また日本のご親戚とのお付き合いなどについても伺いました。調べたところ、日本からブラジルへ渡った方々とその子孫である日系ブラジル人は、現在、160万人ほどいらっしゃるようです。インタビューでは、そうした日系ブラジル人の方々のルーツや暮らしぶりを垣間見ることができて興味深く感じるとともに、自分がこれまで、日本人の血を引き、様々な形で日本と関わりを持って生活しているそうした方々への関心をそれほど持ってこなかったことを反省しました。

ヴァレリアさんは白ご飯が大好きで、「ブラジルに持って帰るのは、みやぎ米!」だそうです。ヴァレリアさんには、これからもみやぎ米をたくさん食べて、日系ブラジル人について、またブラジルの文化について、たくさんのことをお伝えいただきたいと思いました。

ヴァレリアさんのインタビュー記事が掲載された「倶楽部MIA」99号は、WEB上でもご覧いただけます。2018年10月~11月に宮城県内で開かれる国際的なイベントの情報も掲載しています。ご覧になられる方は、こちらからどうぞ。

M

小松菜キムチ

先日、名取で活動している「国際交流協会ともだちin名取」の韓国料理教室の講師として、交流会に行ってきました。メニューは、「小松菜キムチ」と別名'タットリタン'とも呼ばれる「タッポクムタン」でした。

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        小松菜キムチ

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       タッポクムタン

当日は、約20名の方が集まって下さいました。初めに、講師として紹介をいただきました。その後、なんと韓国の国歌が流れました。音痴であるわたしですが、恥ずかしいと思いながらも、何とか皆さんの前で最後までひとりで歌い終えることができました。国歌を歌うことで、いつにもまして母国を体表する文化大使になっているような気がして、使命感さえ感じました。でも、いざ料理する段階になると、あちこちの調理台をまわりながら、てんてこ舞いでした。参加者の方々は皆、穏やかで、楽しく料理を作ることができました。そして、お昼には和気あいあいとした雰囲気の中で作った料理を食べました。

ここで、小松菜キムチのことを少し話したいと思います。韓国で料理に用いられる野菜はほとんど日本にもありますが、ない野菜もあります。(幸い、白菜は日本でも売られているので助かります)キムチはたいてい自分で漬けますが、東京に住んでいたとき、白菜の季節になるまでの間にキムチ用として用いられる韓国の夏野菜を見つけることができませんでした。それで代用できるものとして目をつけたのが、小松菜です。小松菜は韓国で見かけたことがない野菜でした。

試しに漬けて熟成させてみたところ、夏のキムチのひとつである「ヨルムキムチ」の味がしました。これには感激しました。ヨルムは大根の間引き菜です。違う野菜を使ったのに似たような味がしたので、まるでクジで当たったようなお得な気分でした。あれから20年経った今は仙台に住んでいますが、ヨルムより小さめの大根の間引き菜を時々仙台朝市で見かけます。東京と仙台という地域の違いでしょうか。鮮やかで赤い色のキムチを見てきた人からみると、濃い緑一色の小松菜キムチには食欲をそそる魅力はなさそうに見えるかも知れません。でも、わたしにとってはたとえ代用の野菜であったとしても、懐かしい韓国の夏のキムチの味を食べさせてくれた小松菜がありがたく思えるのです。

ハハホホ

南加宮城県人会便り

前回、(前回の記事はこちら)、南加宮城県人会の「Los Angeles Tanabata Festival」
に向けたワークショップの様子や今年の出品作品をについてご紹介いたしましたが、
今回はその報告等が届きましたので、御紹介いたします。

今年は、記念すべき10周年で、「作り手が経験を積んだことで、工夫を凝らした
アーティスティックな作品が増えた。」とのことでした。

頂いた写真を見て、真っ先に目に飛び込んだのが、こちら ↓

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竹を取っている様子です。背中越しではありますが、中央が、米澤会長さんです。
飾りを作るところから始めるのかと思いましたが、なんと竹を取るところから始めるんですね。


そして、今年の南加宮城県人会の作成した作品「こけし」が、飾られている新聞の切り抜きがこちら ↓
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仙台七夕と同じく、色とりどりの七夕飾りが、そよ風になびくようすが、爽快感を誘っています。



最後は、ご当地キャラ集結!!の様子です。

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宮城県の観光PRキャラクターの「むすび丸」の顔が見えないのが残念ですが、
栃木県のマスコットキャラクターの「とちまるくん」や同じく栃木県大田原市のPRマスコットキャラクター「与一くん」
宮崎県のシンボルキャラクター「みやざき犬」が仲良く飾れているのが何とも可愛らしいです。
米澤会長さんの「日系人社会を一つに」という思いが表れています。

その米澤会長さんの思いがこちらに掲載されております。
この記事はウェブサイトでもご覧いただけます。是非、ご覧ください。

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米澤会長さんの思いが溢れる「Los Angeles Tanabata Festival」。
今後の活動もますます楽しみです。

Sugar ☆



「みやぎ外国人相談センター」の相談員さんたちに、日本に来て驚いたことや懐かしい思い出などを聞いてご紹介する、シリーズ「相談員さんに聞きました」。

シリーズ3回目の今回は、日本在住8年、ベトナム出身で、「みやぎ外国人相談センター」ベトナム語相談員のヴオン ティー ドアン トゥー さんに聞いたお話です。

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      トゥー さん

「日本に関することで、カルチャーショックを受けたことは?」

→初めて日本に来たとき、日本の家の天井が低いのにびっくりしました。秋に来たのですが、日本はベトナムより日が暮れるのが早く、午後4時すぎに暗くなり始めます。家の中にいると、天井が低くて圧迫感を感じるし、外は暗くなってくるし、ちょっと落ち込みました。

→日本に来た翌日、ベトナム人の先輩にラーメンをご馳走になったのですが、ベトナムの麺料理と全く違うので、びっくりしました。ベトナムの丼は小さく、麺自体は少な目ですが、具は豚足、チャーシュー、肉団子、カニ団子、生野菜(パクチー、もやし、バナナの花の千切り、バジルの葉)などたくさん入っています。日本のラーメンは、具がほとんどなく、一方、麺の量は多く、食べても、食べても、麺が減りませんでした。

→日本に来てから、自転車に乗っているときに、車と衝突したことがあります。幸いけがはなかったのですが、そんな事故が起きているのに、運転手さんは車から降りてこないし、周りの人も遠くで見ているだけで、日本人は冷たいと感じました。ベトナムでは、たくさんの人が寄ってきて、「大丈夫?」と聞いてくれたり、けがの状態を確認したり、けがに効くと言われている精油を塗ってくれたりします。

→新幹線とか電車が時刻表通りに来ることに驚きました。停車位置が決まっていて、そこにぴたっと停車するのにも驚きました。ベトナムでは、時刻表通りに電車は来ないし、停車位置も決まっておらず、電車が来たら、何となく降りて、何となく乗ります。そのため、先に来たのに後で乗ることになって怒る人がいるなど、トラブルになることもあります。

「日本人と話しているときに、意識することはありますか?」

→2つあります。1つ目は、相槌を打つことです。ベトナムには相槌を打つ習慣がないので、相槌はうるさい感じがするのですが、日本人は相槌を打たないと、きちんと聞いていないのではないかと不安になるようなので、日本人と話すときは相槌を打つことを心掛けています。2つ目は、日本語で自分のことを話すときに、主語である「私は」をできるだけ言わないことです。ベトナム語では、主語、述語、目的語を省略せずに話すのが礼儀正しいとされていますが、日本語で同じように話した場合、「私は」と言うことが多くなります。自己主張しているように思われるとイヤなので、「私は」をなるべく言わないようにしています。

「語学の勉強の仕方は?」

→ベトナムにいるときも日本語は勉強していましたが、難しくて、読むのはあまり得意ではありませんでした。日本に来てから、スーパーに行って、ものの名前を覚えたり、カレールーの箱の裏面の成分表示や作り方を読んだり、チラシを見たりして、力がつきました。教科書には載っていない言葉がたくさんあって、面白かったです。分からない言葉は、その場で手に書き、家に帰ってから辞書で調べました。それから、お皿を洗っているときなど、家にいる間はどんなときもテレビはつけっぱなしにしました。そうすることで、日本語の音に慣れてきて、ベトナムにいるときには苦手だった「聴解」ができるようになりました。語学は机の上だけでなく、いつでもどこでも勉強することが大事だと思います。

「日本での経験談を聞かせてください」

→愛知県岡崎市の岡崎城で、生まれて初めて桜を見たのですが、そのとき、あまりの美しさに、鳥肌が立ちました。そして、上ばかり見て歩いて、道に迷ってしまいました。ベトナムでも桃とか梅とかは見ることができますが、花と葉を一緒に見る感じになります。でも、桜は満開になると、桜の木がピンク色に染まり、桜の木がたくさんある場所では見渡す限りピンク色の世界となります。桜は、別格の美しさだと思います。

→日本に来て、初めて雪を見ました。ある朝、家のドアを開けると、外が真っ白でした。やはり雪を初めて見た香港人の友達と口を開けて雪の中を歩きました。その後、熱を出してしまったのですが、楽しかった思い出です。もう雪は珍しくありませんが、今でも雪が降ると嬉しいです。

「日本で生活をするときに、1番聞かれることは何ですか?」

→日本人はベトナム戦争のイメージが強い一方、ベトナムの文化はあまり知らないようで、初めて日本に来たときは、「ベトナム人はお米を食べますか?お箸を使いますか?」とよく聞かれました。「お米を食べます。日本人と同じようにお箸を使います」と答えると、「手で食べるのかと思った」と驚かれたことがあります。

M

新着図書のご案内(2018年9月分)

当協会図書資料室は、日本語の学習指導で必要とされる各種教材に特化して整備し、外国人に日本語を教えているボランティアの方々や県内の市町村日本語教室の方々を対象に貸し出しを行っております。

 

この図書資料室に整備した図書を下記の通り、ご紹介します。


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「ことばでおぼえるやさしい漢字ワーク 初級1 ?日本語初級1 大地準拠?」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「文法まとめリスニング初級2 ?日本語初級2 大地準拠?」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「新・にほんご会話トレーニング」

発行:株式会社アスク出版

 

「介護・看護の漢字とことば N3レベル編」

発行:株式会社三修社

 

「みんなの日本語初級1第2版 翻訳・文法解説 ビルマ語版」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「日本語を教えよう!2019」

発行:イカロス出版株式会社

 

「雑談の正体 ?ぜんぜん"雑"じゃない、大切なコミュニケーションの話?」

発行:株式会社凡人社

 

「必携! 日本語ボランティアの基礎知識」

発行:株式会社大修館書店

 

ご関心のある方は、当協会図書資料室にぜひ足をお運び下さい。

 

Sugar

 

「みやぎ外国人相談センター」の相談員さんたちに、日本に来て驚いたことや懐かしい思い出などを聞いてご紹介する、シリーズ「相談員さんに聞きました」。

シリーズ2回目の今回は、日本在住19年、フィリピン出身で、「みやぎ外国人相談センター」タガログ語相談員の西村 ロセリンさんのお話です。

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      ロセリンさん

「日本に関することで、カルチャーショックを受けたことは?」

→お寿司やお刺身など、生の魚を食べる文化にショックを受けました。わさびも苦手です。フィリピンではいろいろな料理に唐辛子を使いますが、わさびは鼻にツーンとくる唐辛子とは全く違う辛さで、びっくりしました。納豆も苦手です。初めて食べたとき、「こんなに臭いものを食べるなんて」と信じられませんでした。海苔は、最初は色も食感も気持ちが悪くて嫌いでしたが、慣れるとおいしいと感じるようになりました。

→日本では、バスが停車する場所も時間も決まっているのが、フィリピンとは違うと思いました。フィリピンでは、バスもジプニー(乗合いのミニバス)も、道端で手を上げれば、どこでもいつでも乗ることができます。満員だと、入り口のドアにぶら下がる人もいます。誰かが降りてスペースが空いたら中に入ります。

→日本のラーメンの丼の大きさに、驚きました。フィリピンでは、朝ご飯に具のないインスタントラーメンを食べるのが一般的ですが、4人家族だと2袋くらいゆでて大きな器に入れ、それを各自が小さな器によそって食べます。日本のラーメンは、1人用の丼なのに巨大で、量も多くて、初めて見たときは驚きました。

→フィリピンと比べると、日本の家はずいぶん中が狭いと思いました。

「日本人と話しているときに、意識することはありますか?」

→日本人は、思ったことをストレートに伝える国民性ではないということは意識するようにしています。例えば、日本人の友達に「何か食べたいものある?」と聞いて、「特にない」と言われたので、「じゃ、私が決めるね」と言って決めた後で、「本当は〇〇が食べたかった」と言われるようなことがあります。お互い気持ち良く過ごすために、率直に言ってくれたらいいのに、と思います。

「語学の勉強の仕方は?」

→母語のタガログ語と日本語は、文法も表記も全く異なる言葉で、最初は日本語がとても難しく感じました。スーパーに行き、目に入って来る日本語を読んで勉強しました。子どもが生まれてからは、たくさん日本語の絵本を買って読み聞かせをしました。自分の日本語の勉強にもなりました。仕事でも、日本語を覚えました。携帯電話の部品を検査する仕事をしていたときは、検査の記録を日本語で書かなければなりませんでした。最初は「できるかな」と思って不安でしたが、夫に付き合ってもらって練習し、できるようになりました。語学は、働きながら身に付けるのがお勧めです。仕事は、性格や人当たりの良さだけでは長続きしません。必要な言葉は絶対に覚えなければならないので、自然と力がつきます。また、朝8時に仕事が始まるとすると、フィリピンでは少し遅れて8時15分くらいに出勤するのは普通のことですが、日本では7時50分には職場に来ていることが良いとされ、遅刻は許されません。他にも、日本人はいろいろなルールを守ることを重視します。働くことを通じて、その国の文化や習慣を理解していくというのも良い点だと思います。

「日本での経験談を聞かせてください」

→日本で初めて花見をしました。桜が美しいのはもちろんですが、職場の人と花見をしたとき、皆がたくさんの食べ物を持ち寄り、お酒を飲み、職場で接するときは違うリラックスした姿を見せていて、良い文化だなと思いました。打ち上げ花火を見たのも良い経験です。フィリピンではお正月に花火をしますが、それぞれの家で手持ち花火を楽しむのが一般的です。日本で初めて打ち上げ花火を見て、きれいだと思いました。

→日本語が上手でなかったときに、いろいろ失敗をしたのも、今振り返ると良い経験です。交際中だった今の夫とその友達と4人で食事をした時、おいしいカニ料理を食べたことを話そうとして、「ワニ食べたの」と言ってしまいました。夫の友達は私が本当にワニを食べたと思ったそうです。また、皆が私を「ロセリンさん」と呼ぶので、最初は名前を聞かれると、「ロセリンさんです」と、自分を「さん付け」していました。

「日本で生活をするときに、1番聞かれることは何ですか?」

→よく聞かれることと、それに対する私の回答は次の通りです。「日本の食べ物には慣れましたか?」(回答「慣れましたが、わさびと納豆は今でも食べられません」)「日本の寒さや雪に慣れましたか?」(回答「慣れました」)「フィリピンのご家族は何人ですか?」(回答「6人です(兄弟は5人)」 ※兄弟が5人くらいいるのはフィリピンでは普通ですが、日本人はだいたい「多いね」と驚きます)

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MIAでは、青少年、若者の国際感覚を育むため、中学生や高校生の職場体験(訪問)や大学生のインターンを随時、受け付けています。9月6日(木)には、3人の高校生が職場訪問に来てくれました。今回、高校生の皆さんからは事前に「質問したいこと」をご連絡いただいていました。質問内容を拝見したところ、MIAの中に設置されている「みやぎ外国人相談センター」の外国人相談員さんに聞くとちょうどよい感じだったのですが、職場訪問の日はあいにく相談員さんは誰も勤務していない日。そのため、私が予め3人の相談員さんにインタビュー形式で聞き取って文章にまとめ、当日、高校生にそれをお渡ししました。

日本での生活が長い相談員さんたちは皆さん、日本に来て驚いたことや懐かしい思い出など、高校生からの質問に熱心に答えて下さり、それぞれとても興味深いお話でした。せっかくなので、シリーズ「相談員さんに聞きました 」(1) - (3)として、3人の相談員さんのお話を順次、このブログでもご紹介したいと思います。

シリーズ1回目は、日本在住25年、韓国出身で、「みやぎ外国人相談センター」(韓国語相談員)の金才努(キム ジェノ)さんです。どうぞご覧下さい。

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         金 さん

「日本に関することで、カルチャーショックを受けたことは?」

→20歳で初めて日本に来たとき、「ご飯の量が少ない」「おかずが少ない」ことに驚きました。日本では、例えば、丼を頼むと、それだけしか出てきませんが、韓国では最低でもそれ以外に、3皿はおかずがついてきます。

→日本の家が狭いことにも驚きました。全体として、家の造りが韓国よりも小さく、例えば「台所」「リビングルーム」など1つ1つの部屋が、韓国よりも狭いと感じました。

→日本では、バスがほぼ定時に来ることに驚きました。地下鉄や電車であれば、レールの上を走るわけですから、例外的なことが起こることはあまりなく、遅れないのは分かるのですが、バスは道路を走るので、渋滞や事故、乗り降りする人の状況で時間に影響が出るはずですから。運転手さんがいろいろな調整をしているのだと思いました。

→バスに関して言うと、運転手さんが1回ドアを閉めたら開けてくれないことに驚きました。韓国ではドアを閉めた後でも、乗りたい人が来たら、運転手さんは開けてくれます。日本は、「融通がきかない」、「冷たい」と感じました。遅刻しそうなのに、ドアを開けてくれないときは、運転手さんを恨みたくなりました。

「日本人と話しているときに、意識することはありますか?」

→あります。ストレートに言わないことです。このことは、韓国にいるときから、注意するように言われていました。今でも気を付けています。例えば、韓国人同士が久しぶりに会ったとき、「最近、太ったんじゃない?」「やせた?」というような見た目に関することを言うのは、ごく普通です。挨拶代わりであり、親しみをもって言います。でも日本人に同じことを言うと、すごくびっくりされます。深い意味があって言っているわけではないのですが、日本ではかなり失礼なことになってしまうようです。

「語学の勉強の仕方は?」

→韓国での短大生時代に、日本語の勉強を始めました。平仮名やカタカナ、漢字をテキストの筆順どおりに書いたり、単語を覚えたりしました。周りに日本人がいませんでしたから、会話することはありませんでしたし、そもそも単語を並べても会話が成り立たないので、「日本語を話す」いう感じではなく、あまり意味のない勉強の仕方でした。「もっと上手になりたい」、「直接、日本人と話してみたい」と思って、日本に行くことにしました。実際に日本に来てみると、万が一、事故に遭っても、日本語で自分の症状を説明することもできない、などと考えてしまい、最初は外出するのが怖く、ずっと家にいました。それで、テレビばかり見ていたのですが、出演者の表情とか動作とかも含めて日本語を理解することができ、勉強になりました。来日1年半で始めたアルバイトでも、力がつきました。料理を作るおじさんとその奥さんがいる小さなラーメン屋さんで、日時生活で使う言葉をたくさん覚えました。語学は、人の話を聞き(話が聞けないときは語学教材のCDなどでも良いと思います)、それを真似したり、会話で使ってみたりすることで力がつくと思います。

「日本での経験談を聞かせてください」

→20代の頃、7月に富士山に登ったことがあります。頂上ではなく、8合目まででした。すごく暑い日だったので、半袖半ズボンで登ろうとしたら、日本人の方に「上の方は寒いよ」と言われました。でも大丈夫だろうと思って登ったら、途中から雨は降りだすし、雲の上だし、すごく寒くて、困りました。一緒に登った日本人の友達が100円ショップで買ったレインコートに救われました。韓国で登山はポピュラーですが、富士山のような高い山はありません。富士登山はとても辛かった経験です。

「日本で生活をするときに、1番聞かれることは何ですか?」

→私がよく聞かれることと、そのとき答えることは次のとおりです。「日本は好きですか?」(答え「好きです」)、「困っていることは、ありますか?」(答え「特にありません」)「日本のどういうところが好きですか」(答え「日本人の優しいところ、丁寧なところです。例えば、お店で買い物をするときに、とても丁寧に接客してくれます」)

M

予期せぬ嬉しいお客様

ある日のMIA事務所。

それぞれ電話対応したり、パソコンに向かって仕事をしたりしていると、
「失礼します!」
と、入口にお客様が。

どんな用件かな?と思っていると、こちらが声を掛ける前に、
「私は、以前、東北大学にいたときに、お金を貸してもらって、とても助かりました。今日は用事があって仙台に来たので、お礼に来ました!!」
と、来所の目的を高らかに告げてくれました。

事務所全体に響き渡る、実にいい声だったので、MIA職員は一斉に注目。

そういえば、お顔と、そしていただいた名刺のお名前に見覚えがあります。(ちょっと珍しい「高貴な」雰囲気のお名前なのです。)

私費留学生の方が緊急にお金が必要になった時に、無利子でお貸しする「MIA私費留学生緊急支援貸付制度」というものがあるのですが、4年ほど前にそれを利用したTさんでした。

「あの時は、学費が払えなくてすごく困っていたので、本当に助かりました。そのお礼をどうしても言いたかったのです。」

聞けば、今は九州の大学院で研究を続けているとのこと。

次の道に進むための書類を準備するために東北大学に来たところを、パートナーとご一緒に、わざわざMIAに寄ってくれたのでした。

MIA職員一同、びっくり&感激。

MIAの事業を活用して東北大学での勉強をしっかり終え、そして今も研究を続けているとは、私たちにとっても大変に嬉しいことです。

間もなく母国に戻って次のステップに進む予定とのことでしたが、今後のご活躍を心よりお祈りしております!

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お土産のお菓子、おいしかったです。ごちそうさまでした!

(OZ)

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