同意書

 たまたまでしょうけれど、同意書について2件のお問い合わせが続きました。

 ひとつ目は、フィリピン人の妻が一時帰国をされるという方から。比国妻が子ども(日本国籍、中学生)を連れて一時帰国するのだが、子どもの友人(同じく中学生)も一緒に行きたいと言っている、エアチケットは取れたのだが、調べてみたら『せんせーきょーじゅつしょ』なる書類が必要とかなんとか。いろいろ見ていくと、そのなんちゃらきょーじゅつしょだけでいいのか、他の書類も必要なのか、それらの英訳も必要なのか、分からないことだらけである、助けてほしい。

 ふたつ目は、アメリカ人の妻をもつ方から。妻と子どもが旅行でアメリカとヨーロッパに行く予定である。震災直後のときには夫の同意書が必要だったのだが、いまでもそれは必要なのか。

 いずれに対しても、「訪れる国の大使館、領事館にお問い合わせください」と回答しました。基本的にMIAには海外渡航に関する情報はありませんし、仮にそういう書類が必要だということが分かっていても、それだけでいいのか、他に必要なものはあるのか、手続きに要する時間は?費用は?といった連なる疑問にはお答えできないので。

 ただ後学のために調べてはみました。1件目のよそのうちの子どもの件ですが、保護者の同意書類が必要であろうことはよく分かります。じゃないと、誘拐との区別がつかない。2件目はおそらく「ハーグ条約」に関係しているのでしょう。離婚した親が子どもを連れ去り、もう一方の親が子どもに会えなくなるということを防ぐためのルールです。夫(妻)の同意がないと、連れ去りか旅行なのか区別ができないということですかね。

 ワタクシも次の旅行からは妻の同意書をもらうようにします。しばらく帰ってくるな、と付け足されそうですが・・・


とーます

電話でやさしい日本語

とーます「こんにちは。Pさんですか。」
Pさん「そうです。」
と「わたしはMIAのとーますです。びょういんのつうやくのことです。いまはなしてもいいですか?」
P「いいです。」

と「X語のつうやくははちがつとおか、10のひです、きんようびです、9時半にYびょういんにいきます。Pさん、9時半、いいですか?」
P「いいです。わたしはなにをもちますか?」
と「けんこうほけんしょう、もっていますか?」
P「あります。」
と「では、けんこうほけんしょうをもってください。あとはおかねももってください。」
P「おかねはどれくらい?」
と「そうですね、1かいめはすこしおかねがかかるかもしれません。1万円ぐらいもってください。」
P「1万円ですね。わかりました。」

と「では、はちがつとおか、9時半、かならずいってくださいね。」
P「わかりました。」


 実際の会話を枕にさしつかえのない範囲で再現しています。読みにくくてすみません。別にひらがなにする必要もないっちゃないんですけど、そういう「つもり」で話したということです。相手のお顔が見えないので、反応が分からず電話はむつかしいです。

 日本語学校や専門学校の留学生、技能実習生、いずれも多少の日本語学習は積んでいらっしゃるので、コミュニケーションはある程度成立します。ある程度がいったいどの程度なのか、実際に会話を交わしながら探っていきます。

 今後、仕事先で近所で様々な場面でこうしたスキルが日本人に求められるようになるんじゃないかな。


とーます

医療通訳のミライ

 今週末、来週末の医療通訳に関する会合に出席することになりました。お国が急速に動き出したことを受けて、現場からも声を挙げようという流れです。

 そのお国の動きというのが、外国人観光客に関してなのです。例えば、こんなの。

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外国人観光客に対する快適な医療の確保に向けた一次提言(自由民主党政務調査会外国人観光客に対する医療PT)


訪日外国人に対する適切な医療等の確保に向け総合対策(案)(訪日外国人に対する適切な医療等の確保に関するワーキンググループ)


 いずれも「観光客」を念頭に置いているものです。おそらく近い将来、外国人労働者に対するものが新たに示されるのか上記との融合が図られるのかどういう形であれ提示されるものと思いますが、せっかく検討、実施していくのであれば、包括できるものにしていただきたいものです。

 医療通訳についてもお国が個人や団体を認証する方向で検討されているようです。MIA外国人支援通訳サポーターは認証されるのでしょうか、はたまた・・・質の担保は一定レベルで問われるとはいえ、通訳者個人がその責任をすべて負うというのでは荷が勝ちすぎますし、見合う報酬が保証されていません。うまくやらないと協力いただける通訳者がいなくなっちゃいます。

 MIAはマイナスをゼロに近づけることを通訳の基本としています。住民あるいはすべての人に保障されるべき権利、自由、安全がことばの壁のせいでまっとうできない、マイナス状態にあるのだとすれば、そこをゼロまでお手伝いするという考え方です。いつもゼロまでお手伝いできればいいのですが、通訳者にそこまでの技量がないこともあります。それはプロフェッショナルとしてはアウトかもしれませんが、MIA外国人支援通訳サポーターは有償ボランティアという位置づけでプロフェッショナルと同一視されても・・・です。

 仮に通訳がいない状態がマイナス100だとしたとき、通訳者Xが行ったことでゼロにはならなくてもマイナス50までコミュニケーションのお手伝いができたとしたら、これは果たしてどう評価されるべきか。命にかかわることでの間違いは許されないことは言うまでもありませんが、これまでの経験による直感で申し上げれば、通訳者に悪意がない限りそのような間違いは起こらないのではないか。お医者さんのむつかしい病状説明、保険に関する入り組んだ制度の説明、これらを流麗に通訳することはとてつもない高いスキルが要求されます。ここまでのことはできなくても、外国人患者の言わんとすることを伝え、病院側がしたこと、しようとしていることを外国人患者に伝えることができれば、治療行為としては成立します。ゼロまで行けない通訳も一定の貢献はしています。そのことも正当に評価してほしいものと個人的には希望します。


とーます
 先月末ですが、秋田に出張してまいりました。北海道東北地区の同業者、地域国際化協会の集まりでしたが、技能実習生の急増という話題で持ちきりでした。いまでは在留資格別で永住者を抜いて技能実習がいちばんとなっている道県もあるようです。増え方も尋常じゃないです。

 朝日新聞の月一回発行の別刷GLOBE+に当協会でご紹介した県内で活躍している在住外国人が取り上げられています。タイトルが「もはや『よその人』ではない」。お国の方針で外国人の労働者はさらに増える趨勢。年限付きであろうとなかろうとその外国人たちも日本で生活することになるのですから、様々な準備、対応が必要になることは必定。我々のおしごとも少なからずそちらに引っ張られていくことでありましょう。

 秋田から帰ってきて、今度は地元古川で「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたボランティア説明会」に出席。県内6か所で開催するその一発目だったためか、テレビキャメラが何台もウロカラしていました。県五輪大会推進課が主催するボランティアの検討部会にも参画して、特に通訳のボランティアについて情報提供をしております。五輪ボランティアについては毀誉褒貶いろいろあるみたいですが・・・こと通訳部分については、お願いですからボランティアさんが病院にまで付き添って医者と患者の間で通訳するなどということだけでは避けていただきたいものです。

 その翌日は、仙台市保健所のスタッフの方々と外国人の結核対応に関する意見交換。3年前から仙台市保健所と契約を結んで、結核の検査、治療などの現場に通訳者を派遣しています。求めに応じて通訳を派遣してはいるものの現場でいったいなにがどうなっているのかは改めて聞いたことはなくその辺りをお聞きする一方で、以前のブログでもちらりと書いていますが通訳がなくても「やさしい日本語」である程度のコミュニケーションは図れないものか、その可能性や研修の開催意思があるかどうかについても聞いてみたいところでした。予定した時間の倍近くたっぷりおはなしすることができました。余談ながら、これまで電話でしか話したことがなかった保健師さんにも初めてお目にかかり、いつも聞いているラジオのパーソナリティにお会いするような心持ちでございました。ごめんなさい、こんなボウズづくりのおぢさんで。

 来週再来週は2週続けて医療通訳関連の会合に出席予定。むつかしい資料とにらめっこして睡魔と戦っています。外国人観光客を増やす政府の目標から派生して、外国人の医療に関する検討もぼちぼち始まっています。東京五輪もそれを加勢しています。医療通訳は国全体でのルールはなく、ローカルベースでMIAのような地域国際化協会がやっていたり、NPOや民間組織がやっていたりと多様な在り方があり、また全くそれがないという地域も散見されます。最大のポイントはお金と質の担保。全国で一定レベルの通訳の質を保ちながら見合う対価をだれが支払うのか、議論があるべきです。

 外国人介護人材に関するセミナーのおしごとについても近く正式に始動するだにお達しを受けました。なんだか例年になくざわざわとした8月です。個人的には過食を一定範囲に抑えることが今月のめあてです。


とーます
※ひとりでは顔をつっこんで写真がとれず。悔しいです。
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※夜の懇親会にはホンモノのNまはげが登場し、「わるいこはいねえが」とりっぱな秋田弁で仰っておりましたが、北海道からいらした方々には聞き取れなかったようです。東北人はおよそ分かったところからすると、津軽海峡は言語的にも大きな分岐があるのでしょうか。
※秋田駅を出るとすぐにアーケード街が続いておりましたが、そのアーケードの高さが仙台の倍以上。竿灯用なのでした。

We love 塩釜!

海の日に開催された「塩竈みなと祭り」で、今年も塩釜国際交流協会のチームが「よしこの塩竈パレード」に参加するとお知らせをいただいたので、応援に行ってきました。

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今回も、一般の会員さんに加えて、インドネシアの技能実習生と留学生、中国の留学生、日本人の大学生などからなる、国も世代もカラフルな多文化混成チームで、沿道の注目を集めていました。

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塩釜国際交流協会の会長には、MIAの実習生向け事業等に協力いただいているYさんが最近就任し、今回のパレードにもインドネシアのバティックのシャツを着て参加。

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ひと一倍、弾んで、跳んでいたのは、一昨年度のMIA事業に「地域交流サポーター」として協力していただいたSさんです。

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インドネシアの民族舞踊を踊り慣れているからか、実習生は身のこなしがきれいで、日本の踊りの所作も様になっていました。

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「We love 塩釜!」と声をあげながら(多分このチームオリジナルの掛け声)、元気よく進みます。

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こちらはパレード終了後の茶話会の様子。
実習生たちがリクエストに応えて「ひまわりの約束」を歌ってくれました。(歌詞も見ずに歌っていてびっくりしました。インドネシアでも人気の曲らしいです。)

塩竈市には、今年度から外国人就労対策担当職員が市役所内に配置されました。
先日お話を伺ったところ、実習生を雇用する企業への聴き取り調査などを行っているとのことでした。

これからこの地域では、技能実習生を含めた在留外国人との共生を目指した取り組みが、いっそう活発になることが期待されます。

今回のお祭りのように、外国人が地元のイベントを盛り上げるといった様子が、今以上に見られるようになればいいなあ、と思います。

(OZ)


初めての学校訪問!

先日、富谷高等学校でMIAの学校訪問プログラムが開催され、高校生にアメリカについて色々と教えました。それは私の初めての学校訪問で、それまでは高校生とあまり関わっていなかったので、事前準備の時は少し緊張して、どんなネタが日本の高校生に受けそうなのか悩みました。

でも、私たち外国人講師が会場に入った途端、高校生が元気よく、そして礼儀正しく挨拶して温かく歓迎してくれたおかげで、すぐに安心できました。発表の時も皆さんがちゃんと聞いてメモを取っていて嬉しかったです。先生方が何かの指示を出して外国に関する知識を記録するためのワークシートを配布していたようで、皆さん真面目だなという印象を受けました。

最初のグループではアメリカの基本的な歴史を少し教えようとしましたが、やはり高校生はアメリカの建国の話はあまり面白くなさそうだったので、雰囲気に合わせて早く歴史編を終わらせ、アメリカの食べ物を紹介しました。思ったとおり紹介した料理は高校生には不思議なものに見えたようで、よかったです。特に「チキン&ワッフル」(名前通りワッフルの上にフライドチキンが載っている料理)を紹介した時、高校生が「えええええ!!」と反応して、そのリアクションがとても面白かったです。

続いて、アメリカの高校の卒業アルバムの紹介や映画のタイトルの翻訳などの軽くて楽しい話題で話したのですが、高校生にとっては予想外のトピックである一方、楽しいトピックだったようで、集中してもらえました。

他にも、英語の簡単なネットスラングを教えました。国の紹介のネタとしては普通ではないと考えられるかもしれませんが、若者にとっては興味深く、実際に使う可能性が高いので、メモをよく取ってもらえました。もちろん熱心さのレベルは生徒によって違いますが、全体的には私の選んだネタは高校生に面白く思ってもらえたようで、達成感を感じました。おそらく高校生が先生に報告したら、「ネットスラングを教えてもらった」というところは先生の期待とずれていると思いますが、英語の勉強を続けるとしたら必ず役に立つと確信しています。

今振り返ると初めての学校訪問としては非常に貴重な経験になり、講師の役も思ったよりずっと楽しかったです。

RD

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当協会機関紙「倶楽部MIA」98号(2018年8月号)を発行しました。

「倶楽部MIA」では毎号巻頭に、宮城県内で活躍中の外国人/日本人のインタビュー記事を掲載しています。98号は、東北地方在住インドネシア人の親睦団体「東北家族」の創設者イスワユディさん(以下、ユディさん)とワヒュ スコチョーさん(以下、ワヒュさん)にお話を聞きました。

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              ワヒュさん(左)とユディさん(右)

お話の中で、心に残ったことが2つありましたので、ご紹介します。

1つ目は、「東北家族」がメンバーからの相談に常時対応しているとのことで、「それは大変ですね」と申し上げたところ、ユディさんが「手伝ってあげられる幸せもあります」とおっしゃったことです。ユディさんはまた、「メンバーの中には、ずっと前に日本に来た人も最近来たばかりの人もいるけれど、そんなことは関係なく、お互い一緒の立場で、家族みたいなものだと思っています」「インドネシアの外に出て、インドネシア人に会うと、本当にうれしいです」など熱いお話をたくさん聞かせて下さいました。同郷の仲間を大事にしながら、東北での生活を送られていらっしゃることが伝わってきて、心を打たれるものがありました。

2つ目は、インドネシア人と日本人との交流に関して、「話をすることが大事」だと、おふたりとも強調されていたことです。おふたりともかつては日本語で苦労したそうで、ユディさんは大工をしていたとき、「のこぎり持ってこい」と言われて意味が分からず、ハンマーを持っていったとか、ワヒュさんは日本人である奥様との日本語での会話に苦労した、などそれぞれ「言葉の壁」にぶつかった経験をお持ちです。そういった困難を乗り越え、流暢に日本語をお話しされるおふたり。ユディさんは「メンバーには日本人とすごく仲良くなってほしい。そのためには、日本語の勉強が大事」とのことで、ワヒュさんも、日本人に話しかけるようメンバーにいつも促しているそうです。おふたりによると、インドネシアの国民性は「オープン」だそうで、控えめな日本人とは対照的だから相性はむしろ良いのではないかということでした。県内に住むインドネシア人の数が増加傾向にある中、日本人の私達もまた、インドネシア人に会う機会があったら、積極的に話しかけてみるのも大事かなと思ったことでした。

ユディさんとワヒュさんは、大らかで親しみやすい魅力的な方々でした。「倶楽部MIA」98号で、そんなおふたりのこれまで、また「東北家族」の歩みを、詳しくご紹介しています。2018年8月~9月に宮城県内で開かれる国際的なイベントの情報も掲載しています。「倶楽部MIA」98号は、WEB上でもご覧いただけます。ご覧になられる方は、こちらからどうぞ。

M

インドネシア語にないことば

 「あれ、これって日本語で何というんだっけ?」

 外国語と日本語の間にいるとときどきあります。単にことばが思い出せないということもありますが、日本語には全然(あまり)ないということもありますからね。逆もまた真なり。日本語では海の魚の名前はアジ、サンマ、サケ、カレイ、サバ・・・と分類され一般の人でもおよそ知っているものですが、海のない地域のX言語には「サカナ」ということばしかない、というように。

 先日、インドネシア人のAさんが家族とともにMIAを訪れました。通訳、翻訳、学校派遣などMIAのおしごとに絶大なご協力をいただいておりましたが、ついに博士論文が完成し、今春帰国をされていたのでした。そのAさんが研究の一環で家族帯同で再来日。今夏、約1か月の日本滞在だとのことでした。

 とりあえず季節のあいさつ「暑いですね?」から始まりましたが、Aさんは「暑くないです」と仰る。年中30度の常夏からお越しですから、さもありなんと思いつつ、「いやあ、さすが。でも、日本は熱中症でたいへんです。」と二の句を継いだところ、

「インドネシア語には『熱中症』ということばがありません。」

と、涼しい顔のAさん。どうしても言わなければならないときは英語を代用するそうですが、元々のインドネシア語にはないのだそうです。

 おそらく、生を受ける前から代々ずっと常夏にいる民は耐性があるのでしょう。日本人だけが海藻を消化する酵素を持つように独自の「進化」を遂げているのかもしれません。

 見るだに眩暈がするような炎天下をおそらくは汗ひとつかかずに歩くAさんを思うにつけ、ひとはみんな同じなどと思ってはいけないものかもしれないなどと遠い目になってしまうのでした。

とーます
※Aさんからインドネシアのおみやげを頂戴しました。辛いかりんとう。最初こそ歌舞伎揚げみたいな甘さが感じられるのですが、じわじわと唐辛子の辛みが口の中を席巻します。たいへん気に入りました。
※外国語ということばも少し注意を要することばだなあと最近思います。日本語ではないことばの総称を外国語としておりますが、「国」という字が入っているのが曲者です。例えば、中国のことばイコール中国語かというと、中国国内に流通しているウイグル語、チベット語などを思えば、完全に一致はしていない。「台湾の共通語は中国語です」という言い方もちょっと引いて見るとなんか変。それを気にして、「外語」ということばを使う方もいます。よそのことばということで国から解放されている分いいようにも思いますが、充分な認知もまだないので断りなく使える感じもしません。

新着図書のご案内(2018年7月)

当協会図書資料室は、日本語の学習指導で必要とされる各種教材に特化して整備し、外国人に日本語を教えているボランティアの方々や県内の市町村日本語教室の方々を対象に貸し出しを行っております。

 

この図書資料室に整備した図書を下記の通り、ご紹介します。


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「みんなの日本語初級2 第2版 聴解タスク25」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「できる日本語 中級 ことば・表現ワークブック」

発行:株式会社凡人社

 

「新完全マスター読解 日本語能力試験N4」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「日本語で外国人と話す技術」

発行:株式会社くろしお出版

 

「いちばんやさしい日本語教育入門」

発行:株式会社アスク出版

 

 

ご関心のある方は、当協会図書資料室にぜひ足をお運び下さい。

 

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「倶楽部MIA」98号(2018年8月号)の巻頭記事のため、先日、東北在住インドネシア人の親睦団体「東北家族」の創設者、イスワユディさんとワヒュ スコチョーさんをインタビューした際に、「東北家族」の集まりにご招待いただきましたので、参加させてもらいました。

集まりは、7月8日(日)に塩釜市公民館で行われました。「東北家族」は年2回、「帰国する技能実習生の送別会」と「断食明けのお祝いの集まり」という大きなイベントを仙台市や塩釜市で開催しているそうで、今回は「断食明けのお祝いの集まり」でした。ちなみに、断食の期間は太陽暦では年によって違い、今年は5月16日からの30日間だったそうです。

参加者は170人ほど、男女比は6:4くらいでしょうか。日本人が10名ほどで、その他はみんなインドネシア人のようでした。技能実習生が最も多いけれど、留学生や日本人とご結婚されたインドネシア人もいらっしゃるとのことでした。

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 会場は若いインドネシアのみなさんでいっぱい

インドネシア語だけで進行し、インドネシア語を全然理解できない私にはよく分からないところも多かったのですが、イスワユディさんとワヒュさんに教えてもらって分かった範囲で、どんな感じだったかをご紹介したいと思います。

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       司会のおふたり

最初に、参加者全員が起立し、インドネシア国歌を斉唱しました。参加されたインドネシア人の中には、胸に手を当てて歌っていらっしゃる方もいました。

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      インドネシア国歌斉唱

次に、インドネシア人の男性と女性1人ずつがステージの上に座り、コーランを唱えていらっしゃいました。独特の節回しのように感じました。

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     コーランを唱えているところ

その後、創設者おふたりがそれぞれ挨拶をされ、(後で聞いたところ、断食明けを祝うとともに、これからもよろしくお願いしますというような内容だったそうです)、それから参加者全員が会場の壁に沿って立ち、その横を参加者1人1人が順番に歩いて挨拶をしました。肩をたたき合ったり、親しそうに声を掛け合ったりする場面があちこちで見られました。

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お昼になると、参加者全員にお弁当がふるまわれ、私もひとついただきました。お弁当は、インドネシア料理の「ナシ・チャンプル」(ご飯といくつかのおかずの盛り合わせ)だとワヒュさんに教えてもらいました。ピリ辛で、スパイスが効いていて、大変おいしかったです。

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       おいしいお弁当

昼食後には、西スマトラの踊りが披露されました。おそろいの衣装がすてきでした。

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       西スマトラの踊り

会場には、「東北家族」の立派な横断幕が飾られていて、それにはインドネシアの地図と国章が用いられていました。国章の下の方に小さく何か書かれているのが見えたので、「何と書かれているのですか」とワヒュさんに聞いたところ、「インドネシアは宗教とか言葉とかいろいろあるけれど、みんな仲間でひとつという意味です」と教えて下さいました。(一般的には「多様性の中の統一」と日本語に訳されるようです)

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      「東北家族」の横断幕

集まりはすべてインドネシア語で進められましたが、インドネシアではたくさんの言葉が使われているので、参加されているインドネシア人のみなさんの母語は様々で、またイスラム教徒だけでなくヒンドゥー教徒の方も来ていらっしゃるということも聞きました。インドネシアから東北に来られた多様な人々が「インドネシア」という大きな旗の下にゆるやかに集まっていらっしゃるように感じました。

以上、集まりのご報告でした。スワユディさん、ワヒュさん、ご招待、ありがとうございました。

M


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