手応えなし

 ふたつの出張が終わりました。19日は、せんだい豊齢学園、22日は大崎ブロック民生委員児童委員協議会総会研修会。どちらも手応えがなく、あれでよかったのでしょうかといささか心もとないです。

 せんだい豊齢学園は、ブラジル人Vさんをゲストに対談形式で進めました。当初の予定通り、ブラジルの紹介をしてもらったあと、日本人のブラジル移民の歴史を簡単に説明し、Vさんのおじいさん、おばあさんの移民した当時のはなしをしていただきました。Vさんのお父さんは移民船に乗ったときまだ6か月だったとか、おじいさんたち移民1世の人々はブラジルにいながら周囲の非日本人を放送禁止的用語をもって「区別」していたこととか、興味深いエピソードをいくつか聞きました。登壇しておきながら、当時の興味深い写真やそれにまつわる話に赤べこよろしくペコペコ首を縦に振っておりました。

 おじいさん、おばあさんが一大決心をされて日本を発ちブラジルへと向かい、その孫であるVさんがブラジルを離れ日本に暮らしている。とてもリアルなおはなしでしたが、ぼくとしてはあれこれ全然引き出せなかったなあという後悔があります。日系社会が教育にとても熱心であること(サンパウロ大学に入りたかったら日本人を殺せ!なんてブラックなジョークがあるらしい)、ブラジル社会でも日系人はとても信頼されていること(ジャポネースガランチードなることばもあります、信用できる日本人とでも訳せましょうか)、戦時中敵国語統制としての日本語使用の禁止や戦後の勝ち組負け組のはなし、こんなことをうまく引き出せればよかったのですが、時間切れでした。

 それから、Vさんが子どものときの日系社会の様子などにも切り込めませんでした。日系社会で日本のサブカルチャーがどう受容されていたのかとか。お父さんにとても反発していたVさんの弟さんが、大人になって結局はお父さんと同じ道のカメラマンの仕事を選び、あれほど嫌っていた父と同じ合気道をやっているなんておはなしが聞けただけでもよしとしなければならないのかな。

 ブラジル移民についてまたあれこれ読んでみたくなりました。もすこし勉強して、またVさんにお話を伺いたいです。


 もうひとつの「お座敷」、地元大崎地域で民生委員さんを対象とした研修会も苦戦しました。
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 予定した内容を予定した時間通りにほぼ終えられたので、いつものように大幅にオーバーして最後の方はなに言ってるか分かんないぐらい早口てなことにはならずには済んだのですが、そもそも民生委員さんが普段どんなおしごとされているのかといった基本的理解の不足は否めず、話しながら、必要なのはこんな話じゃないんじゃないかといった自問に終始揺さぶられておりました。終わったあとに、数名の民生委員さんから個別に生々しい現場譚を聞き、むしろそういうのを引き出しながらそこから膨らませていった方がよかったかもなあと、嗚呼タラレバン。あ、タラレバンとは、タラレバ星からやってきた、いつなんどきも「こうだったらよかったのに」「ああすればこうはならなかったのに」と悔いているおぢさんのことです。おねえさんの場合はタラレバーナとなります。

 昨日の反省は昨日のうちにひとりで反省会を盛大に行いました。次はもう少し上手にやります。懲りずに呼んでください。


とーます

ベトナムのいま

 MIA日本語講座で講師をしていたSさんが、昨年から国際交流基金の日本語パートナーズ派遣事業でベトナムに行っていました。このたび10か月の任期を終えて帰国され、わざわざおみやげを持ってMIAにいらっしゃいました。

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 日本語教育にことのほか力を入れているベトナムは、日本語を第一外国語として必修化している中学高校もあり、都市部には優秀なベトナム人日本語指導者も少なからずいるそうです。日本語パートナーズの派遣者はあくまで現地の指導者の補助役で、いわば日本の英語教育のALTのような役回りを担うのだそうです。そのため、必ずしもいわゆる日本語教師の資格を問われず、Sさんのベトナム派遣同期28名中、資格保持者はわずか数名だったようです。

 Sさんは数年前にも技能実習生の渡日前の日本語指導をベトナムでしていたことがあって、ベトナム長期滞在は2回目なのですが、この数年の間にバイクが減って自動車の交通量が増えたこと、ふくよかな(太っている)ベトナム人が増えたような気がすること、などなど急激な発展、変化を感じたようです。空気が悪いのは相変わらずなんだけど・・・

「どうですか、名残惜しいですか、もう一度行きたいですか?」
とお聞きしたところ、「うーん」と少し考えておられました。住環境、生活環境、バックアップ体制、学校現場、すべてに恵まれていたと仰りつつ、やはり外国暮らしは少しずつすり減るようでした。よく分かります、その感覚。ぼくもすり減ってたなあ・・・だからこの体たらく・・・なんつって。

 MIAのおしごとは、宮城にいながらにして様々なお国の事情を伺える役得があるでござる。なぜしめがござるになったのかは自分でも分からないでござる。


とーます

初めての民生委員研修

 来週は、せんだい豊齢学園のほかにもうひとつ出張します。大崎地域の民生委員児童委員の役員さんが集まる場所で在住外国人についてお話をする機会をいただきました。一昨年より宮城県庁職員と一緒に市町村を回って、役所役場の方と在住外国人に関する情報交換を行っているのですが、昨年大崎市役所を訪れたことがきっかけになったようです。

 前からやってみたかったことがひとつありまして、この研修の場でやってみようと思っています。それは、日本人と外国人、日本で暮らすにあたって違いは何か、何は同じなのかという具体的な識別です。ふたつの円を重ね合せて、共通項はこれ、Aだけはこれ、Bだけはこれという図があるじゃないですか(言わんとすること伝わります?)実は、公的なサービス、義務、権利といったものは日本人、外国人でさほど違いがないのです。言うなれば、日本人と外国人というふたつの円は日本での社会生活面においてはけっこう重なり合っていると言えるのではないかと思っています。外国人だからといって消費税が免除されるわけではありませんし、日本人外国人を問わず子どもは等しく教育を受ける権利が保障されていますし、介護サービスは日本に在留するすべての人が対象となります。そういうのを図式化して、具体的に提示することで、適切な違いを理解することにつながるのではないかと。

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※こんなイメージです。

 これをやることで情緒的な区別が炙り出せるのではないかとも思っています。日本語で「ちょっとお聞きしたいのですが」とお問い合わせをしているのにもかかわらずその方が見た感じ日本人じゃないと見るや否や、「あ、外国の方でしたら、あちらに電話してください」と脊髄反射的に我々みやぎ外国人相談センターを紹介されるなんてたらいまわしがたびたびあります。これって、あまりに外国人を情緒的に区別しているからではないかと思うのです。そして、上記のどれが違ってどれが同じかが全然分からないからでもあるのかなと想像しています。

 住民という立場においては、日本人と外国人は案外区別されず、等しく扱われること、かといって何から何まですべて全く同じというわけにはいかないこと、扱いは同じだけれど手続き上、運用上、細かな違いがあること、こんなことをお伝えしようと思います。

 興味を持って聞いていただけるかしら?これまで見聞体験したネタ、総動員しないと。そして、民生委員さんが地域でどんな情報を知り、どんな課題意識をお持ちなのかお聞きできればなあ。


とーます

日系人の思い

 仙台市の溌剌シルバー諸氏が学ぶ「せんだい豊齢学園」で毎年「国際理解に向けて」という講座を担当しています。かれこれ4年目かな?(去年の様子)今年は、満を持して仙台在住の日系ブラジル人Vさんと一緒に伺うことにしました。去年までは外国人ゲストをふたりお連れしていたのですが、時間が足りなくなることがよく分かったので今年はおひとりにしました。その分じっくりたっぷり語っていただけることでしょう。楽しみです。


 1908年に日本からブラジルへの移民が始まりました。当時の社会情勢を紐解いていくと、なるほどねと思います。

 ブラジルは1888年の奴隷制度廃止でコーヒー農園などで働く労働者が不足、最初はイタリアなどヨーロッパから移民を受け入れていたが奴隷的な扱いに反発して送り出しを中止、ブラジルとしては別のところから移民を呼び込む必要があった。

 一方、日本は明治に入るとハワイやアメリカ西海岸に多くの労働者を送り出していたが、米国内で人種差別、日本人移民排斥の風潮が高まり、日本政府は1900年に米国移民を制限。

 1904年の日露戦争で日本はロシアに勝利したものの賠償金が得られず、経済が混乱。農村部の貧困化が深刻となる。

 こんな風な勉強だったら、歴史も嫌いにならなかったのになと得意のひとのせい。でも、ぼくにとって社会科目はほぼ一問一答式のクイズでしかありませんでした。

 それはともかく、そういう世の中を背景にブラジルへの移民は日本国が後押しする形で送り出されました。片道の船賃を国が出してくれたようですし、国は盛んに宣伝しました。

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 土地がとても肥えているから、作物がぐんぐん育ち、あっという間に収穫ができる。数年で財を成して帰国できるなんて喧伝や移民伝説が流布し、とにかく田舎では絶望的に食えなかったものだから、多くの日本人がブラジル、その後中南米諸国へと希望を胸に向かいました。

 実際はそんな生易しいものではなく、割り当てられた農園で奴隷のような扱いを受けたとか、日本では経験のないマラリアのような風土病に襲われたとか、借金をしてまで出国したものの財を成すどころか借金返済もままならない事態に陥った移民も多く、その結果国ぐるみの「棄民」政策だなどとも言われました。一方で、勤勉に土地を耕し、あるいは小さなお店から徐々に商売を大きくし、しっかりとブラジルに根付いた方も少なからずいらっしゃり、それがいまの日系社会を形成しています。

 講釈が冗長になりました。Vさんにはこのような流れの中にいたおひとりの日系ブラジル人としてこれまで見てきたこと、感じていらっしゃったこと、日本をどう見ているのかといった話をお聞きしたく思っています。仕事でこういうのがやれるってなかなか幸せなことです。


とーます
※借金してまでブラジルへと移民していった日本人の子孫は、1990年の入国管理法改正で定住者の在留資格を得て日本に長期滞在が可能となり、当時労働力不足にあった日本に逆移民するという歴史もあります。

耳から覚える日本語

日本語夜間講座のT先生が「OZさん、これ見てみてください!」と、学習者のAさんが書いたワークシートを持ってきてくれました。

 (「ーんです」を使った会話文を作る問題)

 A:このりょうりは、おいしいですね。だれがつくったんですか。

 B:私がつくったんです。

 A:そうですか。まじ上手ですね。

「まじ上手ですね」(!)

若い世代が使う日本語としては、ものすごく自然。まじ自然。

耳から覚えたに違いない表現を巧みに取り込んで文を作ったその柔軟さに、ちょっと感動しました。

これを書いたAさんは20代前半の技能実習生。

もしかしたら、実習先の職場で耳にしたのかもしれないですね。

終日の立ち仕事の後で日本語講座に通ってくるのは、なかなかに大変なことに違いありません。

それでも休みなしで出席していて、学ぶ意欲の高さはお墨付きです。

口語的な表現の使い分けも、きっとすぐに覚えてくれることでしょう。

(OZ)

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 ある長距離バス会社さんからバス停名の翻訳を頼まれました。仙台うみの杜水族館と三井アウトレットパーク仙台港を中国語にするとどうなるのか。内部で喧々諤々ってほどではないですが、ちょいとあっちょんぶりけな議論を戦わせておりましたが、議論より現物だとそれぞれのホームページを覗いてみました。ありましたよ、正解が。

仙台海洋森林水族館
三井奥特莱斯購物城仙台

 「うみの杜」は「海洋森林」と意訳をしっかり行い、「アウトレット」は音訳ですね。「購物城」というのがいかにもでいい感じ。

 外来語をどうにか翻訳してしまう中国語の心意気にはいつも感心します。日本語みたいにだれも分からないカタカナことばにならないのはとってもいいなあ、と。



とーます
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※いまどきのお祭りには、金魚すくいならぬイモリすくいなるものがあるらしく、去年の夏に愚息がすくってきたイモリ2匹が冬を越し、ご存命です。愚息も娘も可愛いと言っています。

情報シェアリング

 MIAでは、宮城県内で活動している国際交流、国際協力などの団体に情報をお寄せいただき、「みやぎの国際活動団体ダイレクトリー」という団体名鑑をウェブ上で公開しています。登録団体は200を超えています。毎年1回各団体の情報更新をしていますが、これが一大作業でして、なにせ200もあるわけですから、まあいろいろあるわけです。

 ところで、政令指定都市である仙台市には当協会と同じく在住外国人支援などを主な業務とした組織、仙台観光国際協会SenTIAがあります。SenTIAでも国際活動団体の情報をホームページに載せています。

 ここにひとつ問題が生じます。仙台市内で活動している国際系の団体からしたらMIAからもSenTIAからも毎年団体情報の更新を求められるわけで、これはとても面倒で不合理です。中には、MIAとSenTIAの区別がついていなくて(わりとよくあります)、「なんだ、こないだ更新情報を送ったぞ!」とおっしゃる方もいます。

 そこで「これなんとかなりませんかね」の話し合いをSenTIAと持つことになりました。目指すはMIAとSenTIAの作業の軽減化、そしてなによりも国際活動団体のみなさんの負担の軽減化です。

 2度の話し合いを通じて、上記の目標をクリアできそうな方向性が見えてきました。これから具体的な作業が始まり、細かな問題、課題について議論、認識のすり合わせが重ねられていきます。

 情報シェアリングとでも言いましょうか。今年度中には実現すべく、準備を進めています。


とーます
※仙台放送のニュースをみんなで見るの図。自分が映ると「おお」と歓声があがってました。
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新着図書のご案内(2017年6月分)

当協会図書資料室は、日本語の学習指導で必要とされる各種教材に特化して整備し、外国人に日本語を教えているボランティアの方々や県内の市町村日本語教室の方々を対象に貸し出しを行っております。

 

この図書資料室に今月整備し、貸し出しを開始した図書を下記の通り、ご紹介します。

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みんなの日本語初級1 第2版 翻訳・文法解説 ロシア語版(新版)」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「みんなの日本語初級2 第2版 翻訳・文法解説 ロシア語版(新版)」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「みんなの日本語中級2 翻訳・文法解説韓国語版」

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

「J.TEST実用日本語検定過去問題集A?Dレベル2015年」

発行:株式会社語文研究社

(※2015年に実施されたJ.TEST 6回分の試験問題と正解が収録されております。聴解問題のCD付きです。)

 

また、当協会の図書資料室へ株式会社スリーエーネットワークさまから下記の2冊が寄贈されました。

 

みんなの日本語中級1 くり返して覚える単語帳

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

みんなの日本語中級2 くり返して覚える単語帳

発行:株式会社スリーエーネットワーク

 

ご関心のある方は、当協会図書資料室にぜひ足をお運び下さい。


前回4月に、、新着図書のご案内をした際には、MIAの日本語の先生が、「ブログを見ました!」ということで、早速、新着図書をお借りになり、図書整理の励みになりました。

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外国人と防災

「見たよ」

今朝がた、通勤中にときどきすれ違う中国出身のSさんに声かけられました。はて、昨晩赤札が付いた魚の切り身をさんざん逡巡しながら物色しているところを見られたのかしら?いや、Sさんは仙台市民、そんなはずはないなどと頭の中がぐるぐるしているのを得意の作り笑顔純情派で誤魔化していたら、

「昨日のテレビ」

と、Sさんがおっしゃったのでほっと安堵。

 先々週、MIA日本語講座初級1クラスと初級2クラスの受講生を対象に「防災について学ぶ会」を開催しました。震災前からやってきたことではありましたが、広く知っていただきたいことなので新聞社とテレビ局に「投げ込み」ました。投げ込み文書には「宮城県在住外国人数過去最高」とか「地震の経験がない」「防災知識がない」「ことばがよく理解できない」といったキーフレーズをちりばめて。それが奏功したのかたまたまなのか我々が思う以上に意義を感じてくださったのか判然としませんけど、当日は受講生と同じぐらいのテレビ局の人と新聞社の人が現れました。

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 マスコミの方々が多数いらしたことで妙に活気づいたということもありましたが、断りなく受講生にインタビューを始めっちゃったりしてこちらの進行がときどき妨害されたりしまして、

「はい、インタビューは終わりです。次行ってみよう、次っ!」

と、亡きいか〇やさんを真似てみたりしましたよ。実際、半分は切れてました。

 ともあれ、「防災について学ぶ会」大いに盛り上がって終了しました。仙台市減災推進課、日本赤十字社宮城県支部、(株)井村屋のみなさまにはお礼をお申し上げます。ほんとうにありがとうございました。


 こちとら小市民ですので、取材の成果が気になります。自分は出ているだろうか、出ているとしたら福山雅〇だと勘違いされないだろうか、いや被り物がばれてないだろうか、などと気になって気になって、晩酌が進む毎日でした。

はたして。

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読売新聞(ウェブ記事をプリントしたものをスキャンしているので見にくいですね、めんご)

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河北新報朝刊

 テレビは、東北放送とミヤギテレビは翌日だったかに放送されました。東北放送はその後ウェブ公開もしてましたが、既に期間切れ。

 いまなら仙台放送のニュースが見られます。『いのちを守る 外国人が学ぶ「防災」』を開いてください。


とーます

※「投げ込み」ってギョーカイ用語ですかね。
※かれこれ3週ほど無沙汰をはたらいていたので、重病説、蒸発説などが流布しているのではないかと期待してSNS上を捜索してみましたが、なにもありませんでした。おそらくLIN〇上にしかなかったのでしょう。
※仙台放送のニュースを初級1と初級2の受講生にもお見せしたところ、たいへん盛り上がっていました。終了後に「とーますさんハンサムです」と中国出身のKさんが言っていましたので、いまから三越に向かいます。いや、ホントに言ってたんだって、ウソじゃないってば。三越は行かないけど。
毎号、巻頭ページは、宮城県内で活躍中の外国人/日本人のインタビュー記事で、91号は、結婚で日本に移住した外国出身女性のメンタルヘルスをテーマに研究を続けている研究者で、臨床心理士でもある、一條 玲香さん(東北大学大学院教育学研究科特任助教、宮城県七ヶ浜町ご出身)です。

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                   インタビュー中の一條さん

インタビューで、印象に残ったことがありました。一條さんは、研究を進めていく中で、PTA活動、仕事、趣味の集まりといった「家庭の外の社会とのつながり」が異文化に適応する上で大きな意味があると分かってきたそうですが、そのつながり方に、「昔だったらあり得なかったけれど、効果があるものがある」とおっしゃっていたことです。それは、インターネットを利用した電話やSNSで、近くにいない人と交流すること(例えば、日本で育児中の外国出身女性が、母国の友達や親戚に母語で気軽に相談するなど)です。インターネットを上手に使ったコミュニケーションの例だなと思ったことでした。

もう1つ、印象に残ったこと、それは、外国人を支援する方々の意義を強調されたことです。少し前に、外国出身の子どもさんのために、学校へ行って日本語を教えるボランティア活動をされている方とお話をする機会があったという一條さん。「日本語力の向上だけでなく、自分だけにしっかり向き合ってくれて、話を聞いてくれる人がいることは、日本人、外国人関係なく、心理的な安定という点でとても意味のあることだ」ということでした。

一條さんは、外国人のメンタルヘルスをテーマとする研究者ですが、お話を伺っていると、「考え方や価値観の違う人たちとどう付き合い、暮らしていくか」という誰もが抱える普遍的な悩みとその解消につながるヒントが垣間見えてくるように思いました。

「倶楽部MIA」91号では、一條さんが現在のご研究に取り組むことになったきっかけや研究の内容などを詳しくご紹介しています。パソコンでご覧になる方は、こちらからどうぞ。

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